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Intermission 01

Act1~8までの前日談となります。

 朝、コンビニで買った雑誌を読んでいると、横から佐藤が覗き込んできた。

「なー、乾。それ今週のヤンマガ?見して」

「おー」

 だいたい読み終わっていたので、そのまま雑誌を閉じて差し出してやると、佐藤は受け取ってぱらぱらと雑誌をめくった。

「あ、今週グラビア。彩香だ」

 声が弾むのに、雑誌を見てにやけてるクラスメイトを見上げる。

「佐藤、彩香好きなの?」

「一番ってわけじゃないけど、ただ、この胸のでかさには抗いがたい」

「あー……」

 何気に同意。

 おっぱい嫌いな男はいないよなーと、佐藤と視線だけで確認しあい頷いていると。

「クロー!」

 教室のドアのところから、名前を怒鳴られる。

 声でかい、けたたましい、騒々しい。

 今日も結子は通常運転だ。

「……。」

 なんだその声のでかさ、おばちゃんか?

 そう思いながら、のろのろと立ち上がりドアのところまで行くと、こちらが何か言う前に、

「くろー、あのさぁ、化学の……」と話し出すのに、思わず目を眇めて結子を見下ろした。

 不穏な空気に気が付いたのか、結子は言葉を止めて見上げてきた。

「……なんか怒ってる?」

「うるせーんだよ、お前は。扉の所から怒鳴るなよ。恥ずかしいヤツ。近寄ってきて話せ」

「いいじゃん。他のクラスの教室って入りづらい」

「でかい声で注目集めるのはいいのか?」

「急いでたんだもん。それよりさ、クロ、化学のレポート終わってる?」

「この間の実験レポートか。終わってるよ、とっくに出したよ」

「出しちゃったの!?」

 なんだその非難がましい顔は。

「当たり前だろ、提出期限、明日だぞ。この間の授業の時提出したっつーの。まだ、まとめてなかったのかよ?」

「明日提出だから、やってなかった……。ねークロ、レポートの下書きとかないの?」

 図々しく甘えてくるのを知るかと突き放すのは簡単だったが、上目づかいに見られるとその言葉は喉の奥でつっかえた。

「…………ノート貸してやるから、自分でなんとかしろ」

苦々しく言うのに、結子の表情がぱっと明るくなる。

「やったあ。じゃ、部活終わったら帰りにクロん家行くよ」

そういって踵を返すのに、肩を掴んで呼び止める。

「あ、結子、ちょっと待って」

「何?」

「とりあえず手付に、そのポケットの中の物をおいていけ」

そういうと、きょとんとした顔をした後に、「ああ」と声をかげてポケットを探った。

「なんでチョコレート持ってるの知ってるの?」

「さっき月子に分けてただろ」

「そっか。ホント、チョコレート好きだね。クロ」

チョコレート好きなのはお前だろうが、と思ったが言わなかった。

コンビニで売っている130円で買えるいちごのチョコレートを一つ掌に乗せていくと、結子は「じゃあねえ」と能天気な顔で去って行った。

掌に乗ったチョコレートの包装紙をさっさとむいて口の放り込む。

席に戻ると、雑誌を開いたまま頬杖をついてこちらをみていた佐藤が、呟く。

「……いやー」

「なんだよ?」

「手がかかる彼女ほど可愛いって感じ?」

「彼女じゃねえって」

言うと、佐藤は目を丸くした。

「あんなに仲良いのに彼女じゃねえの?」

「幼馴染っていわなかったか?ガキの頃から一緒だからだよ」

「へー」

感心したように言いながら、佐藤が雑誌のページをめくる。

まあ、嘘なのだが。

でも今ここでのオレはそうなのだ。

そういう風に2年前に設定した。

そうすれば結子の一番近くにいても怪しまれないと思ったから。


***


放課後。

特に約束していなかったが、当然のように結子は教室に迎えに来たので一緒に帰宅する。

連れ立ってマンションに帰ると、当たり前のように結子は上がり込んでノートを写し始めた。

自宅のごときくつろぎようでリビングにノートを広げてシャープペンを動かす結子を、呆れて眺める。

