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Act5

「……?」

 ヤバい。

 クロにあんなこと言っておきながら、寝ちゃってた。

 泣き寝入りとか……何やってんの、アタシ……。

 う、瞼が腫れぼったい。

 時計を確認すると、もう4時になるところだった。

 お昼にくらいにここに来て、もう3時間くらい経っているってことだ。

 そんなに寝てたんだ。

 昨日、早くベッドに入った割には、眠りが浅かったせいかもしれない。

 クロはどうしただろう。

 もしかすると、戻ってきたのに気がつかなかったかもしれない。

 だとしたら鍵を閉めたままだから入れなかっただろう。

 でもいくら居眠りしてたっていっても、ドアの前でガタガタされたら起きると思う。

 ……ということは、黒江は一度もここに戻ってきてないってことだ。

「……。」

 ポケットに入れておいたクロのスマホを取り出す。

 かけてみようか。

 でもかけちゃいけない状況だったら、どうしよう。

 かけて誰も出なかったら?

 メールくらい入れてくれればいいのに。

「クロのバカ」

 呟いた途端に、スマホが震えた。

「うわ……!?」

 着信相手を確認すると、自分の名前が表示されている。

 クロだ!

 慌ててスマホの受話ボタンを押す。

「クロ……!?」

 返事がない。

「クロ……どうしたの、クロってば!」

『……諫早結子か?』

 頭が理解する前に、全身が総毛だった。

 特徴のあるイントネーション。

 図書館の男だと思った。

 なんでこの人が、私のスマホ持ってるの?

 深呼吸して、震える手を自分で押さえつける。

『諫早結子だな?』

 重ねて尋ねてくる声に、問いかえす。

「あなた、だれ?」

 相手は答えない。

「なんで私のスマホもってんの?クロは?」

『お前こそ、どうしてヘイジャンのスマホを持っている?』

「へいじゃん?」

 って、誰?

 そういえば図書館でも、なんかそんなこと叫んでたような。

「……ヘイジャンってもしかして、クロ……黒江のこと?」

 また返事はなかった。

 その代り、感情のまったく感じられない言葉がスマホから流れてくる。

『どこにいる?』

「え?」

『どこに隠れている、出て来い』

 抑揚のない声に、不気味さがつのる。

『出て来い』

 重ねて言われて、思わずスマホを耳から離した。

「……っ……。」

 深呼吸して、もう一度スマホを耳に当てる。

「あんたたち……なんなの?」

「どうして私のこと追いかけるの?クロはどうしたの?」

『お前が逃げ回るのをやめたら、教えてやる』

 感情のこもらない声。

 ダメだ、何を言っても。

 交渉の余地なんてないってことが、受話器の向こうから伝わってくる。

 当たり前だ。最初から相手の方が優位に立ってるんだから。

 それにどんなに強がっても、怖がってるの見透かされる。

「く、クロに何かしたら……許さないから!」

 有無を言わせず怒鳴りつけ、スマホを耳から離した。

 震える手で、なんとか通話を切る。

 離れているはずなのに、伝わってくる威圧感に今更ながら大きく呼吸を整える。

 黒江はどうなったんだろう。

 この状況から考えて、捕まったのかもしれない。

 すごくひどい目にあっていたりしないだろうか。

 瞼が熱い。

「……っ……ぅ」

 また涙が出そうだったが、歯を食いしばる。

 泣いている場合じゃない。

「クロ……」

 どうすればいいかわからないけど、こうなってしまったのは、私のせいだ。

 私がなんとかしなくちゃ。

 落ち着いて考えよう。

 どうすればいいだろう。

 クロは捕まっちゃったかもしれない。

 あの外人さんは、私のスマホを持ってる。

 とりあえず私のスマホを持ってるってことは、私の個人情報丸わかりなわけで、友達はもう頼れない。

 だいたい黒江に頼ってこういう状態になったんだから、もう少なくとも友達とか普通の人に頼るのは止めよう。

 ……やっぱり警察かな。

 最初はそうしようと思ってたんだし、それに黒江がもし捕まっちゃたんだったら、助けるのはそれしかないと思う。

 ともかく学校から一番近い警察、ダメなら交番でもいい。

 黒江のスマホで地図アプリを立ち上げて検索して、場所を確認する。

「よし」

 自分を励ますように言って、部室を出る。

 クラブハウスの周辺はともかく、中庭から校舎に入っても、やたらと静かだった。

 まだ4時過ぎたところなのにって……そうか、部活ないからみんな早く帰っちゃったんだ。

 昇降口で靴履き替えて……、荷物どうしよう。まだ図書室にあるだろうな。

 それとも司書の先生に回収されてしまっているだろうか。だとしたら職員室に行かないと荷物は受け取れないだろう。

 このまま学校を出るべきかな。

 靴箱の前で考え込んでいた時、突然後ろから押さえつけられた。

「……っ……!」

 口を押さえつけられ左腕をねじり上げられる。

「ぅぐ……」

 痛い……!

 後ろを振り返ることもできない。

「やはりまだここにいた」

 耳元で聞こえる声にぞっとした。

 あの人だ。

「大人しくしろ」

 言いながら、ねじりあげる手に力がこもる。

 痛い、痛……っ。

 大人しくしてほしいなら、痛くするな!

