Act3
学校についてみると、意外に静かだった。
パトカーがたくさんきたり、警察の人がうろうろしたりしているかと思っていたのだが、そんなこともない。
あまりにもいつもの通り、平和な学校の様子に肩の力が抜ける。
「警察いないね」
「事情聴取したら、とっとと撤収しちゃったのかもな」
「えー……」
あわよくば保護してもらおうと思っていたのに。
「ま、いいんじゃね。そのガラの悪いのもいないみたいだし、学校は安全そうじゃん」
「そうかなあ」
あの時の正門にたまったガラの悪い男たちや、ふっとばされた先生の姿を思い出すととてもじゃないけど、そんな風には思えないけど。
「とりあえず普通にしてようぜ?」
「うん……、あ、授業途中だから、休み時間になってから教室入ろうよ。途中から入って目立つのは絶対に嫌だし」
「それまでどこにいる?」と、黒江が上履きに履き替える。
「図書室は?私、英語当たるから、わかんなかったところ教えて」
「いいけど。いきなり日常的なノリに戻ったな」
黒江が苦笑いするのに、ため息をつく。
「だって、次の授業出るなら英語だし」
学校に入ったら、本当に気持ちが落ち着いてきた。
この校舎の埃っぽい匂いとか、学校特有の空気のせいだと思う。
「んじゃ、図書室行こうぜ」
そういって、二人で図書室に向かおうとした。
制服のポケットの中で、バイブが着信を告げる。
恐る恐る開く。
SNSだった。
「月子だ」
あの変なメールじゃなくて、ほっとする。
授業中だと言うのに、心配して連絡をくれたみたいだ。
一応、無事なことを知らせる。
「結子」
「なに?」
「さっきからスマホ見るたびに、すごい緊張してないか?なんかあんの?」
「……えっと」
メールは、いまのこの事態に関係ないかもしれない。
ただこのタイミング来ているのに、本当に関係ないなんていうのは、その方がおかしいのかな。
……クロに言うべきだろうか?
でも深刻ぶって相談して、あとで関係なかったなんてことになったら、ちょっとかっこ悪い気もする。
「結子?」
名前を呼ばれて、黒江の顔を改めてみる。
バカにされてもいいから、話すべきだろうか。
……話した方がいいだろう。
別に、単なるいたずらならそれでいいし、いろいろあり過ぎて一人で考え込むのが苦痛になってきた。
「実は今朝から変なメールが入ってきてて」
「変なメール?」
「うん。これ」
スマホを出して、黒江に見せる。
「気持ち悪いなーと思ってたんだけどさ、なんか今日の変なヤツらのこともあるし……、クロ?」
画面に見入っている黒江に声をかける。
「ん?……ああ、そうだな」
スマホを返してもらって、ポケットにしまう。
何か考え込んでいた黒江が、顔を上げる。
「結子。それさ、着信拒否にしとけよ」
「え?」
「そんなん来ると、気持ち悪いだろ?」
「そりゃ、そうだけど……、拒否設定したら別アドできそうじゃない?」
「でも、とりあえず来なくなるだろ」
「そんでもって即刻着信きたら、別の意味で怖い」
言うと、黒江がにやりと意地悪そうな顔で笑った。
「あ、いまちょっと『メリーさんの電話』思い出した。『いま貴方の後ろにいます』ってヤツ」
「ちょ……やだ!」
さっきまで物理の恐怖で、今度はホラーとかホントシャレにならない。
「まあそれはともかく。拒否らないなら、電源切っとけば」
「やだよ。ほかの人と連絡とれなくなるじゃん」
「あー……そうだよな」
黒江が困ったように呟く。
本当に真面目に考え込んでしまったみたいだ。
解決してほしかったわけじゃないから、そんなに考え込まなくてもいいんだけど。
図書館につくと、珍しく誰もいなかった。司書の先生の目を気にしながら入っていくと、先生もいない。
「……オレちょっと、なんか飲むもん買ってくる」
「え?」
「お前はここにいろよ」
荷物を置いた黒江が、財布だけ持って背中を向ける。
「ちょっと待って、クロ」
人の話も聞かずに、とっとと出て行ってしまった。
「……なんなのよ」
せっかくクロを頼って英語をやろうというのに。
本末転倒だ。
まあ、でも自販機ならけっこう近くだし、すぐに戻ってくるだろう。
***
「クロ、遅いな」
すでに15分はたっていると言うのに、戻ってくる気配がない。
窓の外を見ても、人影はない。
結局、英語の予習は自力で終わらせてしまったし、テキストとノートをカバンにしまう。
そろそろ授業も終わるし、……どうしようかな。
先に教室に戻ったら怒るかな。
「……諫早、結子」
ふっと窓から射す陽が陰ったと同時に、名前を呼ばれてぎょっとする。
誰?
