第14話 二日目のカレーは素晴らしいね
コツコツとリズミカルな音で目が覚めた。音は例の重厚なドアから聞こえた。
「おはようございます、御客様。お目覚めでしょうか。朝食の準備が整いました」
声の主は女性のようだ。私は扉の向こうの女性に返事した。
「ありがとう。支度したら行くよ。ところでカレーの残り、あるかな? 二日目ってさ、すこぶる美味しいじゃない?」
「残りはございますが、本当にそちらで宜しいのですか?」
「宜しい。実に宜しい。この上なく宜しい」
「うふふっ、かしこまりました。食堂にてお待ちしております」
セハト君の声では無かったな。オーナーのネルという人物だろうか。
カーテンの隙間から朝の光が覗く。ベッドから上体を起こしてみると、柔らかすぎるベッドのせいか、それとも金縛りの影響なのか、少し首が痛んだ。
お? 体が動く。久々に熟睡したよ。金縛ってた影響かな? 金縛り睡眠法なんてどうだろうか。うん、良いアイディアだ。忘れないうちにメモをしておこう。
起き上がり、床に立った。スーツが皺くちゃだ。着たまま寝てしまったからな。メテオラ君に換えを用意して貰わなくては。
風呂はいまさら面倒臭い。だが、ゴーグルを装着する前に、顔くらいは洗っておこう。
トイレに併設された洗面台に水を溜めている間、壁に掛った鏡に映った自分の顔をまじまじと眺めた。
目の周りを走る醜い手術痕。左右の大きさの異なる瞳。
当時の技術では、これが精一杯だ。目の形は本当に似ていたのだがなぁ。あの切れ長の目。私の若い頃にそっくりじゃないか。
寝違えて痛む首に手をやった。ギクリとして手が止まる。
襟を緩めて鏡で確認すると、首の回りに縄の痕がくっきりと残っている。指先で触れると溝のように陥没していた。おぉ、怖い! ネイトに教えてやろう。彼女、意外に怖がりだからな。どんな顔をして怯えるのか、今から楽しみだ。
しかし、別れた男をここまで憎むものかね。女ってのは良く分からんな。彼女は服飾デザインの学生らしく美形好みだった。こんな醜い傷を負った男を愛してくれるとは、到底思えない。彼女を気遣って寂しく身を引いた私の優しさに感謝して欲しいくらいだよ。
さぁて、気を取り直してカレーだカレー。昨夜はナンでいただいたから、朝食にはライスで楽しみたい。
しかし、気に入ったよ、この宿。食事は美味いし、また金縛ってみたいし、殺されかけるのも刺激的だ。滅多に出来ない経験をさせて貰った。実に素晴らしい。
重たい扉を気合いを入れて開けると、階下から賑やかな声が聞こえてきた。そうか、団体客とか言ってたな。あまり社交的では無い私にとっては少々面倒だが、二日目のカレーを諦める気にはなれない。死ぬほど後悔する。それこそ死んでも死に切れないだろう。
階段を降りて食堂に向かう途中で、カレーの入っているであろう寸胴鍋を抱えた女性と並んで歩くかたちになった。
彼女は私の顔を見て会釈をした。釣られて頭を下げてみたが、笑顔の素敵な女性だ。
「おはようございます。ゆっくりしていただけましたか?」
「ええ、そりゃもう。死ぬほど良い夢が見れましたよ」
女性の顔に一瞬、複雑な色が浮かんだが、すぐに気を取り直したようだ。
「こちら、昨日のカレーです。お昼の賄いにしようと思っていたのですが、本当に宜しいのですか?」
「大歓迎だ。錬金術もカレーも時間をかけるほど良い仕上がりになる」
「うふふ、面白いですね。では、お席で少々お待ちください」
「そうそう。ひとつ、宜しいか? 貴女が宿のオーナーですかね」
「はい。そうです。ネルと申します」
「ふむ。どうも私、貴女と会ったことがある様な気がしてならないのですがね。どこだったかな?」
***アイザック博士の憂鬱・終わり***
「宿屋」第二章、終了です。最後まで読んでくれた方に感謝です。
初心を思い出してライトに書いてみました。執筆初心者なのもので、各章の雰囲気を意識的に書き分けてます。
もし、感想をいただけるようでしたら、「武器屋」や「本屋」も含めて、何章の文章が読みやすかったか教えていただけると、今後の書き方の道標になります。どうぞ宜しくお願いします。
次は「エフェメラ堂書店」を書きます。




