第3話 私と銀ちゃん
私と幼馴染の銀ちゃんの話をしますね。私と銀ちゃんは、学院都市の商業区域で生まれ育ちました。
銀ちゃんは初めて会った時から銀髪だったので白髪では無いと思います。銀色の髪と銀灰色の瞳。だから銀ちゃん。
私が銀ちゃんと呼ぶのを、銀ちゃんは気に入ってなかったみたいです。「自分は何でも屋では無い」って言っていたけど「何でも屋」って何の事でしょう?
幼い頃は、私の方が身体が大きかったので、銀ちゃんは私の後をついて回っていました。近所の公園で二人してよく遊んだものです。
「ネルちゃん! ネルちゃん! 遊ぼ! 遊ぼ!」
「じゃあ、戦いごっこをしよう!」
「オレ~戦士がやりたい~」
「ダメ。銀ちゃんは弱いから僧侶」
「えぇ~オレ、僧侶ヤダ~」
小学校に入ってから、いつの間にか銀ちゃんは私の背を追い越し、五年生になった頃には小学校では一番背が高くなっていました。銀ちゃんは恵まれた体格と戦闘能力で、六年生どころか中学生すら配下に従えて、小学五年生にして学院都市にその名を轟かせていました。
その当時の銀ちゃんはモテモテでしたが、鈍感過ぎて恋愛方面はダメダメでした。
銀ちゃんは、私と同じ中学校に入学しましたが、半年も中学校に通わないうちに退学して「学院」に行ってしまいました。「学院」に通うのは学院都市で生まれ育った子供には憧れですが、とっても難しい試験と審査を受けなくてはなりません。
銀ちゃんは「魔導院」に併設された「訓練所」と呼ばれる戦闘技術を学ぶ施設に入りました。「訓練所」と魔導院の研究者の養成機関を合わせて「魔導学院」、通称「学院」と呼ばれています。
学院は全寮制なので、学院都市に実家があっても入寮しなくてはなりません。私は銀ちゃんと会えなくなるのが、とっても辛くて悲しかったのですが、学院が休みの時には良く会いに来てくれたので寂しくはありませんでした。
私は中学校を卒業した直後に宿屋を継いだのですが、銀ちゃんは学院を休んで真っ先に泊まりに来てくれました。
「俺がネルの宿屋の最初の客だっ!!」
私はそんな、ぶっきらぼうだけど、とっても優しい銀ちゃんが大好きです。
銀ちゃんは、それからも何だかんだ理由を付けて泊まりに来てくれました。私は銀ちゃんから宿賃を取る気は無かったのですが、銀ちゃんは必ずエコノミールームに泊まり、正規の料金を支払ってくれました。
その頃の銀ちゃんは一生懸命お金を貯めていたみたいです。何を買うために貯金してるの? って聞いたら、真っ赤になって内緒内緒って言って誤魔化してました。何だか怪しいです。
私と銀ちゃんが十八歳になった頃、ぱったりと銀ちゃんが宿に来なくなりました。学院の勉強で忙しいのかな? と思っていました。でも、半年も泊まりに来ないなんて何かあったのではないかと心配になりました。
魔導院の地下には、恐ろしい怪物がウロウロしている迷宮が広がっていて、学院の生徒は迷宮で怪物を相手に腕を磨いているそうです。でも、運悪く大怪我を負ったり、考えたくも無いのですが、迷宮から戻らない生徒もいると聞きます。私は心配でなりませんでした。
私は銀ちゃんの実家に、銀ちゃんの安否を聞きに行きました。そうしたら、銀ちゃんは学院を辞めて旅に出たと言うじゃないですか。酷い、酷いです! あんまりです。銀ちゃんは、なんで私に一言も言わないで学院都市を出て行ってしまったのでしょう。
すぐにでも銀ちゃんを探しに行きたかったのですが、私は宿屋を離れられません。生まれて初めて自分の境遇を呪いました。まるで泉から離れられない水の精みたいだと思いました。すいません、自分を美化し過ぎました。
銀ちゃんの事は心配でしたが、私の宿屋は従業員が私一人なので、宿の仕事には休みがありません。御利用の御客様がいない日が休み代わりですが、御食事だけを楽しみ来られる御客様もいらしゃいますので、思う様には休みが取れません。
身内の不幸や、自分が病気になってしまった時には、学院都市の宿屋組合に臨時で人を派遣して貰えるのですが、一時雇の給金が高額なのと、やはり「ネルの宿屋」に泊まりに来ていただいた以上は、私がサービスを提供しなければ、私の矜持に傷が付きます。すいません、かっこう付けちゃいました。
