表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君たち!宿屋に感謝なさい!  作者: ポロニア
ネルの宿屋にようこそ!
4/14

第4話 砂時計と山盛りおこげ

 扉を開けたのは御客様でした。少しがっかりした自分の子供らしさに半ば呆れてしまいましたが、さあ、仕事仕事!


「いらっしゃいませ! ネルの宿屋にようこそ! 御泊りでしょうか?」

「ヒトバン、トマリタイ」


 丈夫そうな作業服のような衣服の上に革製の胸当てや手甲を身に付け、使い込んだ外套を身に付けた旅人風の方でした。ただ、首から上は精悍な大型犬そのものです。「獣人族(セリアンスロープ)」の犬人族(ウェアドッグ)の方です。


「オレ、タビノ、トチュウ。オレ、キタナイ。ダイジョウブカ?」

「旅の方に御泊りいただかないで、何が宿屋ですか。心配ご無用ですよ、御客様」


 大陸には人口の大多数を占める人間族の他に、多種多様な人型の種族が生活しています。

 森と泉をこよなく愛する美しい姿の「エルフ族」や、山中や岩場に住み、金属加工を得意とする頑強な「ドワーフ族」など、お互いの意思の疎通が図れる「亜人」が学院都市にも多く集まります。


 「獣人族(セリアンスロープ)」は、その亜人の一種族で、人間と動物の特徴を併せ持った姿と能力を持っています。獣人族(セリアンスロープ)には「獣化深度」という、ベースとなっている動物の特徴をどれだけ持っているかを表す言葉があります。

 二割から八割程度の獣人族(セリアンスロープ)の方が多く、例えば二割程度の獣化深度が浅い方は、耳や瞳、牙や爪などの、ベースとなる動物の特徴的な部分が顕著に発現して、残りの八割は人間族と変わりがありません。その逆に獣化深度が深い方は、全身が毛で覆われていたり、外見が二足歩行する動物にしか見えなかったりします。生活習慣や常識、考え方までもがベースの動物に近くなります。人間族に次いで人口の多い種族ですが、人間族と相性が良い部分もあれば、やはり相容れない部分も多く、お付き合いが難しい方もいらっしゃいます。


「失礼で無かったら、こちらのメニュー表を差して下さるだけで結構ですよ」


 獣化深度が深い方は、大陸共通語である人間族の言葉は理解出来ていても、発語が苦手な方も少なからずいらっしゃいます。


「タスカル」


 御客様はメニュー表の「馬小屋」を毛むくじゃらの手指で指し示されました。モコモコした手が、ちょっと可愛いと思ってしまいました。御客様に失礼でしたね。


 素泊まりのお部屋、通称「馬小屋」に御案内差し上げましたが、獣人族の方に「馬小屋」は失礼かと思い心配になりました。


「すいません。馬小屋なんて名前の部屋で……」

「ナンノコトダ」


 余計な事を言ってしまったかも知れません。サービス業の難しいところです。当方が良かれと思った事が、御客様にとっては余計な事である事は往々としてあります。


「お風呂は浴室がありますので、ご自由にお使いください」

「オレ、キタナイ、イイノカ?」

「当然です。小さい浴室ですが、檜の芯材だけを用いた自慢の浴室なんです」

「タスカル」


 人犬族(ウェアドッグ)の御客様は素泊まりの御利用でしたので、御食事の用意は必要ありません。

 私は早々に自分の食事を済ませ、掃除と片付け、通路のランタンの火を消し、戸締りの点検をしてから、浴室の掃除を兼ねてお風呂をいただきました。

 お使いいただいた後の浴室は、長い毛が排水溝に溜まっていましたが、概ね綺麗に使っていただけました。御客様の中には、掃除をする側としては困った使い方をする方もいらっしゃいますので、それに比べたら気を使って下さった印象すらあります。

 暖かい湯に浸かり、清涼な檜の香りを胸いっぱい吸い込むと、今日一日の疲れがお湯に抜け出ていきました。

 水がたくさん使えるのは学院都市の良いところの一つです。私の両親の田舎は山がちな地域で、増水の被害にあるかと思えば水不足に苦しんだりと、水には悩まされているようです。


 私はエントランスのカウンター裏にある自分の部屋に入り「魔陽灯」の蓋を外しました。「魔陽灯」は魔導院の錬金術科が開発した便利なランプです。

 ガラスの中に橙色に輝く小石が入っていて、私の部屋くらいなら夕暮れ時ほどの明るさに照らしてくれます。魔陽灯は一度購入すれば長く使えるのですが、一台一台が高価なので、ロイヤルスイートルームとスイートルーム以外には、一部屋に一つずつしか用意がありません。

 私一人の生活は小さなベッドと小さなクローゼットで全て事足りてしまいます。簡素な部屋は、私専用の馬小屋みたいです。「私専用の馬小屋」、自分で言ってて(わび)しくなります。

 ベッドの脇に置いた、大人の二の腕ほどの大きさの砂時計をひっくり返してから、ベッドの上にうつ伏せになりました。細い銀糸の様に流れ落ちる砂を眺めていると、ふわっと眠たくなってきます。