 痛みのあまり暴れながら、自分の口を押さえる手に噛みついた。

 思い切り噛みついたので、歯にごりっと骨の感覚伝わる。

「……く……」

 一瞬、左腕を押さえていた力が緩む。

「……ぅ……このっ!」

 思い切り足を踏みつけて、腕を振り払う。

 転がるようにして離れて振り返る。

「え!?」

 夕闇の校舎の中、浮かび上がる人影の目。

 金色に光ってる……みたいに見えた。

 息を飲んで、咄嗟に駆けだした。

「……っ……?」

 何、あの色?

 あんなの人間の目じゃないみたい。

「小娘……っ!」

 声が聞こえたと思った途端、背後から服を掴まれた。

「きゃあああ!」

 力いっぱい引き戻され、壁に叩きつけられる。

「……っ……」

 声も出ない。息が詰まる。

「ぅ……は……っ」

 息苦しさにむせていると目の前にあの人が立ち、見下ろしている。

 やっぱり目の色が、金色。

 ……最初見た時はあんなじゃなかったのに。

 滲む視界の中で、睥睨する目に壁に身体を押しつける。

 苦しさだけじゃなく、涙がにじむ。

 壁に押し付けた手に何かがあたった。

 横目で確認してから、呼吸を整える。

「こ……こないで!」

 叫び、小型の消火器を両手で掴んで振り上げる。

 めちゃくちゃに振り回したのだが、偶然足を払うようになったのがラッキーだった。

 よろけたところを、もう一度、思い切り振りかぶり殴りつける。

 相手の腕が嫌な音を立てた。

 思いっきり当たった。

 手ごたえが、すごいあったけど。

 うわ……骨とか折っちゃった、かも。

 思わず背けた視線を、恐る恐る相手に向ける。

 ……ぁ、え?

 消火器を振り回した勢いで、自分がよろけ後ずさる。

「ぇ……なに……」

 呟きながら、目を凝らす。

 あのすさまじい音を立てた、相手の腕が。

「ひ……」

 悲鳴は出なかった。出せなかった。

 眼だけが釘付けになる。

 夕闇に浮かび上がった、その姿。

 相手は頭をかばった腕を。

 その人間とは思えない腕を顔の前から外した。

 先ほどとはまったくかけ離れた太さの腕。二倍はある。

 スーツが破けて見えた腕は、毛むくじゃらで指先は、長い長い爪が伸びていた。

「小娘……」

 低く呟かれた声に、びくっと身体が震える。

「たかがヒトの身で、いい気になるなよ」

 声と同時に胸倉を掴まれる。

 消火器が手から落ちたが、そんなことは構っていられなかった。

「一族の掟ゆえ、キズものにするわけにはいかぬと思っていたが」

「ゃ……あ……く」

 刃物みたいな長い爪。獣のような腕。

 必死に腕に爪を立てるが、びくともしない。

 首を締めあげられるのに、涙がにじむ。

 苦しい。死ぬ、殺される。

「リュウシャン!」

 え?

「……触摸我的……西!」

聞き覚えのある声、なんだけど……。

 いきなり押さえつけていた手が外れて、そのままずるずると倒れる。

 むせていると、肩を抱かれるようにして引き起こされる。

「おい、大丈夫か?」

「……っ……く、クロ?」

 生理的な涙がにじんで、よく見えないが確かに黒江だった。

「しっかりしろよ。ったく、だからオレが迎えに行くまで大人しくしてろっていっただろうが」

「だって……スマホ……」

「まあ、いいや、それよりも……リュシェン!」

 言うと、クロがあの外人さんを睨み上げると、いきなり何かまくし立てた。

「は……?」

 また、わからない言葉……多分、中国語なんだろうけど。

 黒江と激しく言い合っているのを、ポカンと眺めてしまう。

 中国語|(?)話せるんだ。知らなかった。

 ……。

 …………。

 なんか、気のせいかな。

 どうも雰囲気的に、まったく知らない者同士って感じじゃないんだけど。

 なにこれ、どういうこと?

「ぁ……あれ?」

 言い合ってる二人を見て、思わず呟く。

 良く見るとあの人の腕、元に戻っている。

 目の色も。

 ぼーっとしていたので、背後から肩に手をおかれて飛び上がる。

 びくりと竦みあがると、

「お嬢さん、立てる?」と、女性の声が耳元でした。

「ひゃあ!?」

「おや、驚かしたか。ごめんね」

 慌てて振り返ると、二度びっくりした。

 ワインレッドの派手なスーツの、茶色のゴージャスな巻き毛の美人がにこにこと笑いながら自分を覗き込んでいる。

「ひどい目にあったね。でも、もう大丈夫。とりあえず」

「はぁ、あの」

「それにしても、あの二人は……。おい、いい加減にしないか」

 ……ぁあ、なんかまた知らない人が。

 その後は美人まで参加して、私にわからない言葉で話し始めた。

 もう何が何だかわからなくて、ぼうっと見ているしかなかった。

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