Act16
ちょうど土曜日で、学校は休み。
わざとそういう日を選んだのだろう。
少し早めに自宅を出て、大知洙の運転する車で運動公園に向かう。
セントラルタワー近くの運動公園といえば、立派な屋内競技場もある有名な施設だ。
その屋内競技場のど真ん中
「はーい♪それでは、これより第一回決闘鬼ごっこ開幕ー☆」
パフパフパフ、どんどんどーん☆
おもちゃのラッパと太鼓を叩く凱月。
でも恰好はいつものスーツ姿。すごい美人がビジネススーツで浮かれているのって、はっきり言って異様だ。
「…………。」
そして、脇でものすごく不機嫌そうな斗娜。
「凱月さん、めちゃくちゃご機嫌ですね」
「まあね、年度末決算の資料も作り終わったしね!最高にハイってやつよ!」
仕事がひと段落ついたらしい。
「どうしたのみんな、暗いわね!お祭りなんだから、はーりきっていきましょー!!」
本当に最高にハイらしい。
しかし集まったメンバーの顔つきは剣呑のままだ。
「凱月、確かに調停役のお前には、ルールや決闘方法を決定する権限があるが、こんなぬるい方法、私は納得できんぞ」
「あら、ご不満?」
「不満だ!」
きりきりと眦をつりあげる美少女に詰め寄られて、「うーん」とおもちゃのラッパを弄びながら首をかしげる。
「でも、そんなこと言ってもねえ。結子ちゃんは本当にごくフツーの人間な上に、素人さんだし、武術の心得もなければ、武器の取り扱いすら知らないわけだし。そんな子に『はい決闘してね』って、拳銃を渡せって言うの?FAとセミオートの区別もつかない、コック&ロックの意味さえしらないお嬢さんよ?」
「そんなこと関係あるか。決闘を受けた時点で、同じ土俵に立ったのだ」
斗娜が言うのに、困ったような表情を作る。
「でも、ここは日本だしー。あんまりそういう物騒なことされると、後始末がねえ、面倒なのよねえ」
「のらりくらりと。そんなものを気にしているから、コリアンの連中にでかい顔をされる」
おおよそ11歳の少女にあるまじき、大人びた口調で吐き捨てるように言うと、凱月が目を丸くした。
「あらあら、なんでもよく知っているのね。日本の事情にまで良く精通していること。斗娜は勉強家だと評判ですもの。でも……」
先ほどまでの浮かれた笑いではなく、嫣然と微笑む。
「仲間の懐までのぞき見するのはいただけないわね。私たち一族は信頼関係というもの重視しているから」
凱月の笑顔に、ぞっとした。
「今回の黒江のことも、随分といろいろ嗅ぎまわった成果のようだけど、あんまり度が過ぎると皆に嫌われるわよ。……詮索屋のお嬢さん」
斗娜は気圧されたように凱月を睨みつけたが、口もとにはまだ笑みが浮かんでいた。
空気に火花が散ったような錯覚さえ覚えた。
……怖い。
なんかよくわからなかったけど、ともかくすごく怖かった。
「ま、ともかく今回は鬼ごっこで勝負をつけてちょうだい。大丈夫よ、斗娜。貴方好みの趣向も用意しているから」
「え?」
不穏な発言に、思わず声が出てしまったが、凱月は構わずに続けた。
「とりあえずルールの説明しちゃうわね。基本は鬼ごっこ。ふたりは逃げて、鬼はこちらのみなさんでーす♪」
凱月の背後に目をやる。
こわもてのスーツのお兄さん、或いはおじさんたち。
少なく見積もっても百人近くいるように見えるんですけど。
「ちゃんとすぐに鬼だってわかるように、黒いスーツで揃えてみたから。時間制限は1時間。ここからスタートして、この街の中なら何処を逃げ回ってもOK。その代わり、捕まったら負け。開始からちょうど三十分後に指令を出すから、制限時間内にその指令条件をクリアして、なおかつ捕まらなかった方の勝ち」
