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君たち!宿屋に感謝なさい!  作者: ポロニア
ネルの宿屋にようこそ!
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第5話 指輪とブイヤベース

「ほい! まいどぉ! 魚ぁ届けに来たよ!」


 おじさんは、長年お魚を扱っているせいか、ちょっと魚っぽい顔をしています。

ちなみにオジサンって魚はホントにいるんですよ。淡白な白身は蒸したり揚げたりすると美味しいです。「ネルの宿屋」ではハーブで包んで蒸し焼きにするのがお勧めです。


 私はカウンター裏に回って支払い用のお金が入った袋を取り出しました。


「いつもありがとうございます。お代はこちらに」

「はい、今日の分の魚だよ。今日は良いのが届いたからね」


 私は代金ぴったりにトレイの上にお金を載せて、オジサンに良く似ているおじさんに差し出しました。


「お、ネルちゃん、それ、指輪じゃないかい? 良いじゃないか。年頃なんだから、たまにはオシャレして出掛けなよ」


 鮮魚店のおじさんは、トレイを持った私の指を見てニコニコしています。

 ううーん、でもオシャレをして、一体どこに出掛ければ良いのでしょうか?


*****


 本日のお客様は、上品な老夫婦のお二人様の御予約です。以前に御利用いただいた方から御紹介をいただきました。


「これは良い雰囲気じゃないか。学院都市は街並みは綺麗だが、味気の無い街だと思っていたところだよ」

「魔導院の指導で、学院都市で新築の建造物を建てる際には、灰色の煉瓦の使用を義務付けられています。ですので、内装はどこの家でも工夫するのですよ」

「外壁は煉瓦作りなのに、室内は土壁なのね。とっても趣があって素敵ねぇ」

「奥様、ありがとうございます。両親の田舎の伝統的な家作りを参考にしております。お気に召していただいて幸いです」

 

 学院都市には旅行でいらっしゃったそうですが、私の宿屋の評判を聞いてわざわざお立ち寄り下さいました。前に御利用いただいた方の紹介とあっては、いつも以上にサービスに力が入ります。


 サービスの基本は、どなたにも平等に接する事ですが、私はまだまだ修行が足りません。だって御紹介をいただけるなんて、これ以上に嬉しく誇らしい事はありません。しかもスイートルームを御利用とあっては、お料理にも気合が入ります。


 お食事は、お任せでご注文をいただいたので、新鮮な魚介類を活かしたブイヤベースにしました。ご年配の御客様なので、柔らかく煮込む事に気を使い、骨の多い小魚はスープを取るだけに使う事にしました。

 具材のメインは、クエと蟹、大型の二枚貝。瑞々しいトマトがあったのでトマト風味にしましょう。ネル特製ブイヤベースの味の決め手は、フェンネルシードを強めに使う事。食欲を刺激する香りは魚介類の生臭さを消してくれる上に、消化促進作用もあります。


「まあまあまあ、これは私が今までいただいたブイヤベースの中で一番美味しいわ。ねえ、あなた」

「これは長生きした甲斐があったな。海辺の魚自慢の宿でも、これ程の料理は食べた事は無い」


 私にとっては最高の褒め言葉です。嬉しくて少しだけ涙が出てしまいました。慌てて空いたお皿を下げて厨房に下がり、エプロンの裾で目を擦りました。

 お父さん、お母さん、私はオシャレして出掛けなくても、この小さな世界で幸せに暮らしています。


 スイートルームに御客様が戻られた後、明日の朝食の仕込みとお掃除、戸締りの点検をして今日の業務は終了です。


 浴室の掃除をしながら洗髪していた時に、髪に指輪がひっかかりました。サイズがぴったりなので、付けていた事を忘れていました。

 私が育てたハーブを使った洗髪剤は泡立ち豊かです。その細かな泡を使って指輪を抜こうとしたのですが、指輪はクルクル回れど一向に抜ける気配がありません。子供の頃、公園で拾った木製の指輪が抜けなくなって困ったことを思い出しました。




********************




 拾った指輪なんか嵌めるんじゃなかった。このまま大人になっても、この格好悪い木の指輪が抜けなくなったらどうしよう。しかも、左の薬指は、未来の旦那様からプレゼントされた指輪を着ける大切な指なのに。まだ小学校の低学年だった私はベンチに座ってギャンギャン泣いていました。


「おい、ネルちゃん、どうした?」


 いよいよ私より背が高くなった銀ちゃんが、木刀片手に公園の前を通りかかりました。銀ちゃんは当時、子供たちに人気だった「仮面の魔法騎士」のお面を付けていました。黒い仮面に真っ赤な宝石の瞳。


