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君たち!宿屋に感謝なさい!  作者: ポロニア
アイザック博士の憂鬱
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第10話 錬金術の未来 

 学院都市の文教区域にある、魔導院文化会館のホールは千人を収容出来る多目的ホールだ。本日、お集まりの聴衆の皆様方は、魔導院でも指折りの金持ち諸君であらせられる。

 魔陽灯がステージを照らす。最近の魔陽灯は照度が上がったなぁ。私の研究室にルルティア君が入ってから錬金アイテムの性能向上が著しい。


 私の独演の合間に秘書官のメテオラ君の適切な説明補助が入る。私達二人は、完璧なオーケストラだ。たった二人のオーケストラだがね。

 

「魔導院経済研究部の試算によると、錬金術科の開発したアイテムの売り上げ高は約三億五千万Gにも上ります」


 錬金拡声器を前に弁舌を振るう。適当に喋り倒す。これが私の得意技だ。

 静まりかえった千人の資産家たちの視線が全身に突き刺さる。快感だ。


「売り上げの中心を占めるのが、魔火石と魔陽灯ですが、錬金昇降機も着々と販売実績を伸ばしつつあります。上半期には海王都市に十台もの錬金昇降機を販売しました。合計で三百万Gもの売上です」


 「三百万G」を強調し、一呼吸置く。弁論は私の武器だ。

 潮騒の様なざわめきがホールを、私を包む。快感だ。


「いよいよ来春は錬金昇降機の技術を応用した、全く新しい移動手段『錬金水平移動機』が稼働します。学院都市の主要な交通物流を担う、新たな物流ラインとなるでしょう!」


 大袈裟に両腕を広げ、広いホールを見渡す。理論は私の武器だ。

 溜息に似た感嘆の声が、客席のあちこちから漏れる。快感だ。


「さらに! 我々、魔導院錬金術科は学院都市と海王都市を繋ぐ、新たな交通手段『錬金軌道』を研究開発しております」


 拳を振り上げ、口角泡を飛ばす。熱弁こそ私の最大の武器だ。

 ざわつきと、どよめきが会場を満たす。超・快感だ!


「軌道が完成した暁には、徒歩で一ヵ月半も掛かっていた道程が、なんと! なんと僅か五日で海王都市に到達出来るようになります! 輝かしい未来は私たちのすぐ近くまで迫っているのです!」


 決まった。完璧だ。さあ、聴衆の反応や如何に。

 疎らだった拍手が徐々に大きくなり、万雷の拍手と化した。気分はコンダクターだ。

 私は聴衆に深く一礼し、手を振りながら舞台袖にはける。メテオラ君の朗々とした閉幕の挨拶を背に、緋色の緞帳の裏に滑り込んだ。


「博士、素晴らしいお話でした。投資家の反応も(すこぶ)る良好ですよ~」

「いやいや、これで錬金術科にも研究資金が入るのですから、こちらにとってもメリットは大きいですよ」


 頭頂部が寒々しい錬金軌道説明会の主催者が走り寄ってきた。見事に禿げ上がった額に浮いた玉の汗を拭きながら慇懃に頭を下げる。

 どこからが額なのだろうか。先日にリハーサルで会った時よりも進行した気がするが気のせいかな。


「錬金軌道が開通した際の利益は、それこそ計り知れません。学院都市、いや、大陸に流通革命が起きますよ!」

 

 顔を紅潮させて主催者が捲し立てる。

 赤く染まった顔を見て、どこまでが顔なのだろうか考えてみた。生え際までかなぁ。


「アイザック博士は、本当に魔導院を、学院都市を愛してらっしゃるのですね。これ程の研究成果、並大抵の情熱では果たし得ませんよ」

「はい? あぁ、ははは。えぇ、はい、お陰さまで」


 途中から聞いていなかった。早く研究室に帰って例の実験の続きがしたいね。


「不躾で失礼と思いますが~本日の謝礼と致しまして~こちらをお納めいただきたいのですが~」

「いえ~錬金術科としましては~そういった物は受け取らない決まりでして~」


 ここらは阿吽の呼吸だ。「貰える物は貰っとく」、研究資金が乏しい頃からの習慣だ。


 媚びたような笑みを浮かべる主催者から分厚い封筒が手渡される。

 前回は遊園地のフリーパスだったなぁ。まさか一日遊園券が六十Gもするとは思っていなかったが、ネイトが飛び跳ねて喜んだのは予想外で面白かったね。余ったチケットを換金したら結構、良い金額になった。


