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Act12

 いい加減、来年度から受験生だ。

 去年の秋から今まで、あまりにもいろんなことがありすぎて、ちょっと浮ついていたかもしれない。

 結子はそれをうんざりとした気持ちで眺めていた。

 二度目の進路希望調査の用紙が配られ、前回の試験の結果を鑑みてみろと言われている気になって軽くへこんでいると、突然月子言った。

「で、黒江くんとはどうなってるの?」

「…………。」

 どうも、こうも。

「別に」

「……結子?アンタ『別に』じゃ済まされないわよ」

 口ごもると、珍しく温厚な月子が目をつりあげた。

「年末年始は一緒に旅行にいっているし、バレンタインは手作りするっていうから、本貸したり、買い物に付き合ったりしたのに、なんの報告も無いとはどういうことよ?」

「…………ごめんなさい」

「私がいま欲しいは、謝罪の言葉なんかじゃないのよ?ん?わかってる?」

「わ、わかってます。わかってますから、笑顔で詰め寄らないで」

 普段、穏やかで世話好きなだけに、怒らせると怖い。

 ひとつ咳払いをして、しぶしぶ口を開く。

「えーと、だから何度も説明しているように、年末年始はクロの実家に遊びに行っただけで」

 海外だったけど。

 しかも、すごい超豪華ホテルのスイートに滞在だったけど。

 でも、親戚とかに紹介されたりして、恋人同士で旅行って言うより、結婚を控えたカップルが、相手の親戚筋に挨拶にいきましたって態だった。

 ……実際、まわりはそのつもりだったんだろうけど。

とてもじゃないけれど恋人同士で旅行って感じじゃなかった。

 月子が期待しているような、ラブラブなエピソードのあれこれなんてなかった。

「バレンタインは……ちょっといろいろあって、なんとかチョコレート渡せたけど、とてもじゃないけど、ご報告できるようなことはありませんでした」

 我ながら、本当に何をやっているのかと思う。

 月子はがっくりと肩を落とした。

 机に肘をついて、ため息までつく。

「……アンタたち、何やってるのよ」

「うーん」

 改めて言われると、ちょっと凹む。

「半年近くも付き合ってて、イベント各種目白押しだったっていうのに、まさか手も握ってないとかいわないでよね?」

「それは……」

 恨めしげに見られて、声をひそめて答える。

「……キスは、した」

「あとは?」

「あと……って、あとは、何も……」

 言うと、月子は疲れたように額を押さえた。

「実際のところ、アンタたち、ヤル気あるの?」

「……月子さん、それ聞きようによってはとっても下品なんだけど……」

 上品そうな顔をして、何を言い出すんだ。

「じゃ、いたす気はあるの?」

「言い方を上品にして欲しかったわけじゃないのよ」

 つい大声で言ってしまってから、口を押さえる。

 ファーストフード店はそこそこ混んで、店内には有線が結構な大きさでかかっている。お陰でこちらが大声を出しても、大して気にもされなかった。

 それでもなんとなく声のトーンを落として、月子と頭を寄せて話す。

「そんなの……どうしてもしなきゃいけないって法律はないもん」

「それで通ると思ってんの?黒江くんだって男の子だよ」

「……なによぅ」

「あんまりお預け喰らわせると、黒江くんに浮気されても知らないよ」

「私が悪いみたいに言わないで!」

「じゃ、何が悪いのよ?」

「タイミングとか……」

 積極的にやりたくないといった覚えはない。

「黒江くん、もてるからねー」

 珍しく意地の悪い顔をして、肩をすくめる。

「月子、私を不安にして何が楽しいの!?」

「不安にして楽しんでるんじゃなくて、心配してるの。幼馴染だっていうのもあるのかもしれないけど、アンタたち前とあんまり変わらないんだもん。まあ、前よりはちょっと仲良しかなとは思うけど」

 紙コップに残った紅茶を飲みほして、月子はため息をつく。

「あんまり前と変わらないと、周りの女の子ももしかしたら、まだチャンスがあるかもって期待するじゃない?」

「そういうもんかな」

「まあ、一概には言えないけどね。でも、バレンタインだって、けっこうもらってたみたいじゃない」

「……そーだね」

 下駄箱とかロッカーに入っているチョコレートの箱は、去年とそんなに変わらなかった気がする。本命チョコの数も。

「あー、なんかもう、ムカムカしてきた」

「しょうがないじゃない。急には諦められない子もいるだろうし」

 黒江は、もてる。

勉強ができるし、学年でも5番目から落ちたことない。ちなみに月子も上から数えたほうが早い。

 だからこの三人でいると、すごく私が頭悪いみたいに言われるけど、中の上の私が特別バカだってことじゃないんだ)

 顔だって悪くないし……というか、かっこいいし、運動もできるし|(狼男だから身体能力高くて当たり前だけど)、付き合い悪そうに見えるけど、意外に友達多いし、べたべたしないけど誰に対しても普通に優しいし、良い声だし、よく考えたらお金持ちだし|(っていっても他の人は知らないか)……。