「指輪が抜けないの。どうしよう、どうしよう銀ちゃん」


 銀ちゃんは頭の後ろにお面を回してから、私の左手を持って、表にしたり裏にしたり遠くから見たり近くから見たりして唸っていましたが、


「ネルちゃん、安心しろ! こんなモン、俺が粉砕してやるわ!」


 と、威勢の良い声で私を励ましてくれました。

 銀ちゃんは、私の左手をベンチの上に乗せて、大きく指を開けと命令しました。諾々と従いましたが、何だか嫌な予感がします。

 銀ちゃんはふむふむと頷きながら、手の持った木刀を短く持ったり長く持ったり。


「ね、ねえ、銀ちゃん? まさか……よね?」

「だいじょうぶ! まーかせて!」


 銀ちゃんが、私の左手首をがっしりと掴み、木刀を握りしめました。


「銀ちゃん? もしかして『行き当たりばったり』とかじゃ無いよね?」

「凄いな、ネルちゃん。難しい(ことわざ)を知ってるな」

「銀ちゃん『行き当たりばったり』は(ことわざ)じゃないよ」

「うんうん、その、行き当たりバッキリの気持ちで頑張るよ! せぇの」

「銀ちゃん! 行き当たりボッキリはイヤだって! やめっ! むぎゃぁあー!」


 銀ちゃんは木刀の柄頭で、指輪をコツンと叩きました。パキッと乾いた音を立てて指輪がキレイに割れました。まるで鮮やかな手品を見た気分です。


「え? え? えええ? 銀ちゃん、凄い! どうやったの?」

「接着剤で張り合わせた所を見つけたから、そこを突いたんだ。弱点を突く。これ戦いの鉄則」

「銀ちゃん、カッコイイ……」

「よ、よせよ。照れるし」


 銀ちゃんは、私の手首を慌てて離しましたが、私は反射的に銀ちゃんの手首を掴み返しました。


「銀ちゃん、私、銀ちゃんのお嫁さんになりたい」

「え? ちょっとそれは……」


 銀ちゃんは、私の手を振り払い、木刀を持って後ずさりしました。逃がすものかと(にじ)り寄る。


「じゃ、じゃあ、また明日ね! バイバイっ!」

「待て、銀ちゃん! 結婚して! 駄目なら婚約しろ!」




********************




 いま思い出すと、当時の私は肉食系少女だったかも知れません。

 昨日の事もあるので、念の為に(かんぬき)を確認しました。丈夫な木材を金属で補強した横木は重たくてそう簡単には動きません。


 砂時計を起床時間に合わせて、銀ちゃんとの甘く懐かしい思い出に浸りながら、良く干した布団に潜りこみました。



*****



 ――ことん


 昨夜と同じように何かが落ちる物音で目が覚めました。部屋に誰かいる気配がしました。私は怖くなって息を殺して、じっとしていました。暗がりに目が慣れると、子供が闇の中に立っていました。びっくりはしましたが、不思議と恐怖は感じませんでした。

 部屋が暗すぎて表情どころか服装や髪の色も確認出来ませんでしたが、何故か懐かしさを覚えました。黒い顔に赤い瞳?仮面の魔法騎士のお面?もしかして子供の頃の銀ちゃん!?


「あいにきたよ」


 私は飛び起きて、そのままベッドから転げ落ちてしまいました。


 ノスタルジーを感じさせるオルゴールの音色。今朝のメロディーは「思い出」でした。私は仰向けで上半身が床、脛がベッドの上と、妙な姿勢で目が覚めました。腹筋の要領でベッドに戻ろうとしましたが無理です。当たり前です。

 そのままの姿勢で、先程まで見ていた不思議な夢を思い出しました。間違い無くあれは銀ちゃんだったと思います。でも、何故、子供の姿なの?


***


 スイートルームにお泊り頂いた老夫妻は朝食も喜んで召し上がって下さいました。チェックアウトをされて、外にお見送りに出た際に老婦人が私の手を取り、銀貨を一枚下さいました。


「奥様、これはチップにしては多すぎます」

「いいのよ。私たちは、生きているうちに、こんなに素敵な宿を見つけられて、とっても嬉しかったのよ。これを使って、もっともっと素敵な宿にして頂戴」

「いいかい、私が生きているうちに宿を畳んだりしたら、倍に、いや3倍にして返してもらうからね」


 微笑む老夫妻の前で、私も笑いながら今度こそ涙が零れてしまいました。


 何度も振り返りながら、お二人は次の観光地に出立されました。私は御姿が見えなくなるまで見送りました。

 チップを頂くのは嬉しいのですが、銀貨一枚は貰い過ぎです。次に来店下さった際に、高級な食材で御持て成ししようかな。銀貨を眺めながら思案しました。

 そこで銀貨を握った指輪が目に入りました。指輪の石はこんなに濃い赤だった? もっと透明感のある赤だったような……。

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