説明を聞きながら、某民放番組のバラエティを思い出す。
あれは確かアミューズメントパークとか借りきって、逃げ切った時間で賞金が出るんだったな。
見たんだろうな、アレ。
「了解?」
ご機嫌な凱月さんの様子を横眼で見る。
「わかった」
「……はい」
斗娜と二人で並んで返事をすると、凱月がにっこりと頷いた。
「じゃあ、ふたりとも準備はいい?スマホは必ず電源入れておいてね、こちらのGPSで追跡しているから、追えなくなったらリタイアとみなすわよ。あ。ちなみにGPSで追っかけているのは私たちだけだから、鬼さんは貴方達の位置を把握して追っかけてくるわけじゃないから、その辺は安心してね」
よかった。
二重の意味でほっとしながら、スマホを確認する。
一応マナーモードに切り替え。
斗娜はやはりスマホを弄っているが、無表情で何を考えているかわからない。
「それじゃ、二人とも頑張ってね」
「あ、ちょっと待ってください。凱月さん」
「なあに?」
「あの、……クロは?」
ずっと気になっていたことを聞くと、「ああ」と言う風にしてスタンド席を指差した。
「ずっとあそこにいるわよ。VIP席」
ガラス張りの一番見晴らしのいい席。
クロと劉善さんが並んでいるのが見えた。
遠すぎて表情までわからない。
「じゃ、私もそろそろ移動しようっと。第一鬼さんチーム出てきてくださーい」
ふざけた言葉で呼ばれても、出てきたのはどう見ても筋もののお兄さんたち5名。
「最初に鬼さんは、貴方達が出発して十数えたらスタート。あとは五分ごとに鬼さんチーム投入していくから」
そういって、凱月は自分の部下と、大知洙を伴って移動していった。
大知洙さんとすれ違った時に、唇の動きだけで『ご武運を』を言われ、小さく頷いて返した。
グラウンドに斗娜と、五十メートルばっかり離れたところに最初の鬼チームが残される。
「随分とよく手なずけたようだな」
「え?」
「大知洙は甘ちゃんなところがあるから、大方素人にほだされたんだろう」
つまらなそうにいう。
今日の斗娜は、やはりチャイナカラーの上着にサブリナパンツと、今の時期には少々涼しそうな格好だ。
動きやすい格好と言うことだろう。
こうして見ている分には本当に普通の美少女に見える。
少々性格に難がありそうなのは、その鋭いまなざしや、人を見下したように歪める口もとからも窺えるが。
「斗娜さん、聞いていい?」
話しかけられると思っていなかったのか、少し驚いたような顔をした。
「なんだ?」
「クロ……黒江のこと、ちょっとは好き?」
「はあ?」
思いっきり呆れたような、嫌な顔をされた。
「何を言っている、貴様」
「だって、結婚するんだよ。旦那様になるなら、ちょっとは好きじゃなきゃ辛いでしょ」
「阿呆か」
心底、軽蔑するような目をしてため息をつく。
「好きだの嫌いだのと、そんな理由で結婚相手を決められるのは、貴様らの様な虫けらだけだ。我らのような選ばれた人間は、そんなうわついた理由で伴侶を決めたりしない」
「じゃあ、クロのこと全然好きじゃないの」
「汚らわしい。『聖夜の惨劇』の生き残りなど」
短く吐き捨てる。
『聖夜の惨劇』
それは、クロのご両親と伯父さん夫婦がいっぺんになくなった事件。
生き残りって。
「……それってクロのこと?」
一族の人は、クロのことをそういうの?
