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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ヒューマンドラマ

幸せについて考える

作者: 小山田 華

文学でいいのか悩みましたが、投稿します。

流産、中絶表現があるので、ご注意ください。




 私はバツイチだ。

 離婚した、というよりも「された」が正しいかもしれない。


 元夫、松木田まつきだ 竜士りゅうじと出会ったのは高校の時だった。

 同級生で彼からの告白で付き合い始め、7年の付き合いの後プロポーズされた。

 彼のことは好きだった。だから、プロポーズされた時は本当にうれしかった。でも、返事をするには勇気が必要だった。

 その原因は、彼のお母さん。

 彼のことが大好きで、老舗のお店を仕切っているお母さん。しきたりに厳しくて、頑なで、『自分の常識』に厳格な人だった。

 そんなお母さんからは、彼の家に行くと


「あなたはうちのお店、手伝えるの?」

「あなた。お客様に失礼だから、お顔を出さないようにして頂戴」

「なんで竜士があなたみたいな人と付き合っているのか、私にはわからないわ」


 いつもいつも、彼のいないところで言われていた。でもそれを彼に言うことはできなかった。

 彼がお母さんのことを大事に思っているのを知っていたし、彼に伝えた時に「母はそんなこと言わない」って片づけられたら、どうしていいのかわからなかったから。

 でも。彼のことが好きだから、決めた。

 プロポーズを受けることを。なんとかお母さんとうまくやっていくことを、決めた。


 していた仕事を辞めた。結婚し、慣れないながらも竜士の実家の仕事を手伝い始めた。そして、同居が始まった途端に、お義母さんは私を彼の幼なじみと比べ始めた。

 彼女は私たちより二つ下で、良く竜士の家に遊びに、手伝いに来ていた同じ高校の下級生だった子。


「佳乃子の方が嫁として向いているわね」

「お店の手伝いは佳乃子の方が上ね。こんな事もできないの?」

「まだ跡取りはできないの? 佳乃子の方が若いから、佳乃子が良いって何度も言っているのに」


 多分、彼はお義母さんが私に嫌味を言っていることを気付いていたと思う。いや知っていたはずだ。

 だってお義母さんは、私に向かって言っていることと同じ言葉を彼に言っていたから。でも、彼は私に何も言ってこなかった。仕事を手伝う佳乃子さんとお母さんと三人で笑いあっていた。

