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初恋。第二章  作者: 冬鳥
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進展

杉田奈緒子を苦しめた佐野等二年生男子との戦いは終わった。

体育館裏で行われた決着は大橋彰と遠藤壮太が勝利した。


二人が力を合わせたことによって沢村俊介、衣川真一、松田裕吾ら一年生のつわもの達をも動かすことができた。女子においては須田樹里もいた。

彰を中心に集まった仲間が奈緒子を救うために戦ったあの日。


その出来事はあらゆる感覚となりそれぞれのなかで生き続けることとなった。


彰の拳に宿った愛する人を守る意味。

それが空手の本筋だと理解したのだ。

相手の腹や顔に蹴りが当たり拳が当る感触。怒号や雄叫びが鼓膜を震わせていく興奮。そして空手という人が人として戦うための技。



親友の壮太と想いを一つにして奈緒子を覆う闇を打破した喜びに感謝した。



日々切磋琢磨をする友と目指すべきものがあったこと。


目指す大人の大きな背中を再確認したあの日であり、そして。


奈緒子への恋が。


膨らみ続ける奈緒子への気持ち。


大橋彰の

心の中心には絶えることなく奈緒子がいた。



奈緒子を救ったあの日は境目だったといえた。


関係した当事者すべてが境界線を引いた日になった。



彰は窓際の一番後ろの席から西に傾く太陽の光りを浴びている。


いつしか柔らかい陽射しと変わっていくのを彼は肌で感じ、西の山に隠れていくのが早くなっていくことを瞳で感じた。

天空に広がる晩秋の空の黄昏れに恋を携えるかのように彼はいつも窓際の席から校庭に被さる空を見守っていた。


深く淡く直線的な恋の色を彰は空のなかに同化させた。それとともに時は流れていく。

紅葉に染まる葉が地面を彩りだしたころから背中に付けられたぜんまいを誰かが巻くかのように時の経過は速度を増したように感じた。


上空に浮かぶ雲が風が知らせてくる。


冬が訪れを。



やがて長い冬も終わり春がゆっくりと顔をだしてくる。



4月。


二年生に進級した大橋彰と遠藤壮太は別々のクラスとなった。


沢村俊介も別のクラスだった。



離れても変わらない友情があった。

一年A組の教室で三人のそばに居続けた須田樹里は壮太と同じ二年B組だった。




昼食が終わってからの長い休憩時間になると

彰と俊介はよく壮太と樹里がいるB組まで遊びに来た。



四人が繋ぐ友情は一年生同じクラスにいたときよりも強い絆になっているようにみえた。


誰からも

そうみえた。




少なからず皆が同じ思いのように感じていたのは確かだった。



そんな4月半ばの昼休み。



いつもの昼下がりに彰がB組に行くと

すでに俊介が壮太の隣りの椅子に腰掛けていた。



「よぉ彰。今日は遅いな」



俊介の身長は一年生の後半になると急激に伸びた。


いまは彰より少し低いほどまでに伸びており体型は相変わらずほっそりとして容姿すべてにおいてシャープな印象を相手に与えた。



切れ長の瞳と金色に染めた短髪が彼の個性を引き立たせていた。たまに笑顔を見せたときに覗く八重歯が彼の作りあげるアクセントとなっていた。



遠藤壮太は一年生のときよりもより壮観といえる体型になっていた。



豪快に笑い熱く語り人を引き付けていく。


ボリボリと頭を掻いては笑う姿は皆に安心感を与える。




「大橋だ」



彰がB組の教室に入っていくと男達が無言のままに見守った。彰が見せる一挙一動には独特ともいえる何かが宿っている。彼等は見守る。


ただ者ではない雰囲気が彰には宿り続けていた。


大橋彰。


二年生にもなると学年規模で有名になっていた。

喧嘩が強い男は男から崇拝に近い待遇を受ける。しかも彰は整う容姿と異様ともいえるほどに無口だった。それがより近寄りがたさを作り上げた。彼が話す姿はなかなかみることはできない。