「クロのヤツ、ムカツク~っ」

 頭を抱えこんで机につっぷすと、呆れたようなため息が聞こえた。

「なんで、黒江くん?」

「なんとなく」

 言いながら、ため息をつく。

 自分のことを思い返すと、別に美人でもないし、頭も普通だし、自慢できるところっていったら、人よりちょっと足が早いくらいか。県大会には出たけど、インターハイには届かなかったし。

 せめて、ひとつくらい誰にも負けないことがあったら、クロの周りに群がる女の子たちとも、もうちょっと張り合おうって気にもなるんだろうか。

 逆にクロがもっと普通の、モテ要素なんてなんにも持ってない男の子だったら、こんなもやもやしなくてすんだかもしれない。

 ……後ろ向き過ぎるかな。

「ともかく来年度から三年生だし、クロとどうとか言っている場合じゃないよ。受験生だもん」

「お互いにね」

 時計を見ると、すでに7時になるところだった。トレーを持って立ち上がる。

「まあ、その前にホワイトデーもあるし、黒江くんから何かあるかもよ」

「何かって?」

 聞くと月子が口の端をあげた。

「まあ、何があっても意固地にならないで、素直にね。……あんまり焦らすと、ふられちゃうぞ」

「だから私が拒否ってるみたいに言わないで」

 ゴミ箱にゴミをつっこみながらいうと、月子がけらけらと笑っていた。

 からかわれているとわかっていても、つい反応してしまう。

 意固地になっているつもりはない。

 拒否した覚えもない。

 ふと、マカオでの一番初めの夜を思い出す。

 ホテルの部屋で押し倒されて、そのまましちゃうのかなと思ったら、クロは冗談だといって、やめた。

 一族の人たちの手前、婚約者として同じ部屋をあてがわれて、旅行中ずっと同じ部屋で寝泊まりしたけど、あのあとは一切何もなかった。

 ホンットに何もなかった。

 胸ないとか、色気ないとか、いろいろ言われてきたけど、まさかそのせい?

 途中でやめたのも、あまりにも色気がないから萎えてやめたとか。

 ………………。

 でも。

 しょうがないじゃない。胸なんていきなり大きくなるもんじゃないし、せめて短いスカートはいたり、胸元見える服にしたり、化粧したりしてみせるべきなのだろうか。

「今さら、そんなのできない……っ!」

 本当は幼馴染じゃないけど、ついこの間まで幼馴染だと思いこんでいて、兄妹みたいに付き合っていたのに、いまさらそんな風に色目を使うことを想像すると、滑稽を通りこして、気持ち悪い。

「結子?」

 声をかけられて、我に返る。

 店を出たところで、月子が不思議そうにこちらを見ている。

「なに、難しい顔してんの?」

「なんでもない」

「そういえば、さっき進路調査の紙だして眺めてたけど、ちゃんと持ってきた」

「うん、ちゃんとカバンにしまったよ」

「明日提出だからね」

「んー。わかってる」

 店の前で別れて、歩きだす。

 バス停までは結構距離がある。アーケードを抜けて、大きな道路沿いの歩道に出ると、ぐっと人通りが減った。

 車のヘッドライトが流れていくのを、視界の端に見ながら歩いていると、ふと目の前に人が立ちはだかった。

「……は?」

 反射的に立ち止まって顔をあげ、ぎくりとする。

 スーツの男たちは、明らかにサラリーマンとは違う人種だった。

 自然と一歩後ずさる。

諫早(いさはや)、結子?」

 名前を呼ばれて、肩にかけていたカバンを抱えた。

 去年の秋。

劉善さんと、その部下たちとの追いかけっこを思い出して身構える。

「諫早結子だな?」

 一瞬戸惑う。

 自分の名前を呼んだ声は、ひどく澄んで幼い。

 男たちの背後から、その小さな影は現れた。

 行き交う車のライトに浮かび上がる少女。

真っ赤なチャイナドレスにファーのついたコート。ツインテールに結んだ漆黒の髪が、胸元のあたりで揺れていた。

 どうみても中学生か、まさかの小学生かもしれない。

 ともかく気の強そうな美少女が、屈強な男たちを従えて腕を組んで仁王立ちで道を塞いでいる。

 非日常にはだんだん慣らされてきたけど、この状況は危険なのかそうじゃないのか判断つかない。

 とりあえず何も考えないで逃げたほうがいいかと思ったけど、いつの間にか後ろにも人が立っていた。

 万事休す。

「ええっと」

 どう応えていいか、悩んでいると少女はつかつかと目の前まで歩み寄ってきて、睨み上げてきた。

「諫早結子。貴様に決闘を申し込む」

 びしっと指先を突きつけられた。

 決闘って。

 ……なにそれ?

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