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Act8

 その子は、オレを見て開口一番こう言った。

『うわあ、おっきいわんこー。おおかみみたい』

 ……。

 普通、ガキというのは、大きな動物に不用意には近寄らないように躾られているものだ。

 少なくとも、先ほどまで行き違っていたガキどもはそうだった。

『かーわいい。いい子だねぇ。あれ?寒いんだね。ちょっと震えてる』

 重ねて言うが大きな動物に不用意に近寄って、さらに身体を撫でまわすような警戒心の弱い子供は珍しい。

 相手をするのも面倒なので、低く唸ってみた。

『待ってて。新聞持ってきてあげる。あそこのゴミ箱に捨ててあった』

 スルーされた。

 ゴミ箱を漁るな。

 言いたかったが、生憎言えなかった。

 ガキの頃は獣化すると声帯がうまく使えなくなった。

 今にして思えば、使わなくて正解だが。

『新聞布くとあったかいよ。ほら』

 ごみ箱から漁ってきたとはいえ、そんなに汚れてもいなかったので、

 ここは素直に、それの上に丸くなることにする。

 確かにコンクリートでできた遊具の上に直接丸くなるより温かい。

『お腹空いてるかな。んーと……チョコレートあるよ』

 いくら子供とはいえ、無知にも程度と言うものがある。

 犬や猫が、本来そんなものは口にしないのは、知っていて当然だろう。

 だがオレは空腹だったし、純粋な犬でも狼でもないので、

 この女の子の無知を利用して、ありがたくいただいた。

『ふふ、おいしい?よかったねえ』

 女の子は嬉しそうに笑った。

 自分の身長よりでかい、首輪もしていない犬の首に腕をまわし、頬ずりする。

 …………。

 なんというか。

 この女の子はどう考えても、低学年とはいえ小学生に見えた。

 警戒とか恐怖のねじを、一体どこかにおいてきたのだろうか。

 こうして考えてみれば、昔から結子は警戒心が弱く、

 そして阿呆なガキだった。


***


「見送りなんてよかったのに」

 空港の搭乗口の前で派手なスーツを着た凱月が言う。

「いや、別に……どうせ暇だし」

というか、放っておくと何するかわからないから、帰るまで目が離せないだけなんだけど。

「じゃ、今回はこれで帰るけど」

「できるだけ早くに一度戻れっつーんだろ、わかってるよ」

言葉の途中で遮るように言うと、凱月は肩を竦めた。

「そうね。そうじゃないと、また老師たちにせっつかれて、私たちが動かなくちゃいけないわけだし」

「それだけはご免だ」

顔を歪めて舌を出した。

「まったく、アンタらの早合点のお陰で、こっちはいい迷惑だよ」

吐き捨てるように言って眉根を寄せると、凱月は何か言いたそうにじっと顔を覗き込んでくる。

「なに?」

鬱陶しげに身体を逸らせて離れると、凱月はぼそりと呟いた。

「本当に早合点なの?」

「ああ?」

「っていうか、本当になんにもしてないの?指一本触ってない?本当に?」

「……っ、しつけーって!なんもねえよ!」

「……一瞬、言葉に詰まったわね」

真顔であごに手を当てて言う凱月を怒鳴りつける。

「うるさいな!とっとと帰れよ!」

 だが怒鳴りつけられた凱月は、面白そうにケラケラと笑った。

「あはは、隠すことないのにー。満月期に好きな子と一緒にいて何もない方が、おかしいし」

「頼むから人をケダモノのようにいわないで……」

額を抑えて言うのに、凱月は嫣然と微笑みを返す。

「何言ってんのよ、ケダモノの一族でしょ」

「……凱小姐は明らかに肉食系女子だよな」

「なぁに?何か言った?」

「いや、なんでも」

 視線を逸らすと、不意に伸びた腕に頭を撫でられた。

「ま、あれよね、初恋は実らないっていうけど、よかったわよね」

子供にするように頭を撫でる手を、軽く払って「別に」と、顔を背ける。

「っていうか、結果だけ見れば、私たちのおかげじゃない?ねえ?」

「ホント余計なお世話……」

唸るように呟くと、長身に長髪の目立つ男が近づいてくる。

「劉月。そろそろ搭乗手続きを」

劉善がチケットを手に、迎えに来た。

「ああ。もうそんな時間」

迫力のある美男美女の二人連れに、周囲の注目が集まる。

それもまた鬱陶しくて、目を眇めて二人を見る。

「ホント早く帰れ」

「なんか言った?」

「気をつけてお帰り下さい」

劉月の笑顔に寒気を覚えて、思わず愛想笑いが浮かぶ。

その隣で、憮然とした表情の劉善は、忌々しげに視線を送ってきた。

「約束は守れよ、黒江」

「しつけーな。だから都合がつき次第行くっつってんだろ」

「そうか。ならいい」

「なんでお前そう、上から目線なんだよ」

言いたいことが山ほどあったことを思い出して、

「だいたい、今回結子の前で獣化しやがって、大ポカしたくせに、偉そうにされる謂れはねえぞ」鼻面に人差し指を突きつけて文句を言うと、その手を叩き落とされた。

「あれはしょうがなかった」

「ぁあ!?」

「お前も消火器で思い切り殴られてみろ。獣化しなかったら骨を折られていた」

「……ぁあ、まあな」

結子も大概無謀というか、怖い者知らずというか、馬鹿というか……。

「お前……一般人に、マジで襲いかかるからだろ」

それでも劉善に同意するのが嫌で、苦し紛れにそんなことを言ってみたが

「普通は震えあがって固まるものだが、まさか向かってくるとは思わなかった。あの娘、見かけに寄らず凶暴な……」

否定はできないが、はっきり言われるとムカつく。

「あぁ。そういえば」

「まだなんかあるのか?」

「あの凶暴な娘に振られなくてよかったな」

馴れ馴れしく肩に手を置きながら、そんなことを言う。

横目に睨むと、劉善は口の端を上げた。

本当に憎たらしい。

「……っ、ほんっとお前ら早く帰れ!一秒でも早くオレの前から消え失せろ!!」

「はいはい、じゃあねー」

劉月は満面の笑顔で肩越しに手を振りながら、その場を後にした。仏頂面の劉善がそれに続く。

なんだよ、アレ。

何の疫病神だ?

特に劉善。

あの野郎、自分の部下をボコられてたの、未だに根にもってやがるな。

しょうがねえだろっつーの、あいつら劉善の言うことしか聞かないし。第一、学校にあんな不穏な連中、うろつかせてる方が悪いんだろうが。

体育倉庫にまとめて放り込んでおいて、忘れてたのは悪かったかも知れないけど、それでもこっちは結子に気付かれないようにどんだけ苦労したか。

……いや、そうでもなかったか。

その点は、結子が鈍くて助かったけど。

しかし凱小姐が言っていたに関しては、一理あるのか。

あのまま結子とただ漫然と過ごしていて、オレは自分から一族のことをいつか伝えられただろうか。

ちょっと自信がない。

結局、結子の反応が怖くて、何も言わずにいずれ離れることになっていた可能性も……。

……いや、オレは感謝なんかしない。

今回のことは、あくまで結果論だ。

絶対に感謝なんてしない。

だいたい連中は|(特に凱小姐は)面白がって日本に乗り込んできただけだ。

絶対に、これっぽっちも、一ミリもしないからな!

搭乗口からモノレール乗り場に向かって歩きながら、そう心の中で吐き捨てた。

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