笑顔を見せるのは数人の友人に対してのみ。



去年の秋にあった体育館裏での二年生との激闘は知れ渡りいまは伝説となっていた。


大橋彰は二年生のNo.2 だとか 言われた。



もちろんそれは彰にはまったく興味がないことだった。



かたや壮太は違った。


この二年生になってもリーダーとなる男は 同級生が起こした上級生との揉め事には必ず仲裁役を買って出た。




俊介は言う。



「彰。あんな奴がそばいると息苦しいだけだな。壮太の回りの空気はたえず重く明るい。おれはあいつに暗闇を押し付けたいんだが」




自分の金髪の頭に軽く触れてから俊介はそう真顔を彰に見せるのだった。




「お、来たな」


教室に入ってきた彰を見つけた壮太は

最近は声がわりに喉も慣れてきたような柔らかい嗄れ声を発した。



壮太の身長は空手の指導員である渡辺をすでに抜いていた。



「おう」彰が壮太に挨拶をすると

誰かがこちらに向かって走ってきた



「彰くん」



微かに鼻にかかる声だ。


例えればたんぽぽだ。色鮮やかに春の訪れを知らせてくれる色あいをもつ。

須田樹里がいればそこは春のように暖かい心地になる。陽が当たれば見事なまでな黄色へと野原を輝かせるように。




「よぉ」 彰は同じように樹里にも挨拶を返した。




「樹里。今日も彰を見て身体が震えるか」



俊介が小声でそういい樹里の頭を優しく撫でてやると樹里は顔を赤らめた



「なによ〜シュンくん」



そして恥ずかしそうに彰の横顔を見つめた。




教室にいる女達が彰をチラチラ見ているのが樹里にはわかる。



彰を私の彼氏したらみんなびっくりするだろうな。でももうすぐそうなるのよ。びっくりでしょ。

打倒杉田先輩。


樹里は右手を握りしめた。



樹里の癖は立って話すときは必ずといっていいほど両手を腰にあてる。



その姿を見るたびにこいつの将来は教師が似合いそうだなと俊介は思った。



四人は仲が良い。



今日も

他愛ない話で盛り上がった。



彰君きちんと勉強してる?と樹里が聞けば、彰は、「実はまったくわからなくて少し教えてほしい」と数学の教科書を小脇に抱えてるのを見て皆で笑った。


俊介はポケットから取り出したチョコを口に放り込んで樹里にも同じチョコを渡した。



彰は数学の教科書を壮太と見合っている。



樹里はチョコを口にしてから「どれどれ」と教科書に目を落とした。


バニラの香りが漂うなか

四人は皆が笑顔になっていた。



「そうだ、樹里」


彰が教科書を再び小脇に抱えたときに壮太が低い声を出した。目線が鋭くなっていた。



「最近の杉田先輩はどうなんだ?」



三年生になった杉田奈緒子。 あの 佐野とのいざこざからすでに四ヶ月と少しが経過している。


樹里は少し間を置いてから口を開いた。彰の表情を確認したのだった。



「大丈夫よ。相変わらず三年生達は無視してる。だけど私達二年生はみんな杉田先輩と話すようになった。だって、あの人はクラリネットが上手くて優しくてほんとに綺麗で」


樹里はまた彰を見た。


聞いてないのかな?