「おい、結子」

「なに?」

「お前、オレはノート貸してやるっていったよな?」

「うん、だから借りてる」

「いや、だから……持って帰ってやれよ!」

怒鳴られても結子は平気な顔で、顔をあげることもしない。

「なんでー?いいじゃん」

「よくねえ!持って帰れ、そして集中してやれ!」

「どうせ歩いて3分しないんだよ?わざわざ借りて行くより、ここでやったほうがいいよ。それに私がノート忘れたら、明日困るのクロだよ」

「オレのためみたいな言い方しやがって……」

「違うって。それにわからない所あったらすぐに聞けるし」

そういってから、ふにゃっと顔を緩めて笑う。

「助けてよー、クロ」

……そうやって甘えればオレが折れると無意識にわかってやがるな、この野郎。

「……違うだろ」

「んん?」

「お前の目的はレポートを終わらせることだけじゃないだろう?」

低く言うと、結子はごまかすように笑う。

「えー?なにー?意味わかんないー」

「お前、レポート終わらせた後、ゲームやる気だな!?」

「えへへ、龍が如く途中なんだよね。あとThe Last of Usも買ってあるけど手をつけてないじゃん?」

「えへへ、じゃねえよ。お前、自宅に本体ないくせに、なんでソフトだけ買ってんだよ」

「クロんちでやったらいいかなと思って」

「本体買えよ!ソフトだけ買って黙々とここでやってんじゃねえよ」

「いいじゃん、別に。本体の値段でソフト何本買えると思ってんの?もったいないよ」

「お前な……っ」

「クロもやっていいから!ほら、面白いよ!」

そういうと、ねね?と首をかしげる。

だから、お前はそういう顔をすればオレがなんでも許すと思って……っ。

「……ゲームもいいけど、ちゃんと帰れよ。今日は泊めないからな」

 疲れたように言うと、結子は不満そうに口をとがらせた。

「えー?」

「えー、じゃねえよ。明日平日だからな」

「金曜日だよ」

「おばさん心配するだろ」

「クロんち寄ってレポートするって言っておいた。泊るかもって」

 ため息をついて、結子を軽く睨む。

「家主に断りもなく勝手に決めたな」

「このマンションの家主はクロのおばさんだよ。……あ、そういえば、おばさん今日は帰ってくるの遅いね」

言われていつもの言い訳をする。

「今日は夜勤だよ」

結子は、オレの母親が看護師で、父親は単身赴任。

母親と二人で住んでいると思っている。

看護師は……まあ、間違いない。

元、ではあるが。

だが、オレの母親はとっくに他界しているし、結子とも会ったことがない。

結子は、オレの母親と、それどころか両親と小さい頃から面識があると思っている。

そう思い込んでいる。

「ともかく帰れ」

不満そうな結子を無視して、端的にそう言い渡す。

「……クロ、なんで今日に限って、そんなに怒るの?」

「それは……満月だから」

「は?」

小さなつぶやきを聞き取れなかった結子が聞き返すのに、腕を伸ばして頭を掴む。

「こっちにもいろいろ都合があるんだよ!いいから。とっととレポート終わらせちまえ」

無理やりノートに顔を向けさせると「痛い痛い、乱暴にしないでよ!」と、悲鳴を上げたので離してやった。

乱暴だの、すぐに手が出るだの、男のヒステリーはみっともないだのぶつぶつ言っていたが放置した。

本当に人の気も知らないで、この女はどこまで阿呆なんだろう。


***


子供の頃、狼になれることは当たり前のことだと思っていた。

母親は一族の女じゃなかったから、狼になったことはなかった。

だが、それはオレの前で変わらないだけで、狼になれることは最早ディフォルトの能力だと信じて疑わなかった。

人と違うと気がついたのは、初めて日本に来た時だった。

「ただいま……って、おい」

不吉な予感に、思わず鼻と口を押さえる。

……やっぱり!

「人がちょっとコンビニに行っている間に、寝てんじゃねえよ」

リビングの大画面テレビでゲームをしていた結子は、そのまま突っ伏すように倒れていた。

コントローラー持ったまま寝落ちとか!