私は宿屋の仕事と御利用いただく御客様を愛していますが、稀に困った御客様もいらっしゃいます。お酒を召し上がり過ぎて正体を無くされる方や、宿賃が払えないのに泊まりに来る方です。
学院都市は、研究機関である魔導院が行政も司っています。魔導院直轄の風紀委員会が学院都市の治安を担っていますので、学院都市で営業許可を受けている店舗に必ず設置されている錬金非常ベルを押すだけで、あっと言う間に風紀委員会の巡回員が駆け付けてくれます。学院都市は、私のような女の子が一人で店を経営していても安心安全な街です。でも、大切な御客様を巡回員に引き渡す様な事はしたくありません。
あの日も困った事が起きました。
「うぅむ、おかしいな。どうした事だろう」
両親が宿を経営していた頃からの常連の御客様、行商人のカイタノさんが、宿のエントランスに鞄の中味を広げたり、ズボンのポケットをパンパン叩いていました。どうやら財布を無くされた様です。
私は御利用いただいた部屋から浴室、御手洗いに至るまで、宿を隈なく探しましたが財布らしき物は見当たりません。その日はカイタノさんしか御利用の御客様はいらっしゃらなかったので、置き引きなどは考えにくいです。私が犯人でなければの話ですが。
「どうしましょう? 風紀委員会に届けますか?」
「いやいや、それには及ばないよ。たくさんは入っていないんだ。だが困った事に、これでは宿賃が払えないよ」
「カイタノさん、お金は次回で良いですよ。お困りでしょう」
「ネルちゃん、仮にも商売人だったら金にはシビアじゃ無いと駄目だよ。あぁそうだ、宿賃代わりにコレを置いて行こう」
カイタノさんは受付カウンターの上に、小さな赤い宝石が一粒あしらわれた指輪を置きました。
「私の娘が近くの村に住んでいてね。土産しようと思っていたのだがネルちゃんに似合いそうだ」
私はびっくりしてしまいました。カウンターの上の指輪は、どう控えめに見てもカイタノさんに御利用いただいたエコノミールームの料金よりも安いとは思えません。
「ダメですよ! これ、お高いのでしょう? 宿賃には見合いませんよ」
「良いんだよ。正直に言うと、この指輪は古物市で掘り出したんだ。それでもスイートルーム代よりは良い値段はしたんだよ」
さすがは百戦錬磨の行商人です。私の目にはロイヤルスイートルーム代よりも高価に見えました。
カイタノさんは、北西の大きな街に商売に行くと言っていましたが、お財布無しで道中はどうなさるおつもりなんでしょう?
「お財布が無くて大丈夫ですか?差し出がましい様ですが、少しなら用立て致しますよ」
「ネルちゃん、私は行商人だよ。途中で商売して路銀を稼ぐのさ」
カイタノさんは、そう言って胸を叩きました。凄いです。私だったら、お財布を無くした時点で心が折れてます。
カイタノさんは、出立前に気になる事を仰りました。
「ネルちゃん、さっきの指輪だけど、なんだか特別な効能があるらしいよ」
「特別なコーノーですか?」
「そう、あの指輪を嵌めて床に就くと、一番会いたいと思っている人に会えるらしいよ」
「えぇ? 指輪にそんな力があるのですか?」
「ははは、ネルちゃんは可愛いな。そんな御呪いが掛けてあるって、指輪を買った店の爺さんが言っていたんだよ」
私はカイタノさんの姿が見えなくなるまで見送った後、記帳の為にカウンターに戻りました。カウンターの上にはカイタノさんが置いていかれた赤い指輪。記帳する前に、ちょっと掌に乗せてみました。
「うわぁ……キレイだなぁ……」
私は恥ずかしながら、身を装うという行為にあまり縁が無かったもので、ついつい可憐な指輪に心を奪われてしまいました。しかも「一番会いたい人に会える」なんてどうしましょう。当然、銀ちゃんに会いたいです。もう随分と銀ちゃんに会っていないです。
頭の中味が全部銀色に染まっていた時に、突然ドアが開きました。私はびっくりして飛び上がってしまいました。まさか銀ちゃん? 指輪の効能が早くも発揮されたのでしょうか?