片手で教科書を抱え片手はポケットに突っ込み机に腰を下ろしている彰。その仕種がなんだかまたカッコイイからいけない。



樹里は話を進める。



「私達にとっていまはすごく大切な先輩なの。それはもう二年生みんなが知っていること。杉田先輩も最近はよく笑うようになったよ。笑顔がね、ほんとに綺麗だなって。同じ女性なのに見とれちゃうときがあるほど。イジメにもきっとひっかみやっかみがあったのね。ほんと小さい奴らよ三年生は。でもね見てて思うよ。杉田先輩は変わったなって。時々ね凛然な態度をする。前は絶対に見なかった。だからいまは無視されてるだけって感じ。でもさ、壮太くん」


「あ?」



話を聞きながら、うんうんと頷いていた壮太は顔をあげた。


「壮太くんも、杉田先輩のこと好きでしょ?」



樹里の眼鏡の奥の瞳が輝いた。



「こ、こら!樹里!何言ってんだか。あ、あのな、そんなんじゃなくてだな、俺も彰も奈緒ちゃんとは、幼なじみであって、まああれだ、お姉さんみたいな?」


言い終わって 「ん?」て顔をする壮太。



そこにすかさず俊介が割り込む。



「壮太の兄貴は元気か」



壮太が嫌な顔をするのを俊介は見逃さなかった。




「あれ?壮太くんてお兄さんいるの?」




「樹里は知らないだろうな壮太の兄貴は有名な人だ。いま高三だよな?バンドでギタリストやって…なあ壮太…。お兄ちゃんがクソ佐野を裏で押さえてくれたのか?」



「シュン!」



壮太に一括される。



「当たりだな。佐野のバックの復讐等がないからシンもユウも拍子抜けしてる有様だ。もちろんおれもな」



俊介の話しが終わると壮太にしては珍しく舌打ちをした。



「すまん。あんま兄貴とは仲良くないんだ。あいつの話しは聞きたくない。それにおれは佐野の話しなどしていない」



俊介は鼻で小さく笑う。


「だが。まったく報復がないのはおかしい。最近は佐野も宮崎も山下も学校に来ていないらしい。おまえのお兄ちゃんが動いただろ。佐野をやったか」




「シュン!だから違う!」



壮太が声を荒げるのは珍しい。



「あ、あの…」


ぎくしゃくとした雰囲気を樹里がひどく気にした。

彰は机に座り遠くを見つめたままだった。



「ま、まあね壮太くんに、お兄さんいるのわかったし彰君は相変わらず数学てんでダメ。もう心配。なんで私は彰君と同じクラスにならなかったのかしら。さて。掃除始まるよ。彰君はどこ?一緒にやりましょうよ」



「あ、俺は今日は教室担当だから帰るよ」





「なぁこの四人でどっか行かないか。たとえば水族館とかどうだ」



壮太からの思いもよらぬ発言に三人は一瞬の時を止めた。



まずは俊介が呪縛から解放される。




「水族館だと?」




「いいだろ?行こうぜ鳥羽水族館」




「馬鹿か。おれがおおいいね行きたいねと言うと思うか?魚を見て何が楽しい」



くだらねえと付け加える俊介の隣りでは同じく呪縛から解放された樹里が目を輝かせていた。


「壮太君!それいいわ!行こう。行こうよ!ね、彰くんももちろん大丈夫だよね?」



「…おれ…水族館に一度行ってみたいかも」


彰は恥ずかしそうに微笑んだ。



その微笑みが樹里にはたまらない。

体が熱くなる。



「やった決まりましたー!行こう!水族館」


と樹里が大きな声をだすと教室内がざわざわとした。



「おい。おれは除外しろ。行くわけない」




俊介は樹里を睨む。

そして彰をちらりと睨んだ。


「行こうよシュン」


彰はもちろんと頷いた。



俊介は必死に赤く染まりだす顔を隠した。


「バカが」




「あれ?でも女子は私だけじゃない?」



樹里は壮太の顔を見て意味ありげに口をすぼめる



壮太はにんまりとする。




「じゃあ誘ってあげましょうか壮太くんのお姉様を。誘ってみようかな。結果を楽しみに待っててちょうだい。彰君もね」



「ちょ、ちょっと待てよ樹里!誘うって奈緒ちゃんをか?」



壮太の声も虚しく樹里はキャッキャと教室を出て行った。

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