初恋レンジアップ
「愛しています、お姉さまっ!」
私の目の前でたった今、世界に向かって愛を叫んだのは、艶やかな黒髪を腰まで垂らし、愛らしい大きな目で私を見つめている美少女だった。この時点でもう突っ込みどころが多々あるわけだけど。
「ごめんなさい、間に合ってるわ」
にべも無くお断りを入れる私に、悲しそうな表情で彼女は訴えてくる。その顔が死んだ母親を思い起こさせて、私は思わず顔を背けた。
記憶の中の母はいつも泣いていた。家族をかえりみず、どこかの女と夜通し遊び続け、挙句に母に暴力を振るう父を、母は愛しているのだと言った。そんな風に私はなりたくなかった。だからかもしれない。私は今まで誰かを愛した事が無い。周りの異性を父と同じか、それ以下としか見る事が出来ないのだ。
だからと言って、女の子が好きなわけじゃない。と、思う。だから彼女がどんなに涙を流そうとも、それを受け入れるわけにはいかないのだ。
「どうしてですかっ!? 私の何がいけないんですかっ?」
わからないのも道理だろう。私の記憶が確かなら、彼女は今さっき生まれたばかりなのだ。私の気が確かなら、と言い直しても良いかも知れないが。とにかく彼女にもわかるように、一つ一つ説明しなければならない。
「まず、今は調理実習の授業中である事」
「そんなのアタシには関係ないですっ!」
「次に、貴女が女の子だって事」
「愛があれば関係ないですっ!」
彼女の答えにはあえて反応を返さない。こういうのに巻き込まれて、安穏な展開になった例がないと私の愛読書たちが告げていた。
「最後に、コレは重要な事だから、ちゃんと考えて答えなさい」
「うん。良いよ」
「私の気――記憶が確かなら、貴女は私が焼いていたはずのパンで、そこの電子レンジから出てきたって事なんだけど……」
「そうだよ? それが何か可笑しい?」
彼女の出来立てホカホカの脳ミソでは、私の苦悩は理解できないらしい。
「ちゃんと! もっと良くっ! か・ん・が・え・て・っ!」
「うー」
変な声で唸る美少女の頭を撫でてやると、彼女は気持ちよさそうに目を細める。そして、何かに気付いたように、目を見開いた。
「おかあさんっ!」
「違うわぁっ!」
思わず突っ込んでしまう。ああマズイ。これで彼女は調子に乗るに違いない。そしてそれはその通りだった。彼女は私にとんでもない要求をしてきたのだ。
「そう……アタシはパンの化身。さぁ、私を食べてっ!」
挑発的な言葉と挑発的な態度で、挑発的なポーズをとる挑発的な彼女。そもそも彼女は全裸なのだ、これ以上扇情的に成りようも無い。私は諦めの溜息を吐き、彼女を美味しくいただいたのだった。