Act19
結果から言うと、斗娜は負けた。
しかも、かなりあっさり。
時間にして30秒というところかもしれない。
でもそれは黒江がすごく強かったとか、そういう理由じゃない。
単に襲いかかってきた斗娜の目の前に、例のウサギのぬいぐるみを突き出しただけだ。
私を助ける前に拾っておいたみたい。
そして完全に不意をつかれた斗娜は、攻撃を大きく外し、黒江に首根っこ掴まれて、関節を決められ、その場に押さえこまれる羽目になった。
「貴様、汚いぞ!」
「真剣勝負に、綺麗も汚いもあるか」
表情すら変えずに、ミッフィーを見せびらかしながら黒江が答える。
正しいように聞こえるが、完全に卑怯だった。騙し打ちだった。
「さあて、それじゃ。いたずらした子供にはそれなりにお仕置きをしないとな!」
そう嬉しそうに言って、斗娜を腹ばいにして膝に乗せる。
そのまま何をするかと思ったら、お尻を叩きだした。
「ぎゃあ!?痛い!ふざけるな、黒江!お前、ばか!間抜け死ね!すけべ、変態!」
「はあ!?スケベとか十年早いんだよ!このあいだオムツが取れたばっかのガキが、大人を散々振り回しやがって反省しろ!」
…………。
なんというか、もう言葉にならない。
黒江がどう思っていようと、ともかく斗娜が11歳にしては、大人びた少女だと言うのも、ポイントだった。
「妙に背徳的な絵ヅラね」
「はあ……って、凱月さんいつの間に?」
いつの間にか隣にいて、事の顛末を見守っている。
「いや、そろそろ撤収しようかと思って」
「はあ」
「緊急に取りつけた監視カメラとか、斗娜のぶちのめした鬼さんたちとか」
そういえば、窓の外を見ると累々と倒れていた追手の黒服たちが、いつの間にか綺麗になくなっている。
「あー久しぶりに大掛かりなイベントだった。黒江ー?まだかかるの?」
「いや、もう済んだ」
いつの間にか斗娜の叫び声が聞こえなくなっている。見ると、廊下にぺったりと座って泣いていた。
20~30回も叩かれただろうか。
途中から悲鳴すら聞こえなくなったけど。
今改めてみると、心が折れたという感じだった。
あれだけプライドの高い、しかも思春期の女の子に、あれだけのことをしたら、まあ当然の結果だろう。
「クロ、やり過ぎじゃないの?」
「どこが?昔はよくこうやって、からか……遊んでやったもんだ」
大人げない。
しょうがないな。
「斗娜さん、大丈夫……」
「っ……気安く声をかけるな、下郎!」
「あの」
「貴様なんぞに同情されるくらいなら、舌をかんだ方がマシだ!虫けらめ!」
ツインテールを振り乱した美少女が、えぐえぐと泣きながら言う。
……かわいそうだけど、可愛くはないかな。
そんな人の内心などお構いなしに、斗娜は凱月を睨みつける。
「……凱月!」
「はい?」
「こんな決闘は無効だ!だいたい途中から決闘に切り替えるなぞ、聞いたことがない!」
やっとそのことに気がついたらしい。
ということは、さっき黒江の登場で、かなり頭に血がのぼっていたと言うことか。
ちらっと横の黒江を見る。
もしかして斗娜さん、黒江のことすっごく嫌いなんじゃ……。
「そうねぇ」
のらりくらりとした凱月が頬に手を当てて答える。
「黒江との決闘はひとまず置いておいて、まずは諫早結子との決闘を、やり直させろ!どちらも捕まらなかったが、スマホを奪えなかったのもお互い様……」
あ。
斗娜がスマホを探して、ポケットに手を入れているのを見て、さっき拾っておいたスマホを差し出す。
「斗娜さん、コレ」
目の前に差し出されたスマホに、切れ長の目をきょとんと丸くする。
あ、初めて見た。
年相応の顔。
「…………は?」
「貴方がクロにお尻を……、お仕置きされている時に、ポケットから落ちたの。気がついてなかったみたいだから、拾っておいたんだけど……」
無論、他意などなかった。
勝ったつもりもない。
第一、奪ったと言うより、拾ったわけだし。
だが、今度こそ斗娜は顔色を失った。
「あらまあ、気がつかないうちに勝負あったみたいね」
凱月があくまでにこやかに言う。
「なんだよ、お前。結局、結子にも負けてんじゃん。なら文句ないな。お前の完全敗北ってことで」
とどめとばかりに黒江が言うと、とうとう斗娜の我慢の限界だった。
差し出していたスマホをひったくると、
「貴様ら全員地獄に落ちろ!いや、私がいずれ落としてやる!覚えてろ!」
可愛い顔に似合わずに、凶悪な、でもある意味テンプレートな捨て台詞を残して、駆けて言った。
頭が良くても、捨て台詞って意外にひねりのないモノなんだな。
お勉強はできるけど、それ以外のことはだめなのかもしれない。
走って行く斗娜の後ろ姿を目で追う。小さな背中が校門のところに止まっている車に乗り込むと、その車は去って行った。
あの見覚えのある車は、大知洙の運転するものだろう。
「……なんか、寄ってたかって子供をいじめたような気分なんですが……」
走り去っていく車を見送りながら呟くと、
「気にすんな」
「そうそう。やったことが一人前なら、しっぺがえしも一人前扱いしなくちゃおかしいわ。この国は未成年だってだけで、過剰に保護しすぎるのよ」
それぞれ左右から肩を叩かれた。
そうかなあ。
なんというか、過剰にお灸をすえた感じがする。