コンビニに行っていた、たった20分程度の間に寝落ちするとは、どこまで神経緩んでるんだ。

人のウチでくつろぎ過ぎだろうが!

「ほら、起きろ、結子」

「んー……」

起きねえし。

部活やって、レポートやって、ゲームして。

確かに疲れているのはわかるが、コントローラー持ったまま前のめりに倒れているとか、お前は本当に小学生じゃないのか?

前のめりのまま放っておくわけにもいかないので、抱き起こそうとした。

「……っ……」

眩暈がした。

鼻孔をくすぐる、強力な芳香。

中枢神経の一部を強力に刺激されて、くらくらする。

やべえ……。

一旦、結子から離れてソファに身を投げ出す。

ダメだ。

やばい、近づきすぎた。

だから嫌なんだよ、満月は。

自分たちの一族の特徴。

それは、満月の満ち欠けに能力や体調を著しく左右される。

年をとればコントロールもできるようになると言うが、若いうちはだめだ。

月が満ちる間は、能力が高まる。

獣化も容易だ。

筋力が強くなり、嗅覚や聴覚が冴える。

その分理性の働きが弱くなる。

本能に振り回されやすくなるのだ。

「……っ……はぁ……」

自分の呼吸が荒くなるのが、わかる。

窓を見ると閉め切っていた。

開けておいたのに、結子のヤツ閉めたのか。

部屋に満ちた結子の体臭。

その甘い匂いに、身体の芯が熱くなる。

いつもなら、こんなことはない。

満月期はいろんな物の匂いに敏感になるが、結子は別格だ。

今なら1kmくらい先からでも、余裕でわかる。

窓開けて、換気して。

結子を起こして、帰らせないと……。

頭の中では、そう思っているのに身体が言うことを聞かない。

ゆっくりと起き上がって、結子に近づく。

さっきあおむけにされた姿勢のまま、寝息を立てている。

子供だって動かされれば起きる。

どれだけ気が緩んでるんだ。バカ女。

「……結子、起きろ」

返事はない。

穏やかな寝息に、胸が上下する。

しっかりしろ!

こんな扁平胸、ナニ食い入るように見てるんだ、オレ!

覆いかぶさるようにして、覗き込む。

柔からそうな頬、桜色の唇から洩れる寝息の甘さに意識がくもる。

「……結子……」

首筋に顔をうずめ、その細い首に唇を寄せる。

やわらかい。

こんなに柔らかくて、甘い。

芳しい花の芳香の様な。

熟れた果実の様な。

牙を立て、柔らかな肉を食い破りたくなる。

溢れた血はどれほどに甘いだろう。

……結子。

お前はなんて、おいしそうなんだろう。

「……ん……」

甘い声。

もぞりと、腕の中の身体が身じろぎした。

死にかけていた理性が、寸でのところで復活する。

「……は……っ、ぅ」

無理やり身体を引きはがす。

……畜生、何やってんだ、おれは?

ふらつく身体で立ち上がり、窓に飛びつく。窓を全開にすると、そのままベランダに出た。

ベランダの柵にすがるように立つ。

背後で衣擦れの音がして、寝ぼけた声が背中の方から聞こえた。

「……クロぉ?どうしたの?」

「……なんでもない」

なんとか平静を装って答える。

「窓開けてんの?寒いよ」

「オレは熱いんだよ。それよりも、もう帰れ」

「……面倒くさい」

馬鹿女。

お前、さっきまで自分がどれだけ危機的状況にいたかわかってねえだろ。

「なら、寝ちまえ。ベッド貸してやるから」

「えー……、いつも通り、ベッドかソファかは、じゃんけんで決めようよ」

「今日は特別に譲ってやる。だから部屋のドアきっちり閉めて、寝ろ」

「?……うん、わかった」

ベランダに出て、何度も深呼吸してやっと頭がはっきりした。

寝ぼけてて、助かった。

……つーか、助かってねえよ。全然。

やっと頭がはっきりして、理性を取り戻したのはいいが、窓を開けて寝たら風邪をひきそうだ。



そして。

オレと結子にとっての最悪の日は、これから数日後に訪れる。

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