 それでも、我慢した。彼のことを愛していたから。

 結婚して三年。ようやくできた私たちの子供。

 病院で告げられた『妊娠二ヶ月』と言う言葉。プロポーズされた時と同じくらいに心から嬉しかった。

 彼も喜んでくれた。

 二人で笑いあった。二人で膨らんでいくお腹を待ちわびていた。大事に育てていこうと話し合った。

 けれど、お義母さんは違った。


「妊娠は病気じゃないのだから、今までと同じように働きなさい」


 お店を仕切るお義母さんの言葉は絶対だ。お義父さんは婿入りで、お義母さんに口出しすることはない人だった。ただ、申し訳なさそうに私をよく見ていたけれど。

 お義母さんに言われるまま、今までと同じ仕事をこなしていくうちに、違和感が生じた下腹部。

 お義母さんに言っても


「そんなこと大したことではないでしょう? いいから仕事をしなさい」


 で終わってしまう。毎日続く下腹部の違和感は痛みに変わり、やがてそれは出血を伴うものになり。

 流産と言う最悪の結果を迎えてしまった。

 触れることなくいなくなってしまった、私たちの赤ちゃん。

 大事に育てるはずだった、赤ちゃん。

 涙が止まらなかった。


「いつまでメソメソしているの? きっとそんなあなただから、子供は嫌になったのよ。お店もあるのだから、いい加減しゃんとしなさい!」


 慰めも同情も見せなかったお義母さん。それに倣った彼。

 その時から私は孤独になった。

 私から涙が消えた。笑顔が消えた。言葉が消えた。


 そして、あの日。


「あなたは嫁としてうちには向いていないようね。離婚なさい」


 目の前に突きつけられた離婚届。そこには既に竜士の署名はされていた。お義母さんの横で俯いたまま黙って座っていた彼の姿をぼんやり見ながら、私は無言のまま署名した。


 署名して、安堵の胸を撫で下ろした。

 これで私は自由だ。あの『地獄』から解放される。私は犯罪者にならなくて済む、と。


 そのまま結婚生活を続ければ、私は自分を見失ってしまう。

 彼らを傷つけることを躊躇わなくなるかもしれない。

 そして、やがてやってくるはずの義父母の介護。

 竜士はきっと在宅介護を強く望むだろう。

 でも、されてきた仕打ちを考えると、私はきっとあの人たちを虐待してしまう可能性が高い。

 そんなこと、したくはない。あの人たちに私の人生をこれ以上狂わされたくない。

 離婚することで、私がこの人たちに振り回されるのはこれでおしまいにできる。

 なんで『離婚』ということに今まで気づかなかったのだろう?

 私は久々に悲しさではなく喜びを感じることができた。





 離婚して、早々に実家に帰った。

 数か月、親に甘えて過ごした。

 それから再就職を考えて出歩くようになった。そんな時、街中で偶然会った元会社の先輩。私より3つ年上で話すよりも聞くことが多かった先輩。仕事の悩みや愚痴に、静かに付き合っていろいろな提案をしてくれた人。


「こっち、帰ってきたんだ?」

「はい。離婚、しまして」


 そんな会話から連絡先を交換して始まった友人関係。

 やがてそれは恋人関係になり、夫婦関係になった。





「ねえ、聞いた? あの男、あんたと別れてすぐ再婚してたんだって」


 お母さんがお茶を飲みながらさり気なく切り出した。

 おそらく、誰かの口から聞かされるよりは、と気を使って教えてくれているのだろう。

 珍しく実家に来ないかと呼び出してきたのは、この話をしたかったからかもしれない。


「ふぅん。そう」

「なんかね、相手の人、幼なじみだって」


 やっぱり、と思った。

 お義母さんお気に入りの彼女カノコ

 結局、お義母さんが選んだ女性が嫁に…いや、最終的には竜士が彼女を選んだというべきだろう。


「でも、子供が全然できないって言ってたよ」


 私も竜士も言わなかったけれど、お義母さんが知らない事実がある。

 幼なじみの彼女は性に貪欲で、高校時代から中絶を繰り返していたこと。竜士もそれを知っていたから私にプロポーズしたこと。

 でも、今の私には関係ないし、気にならない。

 だって、私が今気にするのは


「ママ、これたべてい?」

「いいわよ」


 私が愛する主人と、子供たち。

 彼は会社、子供の一人は私の腕の中、一人はお腹の中。

 愛する家族のことで手一杯。

 主人のお義母さんは優しい人だった。初顔合わせの時ではバツイチの私を偏見で見ることなく、離婚の経緯を知ると


「よく頑張ったね」


 そう言って頭を撫でてくれた。たったそれだけだったけど、すごく安心して思わず涙がでてしまった。

 だから、結婚の話、同居の話が出ても不安なく同意した。

 結婚すると、お義母さんは私に仕事を辞めることはないと言ってくれた。

 妊娠し、今度こそ仕事をどうしようかと悩んでいたら、


「仕事を続けたいなら、私が子供まごの面倒を見るわよ」


 迷うことなく言ってくれたお義母さんは、専業主婦。

 妊娠中悩みながらも仕事を続け、無事出産。

 産休が過ぎて私は仕事に復帰し、お義母さんは言葉通り仕事中子供の世話をしてくれた。

 孫だからと特別に甘やかすことなく、『常識』を教えてくれている。躾もしっかりと時に優しく、時に厳しく。私の子供は『お婆ちゃん大好きっこ』になってしまった。多分、お腹の子も同じようになるだろう。

 だから私は今もお義母さんに甘えて、仕事を続けることができている。


 私の未来も考えて、いろいろと提案してくれている主人とお義母さんにはとても感謝している。

 『今どき家庭での介護って難しいから、私たちの老後は自分たちでどうにかするわ』とお義母さんはよく言っている。けれど、私は彼らの最期の時、満足してもらえるようにするつもりだ。もちろん、必要があれば喜んで仕事を辞める。

 とにかく「感謝」を返したいのだ。


 私は今、幸せに過ごしている。未来もこの家族なら幸せに過ごしていけるだろう。

 人生、終わり間際に幸せと思えるかどうかが大事なのだと、愛しい子供を見ながら私は思った。





お読みくださりありがとうございました。

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