ペア
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鳥羽駅から徒歩5分ほどの場所に目指す水族館はあった。
カラフルな外観の建物は、穏やかに六人を迎えいれているようにも見えた。
入館料金を払う時に
「大人一名2400円になります」
「え、おれも中学生です」
壮太だけ大人扱いをされて五人が一斉に笑った。
お前は見るからにくだらない子供たちを引き連れて来たくだらない引率の先生ってわけだな。
俊介もそう言うと珍しく八重歯を覗かせながら笑っていた。
普段は冷酷な表情の彼だが笑顔になると一転して少年のような温もりを表す。
「がはは。おれが先生か。悪くない。よしお前ら行くぞ迷子になるなよ、迷子になった奴は魚の餌にしてやる」
壮太は奈緒子も笑っているのを見るとますます上機嫌になった。
「よし行くぞ付いてこい」
壮太を先頭に入口を越えて建物内部に入り階段を上がるとそこには巨大な水槽があり六人を出迎えた。
「すげえ!綺麗だ!」
ウミガメが優雅に泳ぎ
鮮やかな色の魚達が列を作るようにして泳いでいる。
壮太の瞳は誰よりも輝いてみえた。
「すごく綺麗だわ」
樹里も眼鏡を右手でかけ直して見とれていた。
しばらく 巨大水槽に見入っていた六人だったが 入場の際に受け取ったパンフレットに気付いて視線を落とし始めた。
彰は巨大な水槽の先にあるメインストリートにいち早く出て左右を何度か見渡していた。
「広いなここ」
六人はまずどちらに行くか話しあうことになった。
パンフレットを見て鳥羽水族館は観覧順序がなく自由に歩きまわれる仕組みなのをおのおのが理解した。
12のゾーンに分けられた場所をまずどこから見るか。
彰が戻って来ると水槽の前で樹里がパンフレットを見ながら説明を始めていた。
「えっとまず右に行けばジャングルワールドやラッコがいます。そして左に歩けば古代魚やパフォーマンススタジアムがあるのね。ショーは時間が何時からかしら。えっといま11時過ぎだからお昼食べてからのがいいよね。そうなるとこれね。1時半からのショーを見るとして。さて。まずはどこからにしましょうか」
「おい樹里。ぞろぞろ六人で行動しようなんてふざけすぎだ。壮太が豚以下の教師の大人風情を真似て遊ぶだけだ」
俊介の言葉に壮太が鼻をならした。
「よし。ここはおれの自信作披露だ、生活指導の田口の真似でいくか」
パンチパーマの見掛けだけの気弱な二年生の生活指導の教師の名前を出した壮太が早速真似を始める。
「おお、いいか。お前らいいか。いいか。お前らぁいいか。がはは」
張り出した腹を覆うズボンを上げながら「お前らいいか」
という田口の口癖を壮太がやると麗奈も同じく真似し始めた。
「田口先生が二人だ」
それを見ていた彰と奈緒子が笑い
俊介はやれやれと呆れ顔をした。
樹里は真顔のまま思案していた。
「わかったわ。みんなでぞろぞろと歩くより二人一組のがいいのかな。シュン君はどう?」
「どっちにしろくだらないが壮太のくだらない真似事を見続けるよりは二人一組のがいいな」
樹里がみんなの顔を見る。まあ
納得の顔か。
「じゃあこうしよ。男子三人女子三人でそれぞれグーッとチョキッとパーッを出して同じ人同士ってことで」
「お、いいねそれ」
壮太が太い親指をだした。
「はい見えないようにね」
樹里は彰を見た。
目が合う。ドキリとする。
樹里は奈緒子と麗奈、それに壮太と俊介に見えないように彰に合図を送りたかった。
彰くんは何をだすのかな…たぶん…グーッ…かな。しまったな…事前にどことなく聞いておけばよかったわ…私の不覚…性格的に壮太くんもグーッを出してきそうだな…シュン君は絶対にチョキ。パーを出すおおらかさなんてないしグーを出す庶民的でもない。彼はチョキよ。)
樹里は彰に見えるように何度も手を握りしめた。
力いっぱいに握りしめた両拳で背伸びをした。とにかくグーを強調する。
男子も三人固まって「さてやるか」となったときに俊介が「ちょっと待った」と声をだした
「なんで男女なわけ」
「え?」
樹里は意味がわからない
「いや、だからさなんで男女なわけよ?」
「え?だって…」
「おかしい。それはべつに分けなくてもいい」
「まあなー確かに分けなくてもいいのか。彰と見て回ってもシュンと見て回っても楽しいもんな」
壮太と俊介は頷きあった。
「えーじゃあ男子同士でもいいんだ?」
「構わん。彰も壮太も構わないよな」
「いいよ」
彰が笑顔で俊介を見て頷いたときに俊介の心はチクリと何かが刺した。
離れた男女が固まり再び六人は円になっていく
樹里は小さく床を蹴った。
なによシュンくんは!これで彰君とのペアになる確率がかなり減った。どうにかして彰君と…とりあえず隣同士になったほうがいいかな…)
樹里は彰の隣りに来る。
しきりに両手を握りしめて彰を見ていた。
(彰君。グーッあなたはグーッよ!)
エントランスホールの巨大水槽の右端に 六人がこれから大きな声で グーッチョキッパーッをだすのだ。
それぞれの思惑の中で。
「いくぜ!」
「うん!」
「揃うまでやり続けで!」
「わかった!」
「わかったわ!」
奈緒子は楽しくて仕方ないのかずっと笑顔だった
こんなに楽しいことなんていつ以来かな…
「いくぞー!」
みんなが声を揃える
あまりにそれが大きく響き注目をされる。
「グーッピーッパーッのホイ!」
一回目で見事に分かれた。
三組が出来上がった。
「よし!文句なしな!じゃあ、えっと、まずはラッコから見ようか。どうする?」
壮太が隠しきれない笑顔をパンフレットでなんとか隠しながらペアになった人に聞いた。
「そうだ。グループごとに名前つけよっか。ここにいる生き物の名前ね」
麗奈が面白い提案をした。
壮太が言う
「なら…俺らはラッコ組…でいい?」
奈緒子に聞くと
「うん」
と答えた。
「なんだっていい。じゃあウミガメ」
俊介がボソッという
「私んとこはカワウソ」
樹里が怠そうに名前を挙げた。
「樹里、カワウソってマジ笑える」
麗奈は手を叩いて喜んだ。