Act14
次の日。
朝起きると、瞼が大変なことになっていた。
腫れが引くまでちょっと外に出られないが、親になんと説明しようかと思っていると、
「目の腫れが引いてから学校に行ったら」と先に言われてしまった。
それくらいひどい顔をしているのだというのもあるけど、昨日何かあったのは薄々わかっているのだろう。
それでも何も聞かないでいてくれることに感謝しつつ、ぬれタオルで冷やして腫れが戻るのを待って家を出た。
だが、曲がり角を曲がった途端に、行く手を阻まれる。
「おはようございます、諫早様」
「……はあ」
もう11時だけどね。
「学校に向かわれるのなら、お送りいたします」
「どうも」
断るって選択肢はないんだろうから。
家の目の前に車を止めていなかったことに、感謝しなくちゃいけないんだろうなと思いながら、再び後部座席に乗る。
あまり表情が変わらない監視役さんの顔を、バックミラーで確かめる。
「あの……」
口を開くと、視線は前方のまま返事が返ってきた。
「はい」
「ずっと私のこと、見張っていたんですか?」
「はい」
即答だった。
「他の人たちは……」
「黒江様は、監視下の元マンションで待機しておられます」
「学校、休んでるんですか?」
「諫早様との接触を極力減らすと言うことで」
「どうして会っちゃいけないんですか?」
「公正な状態を保つために」
意味がわからない。
「ちなみに黒江様とだけでなく、他の一族の関係者とは誰も連絡をとれないようになっています」
「なんで!?」
「黒江様はもちろん、凱月様や劉善様から決闘に関しての有利な情報や、手助けなどされないようにと。あくまで公正であるために、そう決まりました」
決まりましたと言われても、本人不在の所でそんなこと決めないでほしい。
でも、いまさらそんなこといっても、多分無駄だろうな。
「通達事項がありましたら、私の方からご案内させていただきます」
「……そーですか」
もう、どうでもいいとばかりに返事をしていると、じきに学校が見えてきた。
「ここまでで、いいです」
「ではここからは、距離を置いて、おそばに控えさせていただきます」
監視ね。
もう勝手にしてとばかりに、返事もせずに車を降りた。
***
「どうしたの、結子。重役出勤」
「おはよ」
月子に挨拶をして、自分の席につくとつっぷした。
懐かしいなんておかしいかもしれないけど、あんまりにもいつもの教室の風景だったので安心してしまった。
「寝坊?」
「それなら、もうちょっと早く来ているよ。目が腫れて、とてもじゃないけど外が歩けるような状態じゃなくてさー」
「黒江くんと喧嘩でもした?」
いきなり確信をつかれて、ぎょっとする。
「……どうして?」
「彼も来てないから、ほら」
クロの席を指す。
「図星?」
「まあねー……」
「昨日も話してたのに、結子が素直にならないから、ケンカになるんだよ」
なんにも知らない月子が、そういって楽しそうに笑う。
「そういうことじゃないの」
「はいはい。ま、そういうことにしておきましょう。で、結子、あれ持ってきた?」
「なに?」
「進路希望。提出しないと」
月子に言われて思い出す。
家に戻って書こうと思ってたけど、そんな余裕なかった。
のろのろとカバンを開いて、じっと進路志望を見て、面倒になってがりがりと第一志望の欄を埋める。
「月子が集めてたんだよね。はいこれ」
渡すと月子が一瞬目を丸くする。
「結子、あんたこれ……」
「いいの。いま難しいこと考えるの無理」
拗ねたようにいって机に突っ伏すと、月子の呆れたような声が降りてきた。
「知らないよ、怒られても」
かなり気持ちがささくれ立っていたので、望むところだった。
***
その日の授業を終えて、部活にも出た。
黒江がいないこと以外は、普段通りの生活で、帰る頃には気持ちも大分落ち着いてきた。
「結子、帰りどっか寄らない?お腹空いたし、塾に行く前になんか食べたいからつきあってよ」
「あーっと……ちょっと、今日は早く帰ってくるように言われてるからさ、ごめん」
いくら気持ちが落ち着いてきたからといっても、そこまで能天気になれるわけじゃない。
それに、あの監視の人の顔がちらついた。
友人といる時にも、堂々と監視としてついてきそうで怖い。
あの手の人たちは、こちらに気を使っているようで、無神経なところがある。劉善の部下に校門で待ち伏せされて以来、身にしみている。
あんないかにも正体不明の人が、知り合いだとなったら、どんな噂を立てられるかわからない。
学校を出てしばらく歩くと、後ろからきた黒塗りの車が横で止まった。
「諫早様、お送りします」
「……どうも」
それでも、この人の場合は周囲に気を配っている方なので助かるなと、呑気なことを考えながら後部座席に乗り込んだ。
車内はあいかわらず沈黙のままだ。
このままずっと黙っているって言うのもなー……。
「あの、斗娜さんって」
「は?」
いきなり話し始めたので、聞き取れなかったらしい。
「あの、斗娜さんって、いくつなんですか?」
改めて聞くと、一呼吸の間をおいて返事が返ってきた。
「今年で12歳になられます」
じゃ、いま11歳?
「学校はどうしてるんですか?」
「もともと諫早様のように、学校に通うようなことはありませんので」
「へえ……あの……」
名前を呼ぼうとして、知らないことに気がつく。
確か凱月のオフィスで呼ばれていたが、忘れてしまった。
そのことに気がついたのか
「大知洙と申します。お見知りおきを……と、申し上げていいのかわかりませんが」と自己紹介してくれた。
「斗娜様のことですが、彼女は現在、基本的な教育課程は終了しています。日本と違って飛び級が認められていますから」
「それじゃ普段彼女は何してるんですか?」
「主にお父様の仕事の手伝いを。大学には行かれていませんが、ノースウェスタン大学のモーテンセン教授を師事しているようで、衛星カメラで講義を受講したり、個人的にメールのやり取りなどされているようです」
もうレベルが違う。
クロも頭いいけど、桁が違うみたいだ。
それに、大学の教授の名前。なんか聞いたことあるような、確かニュースでやってたノーベル賞取った人が、そんな名前だった気がする。
「狼一族の人って、……頭いいですね」
「そうですね」
否定しないし。
やっぱり謙遜が美徳って、海外じゃ通用しないんだわ。
「…………決闘前に敵の情報集めですか?」
「え?いえ、そんな大層なことじゃないんですけど」
『沈黙に耐えられなくて』というのもなんとなく気が引けて、日本人特有の愛想笑いを浮かべる。
「止めておいた方がいい」
「はい?」
「今からでも遅くない。決闘は辞退された方がいい。命が惜しければ」
低い声は、脅しの口調ではなかった。