「……はぃ、……え?」
思わず声に出てしまった。
だって
あの人が近づいてくる音どころか、気配すら感じなかった。
誰、コノヒト?
一目見てわかるくらい、すごく高価そうなスーツ。
それに髪が長い。その髪もなんだか青みがかった灰色で、一瞬V系の人にも見えたけど、なんというか品があって芸能人という感じでもない。
ともかく服装からしてもう完全に学校関係者とも思えない。
「来い」
短く言う言葉のイントネーションに違和感。
カタコトの日本語。
また外国人。
正門で腕をつかんできた男も外国人だった。
呆然とそんなことを考えているうちに、また腕を掴まれて椅子から無理やり立たせられる。
「痛……っ」
腕を掴まれる痛みに声をあげて顔を歪めるが、相手は無表情のままだった。
怖い。
眉ひとつ動かさないで暴力をふるうさまが、まるで未来から来た殺人ロボットを彷彿とさせた。
……ターミネーター。
とか、懐かしい映画を悠長に思い出している場合じゃない。
なんとか逃げようともがくが、びくともしない。
その時、鈍い音がして、男は身体を傾かせた。
「結子!」
「クロ……!」
どうやら、男の後ろにいつの間にかそっと忍び寄っていたクロが、背後から殴りつけたようだ。
百科事典で。
大丈夫かな、この人?
「ボケッとすんな、ほら!」
「え、え、ちょっと荷物……」
「んなこといってる場合か!」
腕をひっつかまれて、図書室の本棚と机の間を縫って駆けだす。
「もうやだ、こんなんばっかり!」
「文句を言うな!走れ!」
「ダンジャオ、ヘイジャン……!」
背中から怒鳴られて、つい振り返ってしまう。
後頭部を押さえながら、何か怒鳴っている。
何言ってんのかわかんないけど、すごく怒ってるのはわかる。
「なによ、もうわけわかんないよ……っ」
黒江に引っ張られながら、校舎を駆け抜ける。
追いかけてきているかどうか、確認する余裕もない。
チャイムが鳴って、生徒がどっと廊下に吐き出される。
その中をぶつからないように生徒を避けて走りながら、やっと後ろを振り返ると追いかけてくる姿はなかった。
「く、クロ……っ」
「なんだよ?」
「ちょっと、……待って、追っかけてきてない、から……」
もう肺が限界。
今朝から走り通しだし、なにせ黒江の足が半端なく早くて、ついていけない。
生徒が行き来する廊下で立ち止まり、クロは周囲を見渡した。
「まさか、学校に入ってくるとは思わなかった」
「どうしよう。だいたい……なんで部外者が入ってきてるの?」
警察が来るような騒ぎがあったっていうのに。それとも警察が帰ってしまったから、容易に入ってこられた?
「ともかく、どっかに一旦隠れよう。話はそれからな」
「ねえ、学校から出たほうがよくない?」
「無理。多分、今出たら、出入り口で待ち伏せされてると思う」
「だって警察来てたんだよ!?不審者がうろうろしてたら、すぐに捕まえてくれるんじゃないの?」
「現場検証と事情聴取が終わって引き上げたところだし、そうそうすぐに巡回にきたりはしないかもな。んでその隙をついて、また連中学校に戻ってきたとか?」
「そんなー……」
言葉に詰まる。確かにそうかもしれない。
「学校は安全とか、警察がいるんじゃねとか言ってたのって誰だったっけ?」
「オレだって別に千里眼てわけじゃねーし」
八つ当たり気味に言うと、黒江が憮然と答える。
クロに当たってもしょうがないけど……どうしたらいいの?
まずは隠れる場所。
そんなこといっても、すぐに思いつかない。
制服のポケットを探る。
荷物をおいて逃げてきたから、生徒手帳とスマホしかもってない。
「あ」
「なんだ?」
「ウチの部室は?私昨日当番だったから、鍵持ってる」
失くしたら困ると思って、生徒手帳のカバーの所に鍵をはさんでいた。
「よし、んじゃクラブハウスな」
生徒が行き来している短い時間内に移動した方がいいといって、クロと一緒に足早にクラブハウスに向かった。