第8話 御利用ありがとうございました。また来て下さいね。
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「ふいーっ、腹いっぱい。しわよせー」
「それを言うなら幸せでしょ」
プラティナの孫は、本当に彼女の若い頃にそっくり。まるで銀ちゃんが戻って来たみたい。
「今日は泊まっていくんでしょう?」
「うん。エコノミーで良いよ。金無いし」
「貴方から宿賃取るつもりは無いんだけどね。孫みたいなものだし。オムツも換えてあげたのよ」
「出た! その話! 何でも言うこと聞きますから、それだけは勘弁して下さいっ」
彼は若い頃のプラティナがやっていたように大きく伸びをして、大きな欠伸をしました。
プラティナが病気で逝ってから、随分経ちました。彼は日に日にプラティナに似てきています。
「なあ、ネルさん。ロイヤルスイートルームの噂、相変わらずなのか?」
「そうねえ。貴方も一泊してみたら?プラティナに会えるかも知れないわよ」
「うほっ! なんか怖いなあ」
もう、何十年も昔の話になりますが、上品な老夫妻が「ネルの宿屋」に再び泊まりに来て下さいました。そしてロイヤルスイートルームに御泊り頂いた時の事です。
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「あら、この部屋は真新しいみたいね」
「はい、ロイヤルスイートルームは先日改装したばかりなんですよ。いただいた銀貨を使わせていただきました」
「うんうん、良い部屋だ。素朴さの中に上品さと侘寂が効いてて良いね。東方のヤマトの国に似た雰囲気があるね」
「ありがとうございます。先月、両親の田舎を訪ねてきたのですが、田舎の良さを再認識して参りまして、それを参考に改装いたしました」
「ご両親のところには、良く帰られるのですか?」
「いえ、宿の仕事が忙しくて。先月は親戚のお墓参りに行っておりました」
「そう……ご両親が元気なうちに、たくさん会ってあげてね」
寂しそうな御夫妻の様子が気になりましたが、誰にでも触れられたく無い事情があります。余計な詮索をしない事はサービス業のルールです。
プラティナと大蜘蛛の激戦があったとは思えないくらいにロイヤルスイートルームは綺麗な状態でしたが、私の心の整理の為に大改装しました。
ハナちゃんの事を二度と忘れない為にも、幼い事に共に過ごしたあの美しい田舎の住居を再現したのです。豪華絢爛な事がロイヤルスイートルームの条件ではありません。素朴さの中に最上級の居心地の良さ、心の琴線に触れるような懐かしさを覚えていただける部屋が完成したと自負しております。きっと御夫妻にも喜んでいただけると確信してました。翌朝までは……。
「ネルちゃん……私たち、もう死んでも良いわ」
「お、御客様? 何を仰っておられるのですか!?」
「もう、これ以上の喜びは無いよ。ありがとう、ありがとう」
私の手を取り滂沱の涙を流すお二人の姿に、私は動揺するほかありませんでした。
「若くして亡くなった息子がね、枕元に立ったのだよ」
「そうなのよ。二人で見たのだから間違いないわ。俺の分まで長生きしてくれって、あの子が言ったのよ」
これは、もしや……。
御客様が出立された後、暇を見計らってプラティナの店に顔を出しました。
プラティナは学院都市の路地裏で武器屋を始めていました。日に日に、お腹も大きくなってきているのに大丈夫なのでしょうか?
プラティナの店は、こじんまりとしながらも彼女のセンスの良さを感じさせる佇まいです。外壁は魔導院の指導の通りに灰色の煉瓦作りですが、内装は質の良いレッドウッドの無垢材を使い、ログハウス風の作りです。新しい木の香りはお腹の赤ちゃんにも良い事でしょう。
あぁ、産まれるのが楽しみだなぁ。プラティナに似て可愛くて格好良い子だろうなぁ。想像しただけで頭の中味が銀一色に染まってしまいます。いやいやいや、私は怒っていたのでした。
私はロイヤルスイートルームに起きた異変について、プラティナに問い質しました。
「そうきたか。呪物を砕いた時の破片が、部屋中に散ったじゃないかな? たぶん、部屋全体に中途半端に呪いが残ったんだね」
「なっ、何よそれ! 私の宿をどうしてくれるのよ!」
「あはは。どうしようね。あ、痛たたた。ネルぅ、お腹の子がぁ」
「ずるい! ずるい! ずるい! 赤ちゃんをダシに使うなんて最低!」
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その後、ロイヤルスイートルームは「一番会いたいと思った人が夢に現れる部屋」として学院都市の名物オカルトスポットになりました。
ロイヤルスイートルームの稼働率が上がったのは宿屋として喜ばしい事ですが、遊園地のアトラクションのような見方をされるとは心外です。先日もオカルト雑誌から取材の申し込みがありましたが全力で断りました。まったくもう!
「ネルの宿屋」は、美味しい魚介料理と清潔な寝室が自慢の寛ぎの宿です。学院都市にお立ち寄りの際には、ぜひ御利用下さいませ。
もしも、もしも御客様が、もう一度だけでも会いたいと切に願う方がいらっしゃるのなら「ロイヤルスイートルーム」を御利用下さい。
心よりお待ち申し上げております。
御宿泊ありがとうございました!第二章も用意しております。もうしばらくお待ちくださいませ。