第13話 私の会いたい人
自分の呼吸音が聞こえる程の静寂の中、か細い声が聞こえた気がした。
――――――どうして
今度は確かに聞こえた。これがディミータの言っていたアレかな? いよいよ”会いたい人”の御登場か?
――――どうして私だけ
おや? 確か私はベッドの上に仰向けになっていたはずだ。なのに、視線の先にあるはずの天井が見えない。
目の前に広がるのは乾きかけた黒インクのような、べったりとした暗闇。これは久々の経験だ。暗闇を見通す『金色の瞳』を得てから、暗闇という視覚的な概念を忘れていたよ。これは少々興奮する。だが、おかしいな。部屋の明かりを消した覚えが無いのだが。
――どうして私だけが
そうか、これは夢か。久々に見たよ。
なんとも興味深い。「会いたい人」とは夢の中で出会う仕組みか。それは非常に合理的だ。このシステムならば、「会いたい人」が遠方にいようが死者だろうが、時空間的な制約が無くなる。錬金軌道に応用出来ないかな。
「どうして私だけが死ななくちゃならないの」
真っ暗な闇の中空に、青白い顔が浮かび上がった。夢と呼ぶには惜しいクオリティ、臨場感たっぷりだ。私の豊かな想像力の産物かな。
充血した目。
恨めしい表情。
色を失くした唇。
あれ? なんだ……nキミか。せっかく良いアイディアが浮かびかけてきていたのに思索を中断してしまったよ。システムは興味深いが内容は陳腐だな。
しかし、妙に若いな。そうか、キミが死んだのは三十代だったね。
「ずるい」
ずるい? おお、これは寝っ転がったままで失礼した。どうしたことか身体が動かないものでね。これが俗にいう金縛りっていう状態かな。
「ずるい。あなただけ」
だったら、そんな高い所から見下ろさないで降りて来たまえよ。
あぁ、重ねて失礼。首に巻きついた縄が邪魔して降りられないのだね。手伝って差し上げたいのは山々だが、いま金縛っててさ。なにせ初めての体験でね、金縛り。これ、面白いね。滅多に無い経験だし、もう少し楽しみたいんだ。
「あなただけ、あの子と一緒にいる。ずるい」
何を言っているんだい。キミは十三年も一緒だったじゃないか。私は、まだ数年しか付き合って無いよ。都合、二倍以上もキミが優位だ。
「どうして」
どうしてもこうしても、好い加減に子離れしなさいよ。キミ、もう死んでる訳だし。
私、元教師だからさ、キミみたいな母親を嫌というほど見てきたよ。だが、安心したまえ。あの子はいま、伸び伸びと青春を満喫している。曲がりなりにも母親ならば子供の幸せを喜びなさいな。
「どうして私を殺したの」
うん? そっちの話だったか。キミ、とことん自分の事しか考えていないね。死んでも治らないとは、このことか。死人に教わるとはナイスジョークだ。目が覚めたらディミータに教えてやろう。
誤解が無いように言っておくが、キミを自殺に見せかけて殺したのは魔導院長老会議だ。私は、あの子を手放すように忠告しに行ったよね。だが、キミは断固拒否した。魔導院法第七条に違反する。そりゃ殺されるよ。言っておくけど指示を出したのは私じゃないよ。当時の私は錬金術科の研究員兼清掃局の一主任者に過ぎなかったからね。
キミとは過去、確かに婚約を交わしてはいたけれど、私が事故でこんな姿になってからは無関係だったし、あの子の父親が誰なのかなんて私には見当も付かなかったからね。
でも、私の子だったら良いなぁ。だって、私の遺伝子が優秀だって証明されるだろう? あの切れ長の目なんて、私にそっくりじゃないか。目元の黒子はキミ譲りだがね。
だが、彼女の異常ともいえる「知恵」のステータス数値、あれはどうした事だ? あまりにも低い「生命力」のステータス数値が「知恵」に転化されたとするステータス鑑定師たちの仮説に信憑性を感じるね。
ルルティア君が人間族の、いや、亜人族も含めた人類の限界を突破したとも言える「知恵」のステータスを得たのは如何なる理由だろうか。キミ、知らない?
ところで、もう良いかな? 正直なところ、もう寝たいんだよね。明日は早起きしなくちゃいけないんだ。あれ? これは夢の中だったか。
ふはは、ナイス! ナイスジョークだ。目が覚めたらルルティア君に教えてやろう。彼女、オカルト好きだからね。心配するなよ。キミの事は伏せておくさ。
「許さない。殺してやる」
うんうん、分かった。
じゃあ、お休み。