 ぼんやりと発光する銀色の砂が詰まった砂時計は、「ネルの宿屋」のリニューアル記念に、銀ちゃんがプレゼントしてくれた大切な宝物です。砂時計の両端を持って互い違いに捻ると砂の落ちる量を調節出来る様になっていて、1から12まで刻まれた目盛りに合わせれば、その時間に砂が落ち切る仕組みです。しかも、砂が落ち切ると基部に仕込まれたオルゴールが鳴ります。有名な工房にオーダーメイドで作ってもらったそうです。


「色々考えて時計にしたんだ。宿屋が寝坊なんて許されないだろう?」


 銀ちゃんは意外にプレゼントを選ぶ才能があります。私だったら銀ちゃんに何をプレゼントするのだろう? 銀ちゃんの大好物、「パエリアの山盛おこげ」かな。あぁ、自分のセンスの無さに、がっかりです。


 枕に顔を押し付けて、生地に染み込ませたラベンダー水の香りを胸いっぱいに吸い込みました。ここ数日は天候が良いので、お日様をいっぱい当てたシーツはサラサラ、布団はふわふわです。これなら御客様にも熟睡していただける事でしょう。


「あ、そうだった」


 つい、口に出してしまうくらいに指輪の事を忘れていました。私の小さい頭には、宿の事以外は上手く収まらないようです。明朝に危うくエプロンと一緒に洗濯してしまうところでした。

 洗い場は宿の外ですが、洗濯カゴは勝手口の扉の前に置いてあります。洗濯カゴを掻き回して、今日一日使ったエプロンを抜き取りました。あったあった、ありました。エプロンの前ポケットから指輪を取り出して、改めてベッドに潜り込みました。


 ベッドに横たわりながら指輪を天井に翳すと、魔陽灯の暖かな橙色の灯りに照らされて、控えめな大きさの赤い宝石がキラリと輝きました。透明感のある赤と魔陽灯の橙色が合わさって、柑橘類の果肉みたいです。また食べ物に例えてしまいました。

 私だって一応は女の子です。可愛らしい指輪には心踊ります。しかも、しかもですよ。この指輪を嵌めて床に入れば、銀ちゃんに会えるかも知れません。おまじないを信じる子供みたいですが左手の薬指に指輪を嵌めました。


 ――――銀ちゃんに会えますように、銀ちゃんに会えますように、銀ちゃんに会えますように


 魔陽灯をに蓋をして、お布団に包まれながら手を組んで祈りました。銀ちゃんに会えますように。銀ちゃんに会いたいです。銀ちゃんに会いたいよ。会いたい。


 何故、今夜に限ってこんなに寂しいのでしょう。

 何故、今夜に限ってこんなに涙が止まらないのでしょう。



 ***


 ――――ことん


 何かが落ちるような音がして目が覚めました。私は神経質な性質(たち)で、熟睡していても人の声や物音で目が覚める事があります。

 魔陽灯の蓋を外して、部屋を確認しましたが特に異常はありません。

 寝る前にひっくり返しておいた砂時計を確認しました。布団に潜りこんでから、まだ二時間程度しか経っていません。何だか損をした気持ちになりましたが、気を取り直して良い香りのする枕に頭を押し付けました。


 *****


 「森の妖精」という目覚めにぴったりのオルゴールのメロディーで目が覚めました。砂時計は7つの曲が内蔵されていて、日替わりで曲が違います。うーん良く寝た。今日も良い天気です。


 顔を洗おうとして、指輪をしていた事に気がつきました。仕事に支障をきたすほど邪魔にはならない大きさとデザインの指輪ですが、やはり付け慣れないので外す事にしました。うむむむぅ~。抜けない。石鹸水を付けてみましたが駄目でした。浮腫んでいるのかも知れません。気になりましたが、洗い物でもしているうちに抜ける事でしょう。身支度を整えて、まずは昨日の汚れ物を洗濯してしまいましょう。 

 

 勝手口の(かんぬき)を外そうとして、ちょっとした異変に気が付きました。閂の横木が外れています。私は何よりも戸締りには気を付けています。学院都市は治安が良いとは言え、犯罪は皆無ではありません。空き巣や強盗の話は、宿屋組合(ギルド)の会合でも話題に上ります。ましてや私だって女の子です。必ず就寝前には全室を見回ってチェックシートに書き込んでいるくらいなのに。何だか釈然としない気持ちでしたが、朝の業務の忙しさに(かま)けて忘れてしましました。


 人犬(ウェアドッグ)の御客様は、思いの外に早い御出立でした。宿賃を頂き、外までお見送りで出た時に思いがけない一言を頂きました。


「オレ、ヤド、ニガテ。デモ、オレ、ココ、キニイッタ」

「え?あ、はい!ありがとうございます!」


 突然でしたので、びっくりしてしまいましたが、素朴な一言に胸を打たれました。


「オレ、マタ、クル。イイカ?」

「もちろんですよ。お待ちしております」


 真心は伝わる。お母さんの口癖です。私の真心は御客様に伝わったでしょうか?


「オマエ、キニナル、ニオイスル」


 お見送りの直前、御客様が、私の回りをスンスン嗅いでおっしゃいました。


「申し訳ありません?先ほど使った雑巾の臭いでも残っていたかも知れません」

「クサイ、チガウ。キニナルニオイ。オマエ、キヲツケロ」


 獣人族(セリアンスロープ)の方の嗅覚や直感は、とても優れていると聞きます。臭い・・・?念の為に今日は食材の点検に気をつけましょう。


 良いんだか悪いんだか、絶妙のタイミングで鮮魚店のおじさんが魚を届けに来てくれました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