「贈収賄の現行犯だ。風紀委員会に通報してやろうかぁ」


 主催者が立ち去ったのを見計らっていたかのように、赤い緞帳の裏から黒猫が顔を出した。ピンと耳を立て、面白げな玩具を見つけた猫のような表情をしている。


「今回は学院都市共通の食事・宿泊券だね。おおっと! 三千G分も入ってるよ」

「にゃースゴい! 今夜は御馳走だねぇ」


 チケットの枚数を数える私の元に、喉を鳴らさんばかりに擦り寄ってくる黒猫。露骨なくらいに現金な姿勢だが、それが猫って生物だよね。

 何にせよ、夕食をどこかで済ませて帰るのが得策か。今日、一日頑張った黒猫に御褒美くらいは与えてやろう。

 良いタイミングで眉目秀麗な秘書官が補足説明を終えて戻ってきた。黒いパンプスの爪先を交互に差し出して歩み寄る姿はトップモデルさながらだ。


「博士、お疲れ様でした。本日のスケジュールは以上で終了です。明日のスケジュールは明朝八時四十五分に研究室にて報告させていただきます」

「お疲れさん。メテオラ君も、夕食を一緒にどうだい?」

「大変申し訳ございません。娘を迎えに行く時間ですので」

「あぁ、そうだったね。娘さんに宜しくね」


 優秀な秘書官は錬金人形のように完璧な角度でお辞儀をした。顔を上げ、「では、失礼します」と一言述べて、本日の業務を終了した。

 優雅な歩様で立ち去るメテオラ君の後姿をディミータが見送った。


「偉いよねぇ、メテオラ。一人で子供育てているんだって?」

「何でも、元旦那さんの浮気が原因で離婚したんだとか」

「うわぁ、最低」


 黒猫の尾が小刻みに揺れる。ディミータが目を細めて心底嫌そうな顔をした。


「同感だね。浮気で離婚なんて、全くもって効率の悪い話だ」

「効率って……ドクの恋愛観も相当捻じ曲がってそうだねぇ」

「そんな事は無いぞう。おじさんだって若い頃はモテモテだったさ。ディミータこそどうなんだ? カース君なんてどうだい?」

「カース? あはは、悪くないけど、熟成が十年足りないね。私は大人の男が好みなの」


 獣人族(セリアンスロープ)は、元となった獣の寿命の差こそあれ、その寿命は人間族の凡そ倍だ。二十代中頃に見えるディミータだが、もしかしたら私よりも年長かも知れない。


「女の腹に遠慮も躊躇も無く、一撃喰らわせられるくらいにクールな大人の男とかね」

「あぁ、第三部隊(サードステージ)の。『CRACK(クラック)』って名前かな。 コードネームかも知れないけど」

罅割れ(クラック)? 亀裂(クラック)? きっとコードネームね。良いじゃない。ミステリアスな大人の男。素敵ね。次に会ったらぶっ殺すけど」

「ふはは、ぶっ殺すのか。ディミータ君に春は遠いね」

「それにさぁ、ウチの研究主任が焼餅を焼くわ。でも不思議よねぇ。一時(いっとき)だけど、ウチの隊長が、あのネイト(・・・・・)が白髪頭を追いかけて変になってたもの」

「ふふふん。カース君の、彼の魅力が分からないのかね? ディミータ君には」

「カースの魅力ぅ? えぇ~? 魅力なんてあんの? アレに? うぅ~ん。これは難問だにゃ~」


 首を傾げ、猫耳を伏せるディミータ。長い尻尾がぐるぐる回っている。本気で思い悩んでいるようだ。カース君が少々気の毒になってきた。


「彼の魅力はね。凡俗である事さ」

「凡俗って……ドクさぁ、カースに恨みでもあんの?」

「おや、ディミータ君は、凡俗の価値を理解していないか」

「あ。カースと言えば、すっごく美味しい魚介料理の店の自慢してた」

「何だい? 突然、魚の話かい? しかし、魚介料理か。それは良いね。では、そこにしようか」


 いきなり話題が変わるのは、女性の特徴か? 猫の特性か?



 外に出ると、もう夕暮れ時だった。この時期は日が落ちるのが早い。

 つい先ほどまで私が熱弁を振っていた文化会館の隣りの建物を見上げた。


「変わらないねぇ。懐かしいな」

「え? ナニナニ? これ、小学校じゃない。卒業校なの?」


 独り言を言ったつもりだったが、耳聡い黒猫の耳は聞き逃してくれなかったようだ。

 

 魔導院大学と魔導院を混同している者も多い。魔導院は、「魔術」、「神聖術」、「錬金術」の研究機関であり、教育機関では無い。

 魔導院大学とは、多岐に渡る各分野の知識の獲得と専門的な教育研究を行い、知識と柔軟な思考力を備えた優秀な人材を育成する教育機関だ。

 学院都市には私立を含め、大学に相当する最高学府がいくつかあるが、その中でも特に優秀な生徒を抱えるのが魔導院大学だ。


「私はね、錬金術科を卒業した後、初等科の教師をしていた事があるんだよ」

「えぇえぇ? ドクが小学校の先生? 怖い! 怖いわ!」

「何とでも言いなさいな。あの頃はね、錬金術よりも子供たちに未来を感じていのだよ」


 私が見上げたのは四階建ての背の低い校舎ながらも、赤い煉瓦作りの威厳ある建築物。

 魔導院大学初等科は、学院都市のみならず、大陸中の優秀な子供を集め、余計な知識や誤った見解を身に着ける前に、選りすぐりの教育者による高等な教育を施す事を目的とした教育機関だ。ここを卒業すると、次は中等科、高等科、そして大学に進学する。だが、学年末には厳しい試験があり、生徒の三割は落第する。原石は篩いに掛けられて、残った一握りの正真の宝石だけが魔道院大学に残るのだ。

 その中でも適性ありと認められ、本人の希望があれば魔導学院への編入もあり得る。現に私も初等科を卒業と同時に学院に編入したクチだ。

 

「若い頃は教育に燃えていたんだよ。驚いたかい」

「驚いたわよ。ドクとは十年以上の付き合いなのに初めて知ったわよぅ」


 そう、教育と理想に燃えていたんだよ。あの事故が起こるまではね。

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