「他に誰がいる?あのような忌まわしい事件を起こした女の息子など、本来なら目にするのも汚らわしいわ」
嘲るように口もとを歪める。
『二人とも、スタートのカウントダウン始めるわよ』
場内アナウンスで凱月さんの声が響く。
VIP席に移動し終わったようだ。
「……決めた」
呟く声に、斗娜がこちらを横眼で見た。
「今、決めた。絶対負けない」
初めて斗娜をまっすぐに見た。
『スタート5秒前、4、3、2、1……』
傲慢な物言いをするが、頭一つも小さい、自分より6つも下の少女。
「貴方なんかに負けないから」
『スタート!』
高々とスタートの宣言がされた。
合図とともに出口に駆けだす。
競技場の出入り口のところで、ふと斗娜の姿がないことに気がついた。
「……え?」
隣か、少し後くらいを走っているものかと思っていたのに。
振り返ると、斗娜はまだスタートの位置に立っていた。
「諫早結子」
にやにやと腕を組んで立っている斗娜は朗々とした声で叫んだ。
「この私に向かって、よくぞ吠えた!私も何の力もない無抵抗なウジ虫を踏み潰すより、無駄な抵抗でも、向かってくる虫けらをひねりつぶす方が、良心が痛まないからな」
「なに……?」
「虫けらの意地を見せた褒美をやろう」
そういって組んでいた両手をほどいた。
ちょうど最初に鬼チームがスタートしたところだった。
より自分たちに近い斗娜に追手が襲いかかる。
「え?」
捕まってしまうと思った瞬間、斗娜の姿が消えた。
消えたように見えた。
まっすぐに跳躍した斗娜は、二人かかりで左右から押さえこもうとしていた、一人の頭を蹴り飛ばし、もう一人の肩に逆立ちするように立った。
首にかかる細い手。
逆立ちの態勢から、男の首に手をかけ、勢いよく身体をひねり、地面に着地した。
引きずられるように男は、背後から投げ飛ばされ、無様に地面にたたきつけられた。
二人の男が倒されたのは、ほんの一瞬の出来事だった。
そして息をつく暇もなく、背後から押さえこもうとしていた一人懐に突っ込んでいき、腹に蹴りを入れ、さらに顎を蹴った。
身体をひねって、優雅に地面に降り立つ斗娜の傍で、血を吐き散らして倒れる鬼役の黒服。
舞う様な動作には、どこにもそんな力があるようには見えない。
だが、どの人も遠目にもわかるほど、白眼を剥いて倒れていた。
そして、あと二人。
最初から斗娜ではなく、こちらを追いかけてこようとしていた二人が目の前に迫ってきているのを見て、初めて我に返った。
まずいと思って走り出そうとしたが、足が地面に縫いつけられたようにうまく動かない。
捕まえようと伸ばされた手に、息をのむ。
だが、すでに三人を沈めた斗娜がいつの間にか彼らの背後から駆け寄っていた。
小さな身体が跳ね上がり、跳び箱の踏み台のように一人を踏みつけた。踏まれた男はごきりと背中から音を立て、妙な姿勢で床に倒れた。
そして、斗娜は再び跳躍。もう一人の肩に足から乗ると、肩車のように肩に乗り、足を絡めた。
「よっ……と」
軽い掛け声とともに斗娜が首を持ってひねると、ごきりと嫌な音がした。
「ぐあ……っ」
男の口から呻き声が漏れ、白眼を剥いた。
斗娜は倒れかけた男の肩から軽々と飛び降りた。
男が倒れると同時に、軽々と優雅に、体重すら感じさせない動きで地に降り立つ。
そして腰に手をやって、ゆっくりと結子に目を向けてきた。
細められた目。そこに宿る光にぞっとした。
全員彼女の2倍、3倍の体格をしていたと思う。
時間にしておおよそ1分程度。
斗娜は、VIP席を見上げた。
「凱月、何か問題があるか?お前の説明したルールの中に、追手を倒してはいけない、と言うものはなかったな」
『ないわね。さらにいうなら、貴方が結子ちゃんを捕まえて、鬼に差し出すという手も禁じてませーん』
もっともそれは、鬼と接触する危険性が生まれるが、それって斗娜にとっては危険でもなんでもないのかもしれない。
それに別に鬼につきださなくても、捕まえてどこかわかりやすいところに、縛り上げるなりして転がしておけば万事解決なのだ。
驚きで、声も出ない。
斗娜はにやにやと笑いながら、競技場中に響き渡る声で宣言した。
「良く聞け、鬼役の者どもよ!我は劉斗娜、武術においては一族で序列5位にあたる。命まではとらんが、骨の二、三本へし折られる覚悟があるなら追ってくるがいい!だが、よく考えてみることだな。私とあの小娘、どちらを捕まえるのが容易く、このくだらないゲームが早く終わるかを」
「ず、ずるいー!」
思わず叫んだが、後の祭りだった。
これじゃ、最初のルールと全然違う。
分散化されるはずの鬼が、自分に集中するだけでなく斗娜までもが、結子を捕まえようとする鬼の様なものだ。
「武術の腕が序列5位って、もしかして一族で5番目に強いってこと!?」
そんなの聞いてない。
大口叩くんじゃなかった。
早くも後悔にまみれて、それでもとりあえずは全力で逃げるしかなった。




