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四季  作者: トウリン
3/4

 ちょっと涼しくなってきた秋の日。

 空はものすごく青くて、とっても高い。

 あたしはお庭で採れた栗を使って作ったモンブランケーキを食べていた。モンブランの中には大きなマロングラッセが入っているんだけど、それは最後のお楽しみ。

 マロンクリームとホイップクリームとスポンジを、一気に口に入れる。

 うぅん、おいしい!

 キュゥッて痛くなったほっぺをおさえたら、あたしをジッと見つめてるチィちゃんと目が合った。

「……何?」

 チィちゃんは、何も言わない。ただ、あたしを見てるだけ。

 ホントに、穴が開きそうなくらいジィッと見られて、あたしはお尻のあたりがモジモジトしてくる。

 なんなんだろ……って、思ってたら。

「うひゃぁっ!?」

 急に、横のおなかのお肉をギュッてされた。

「ちょ、ちょっと、なに!? チィちゃん!」

 くすぐったくて逃げようとしても、放してくれない。

 おなかをムニムニされて、今度は、うで。最後に、ほっぺ。

「ひ、ひぃひゃん?」

 ほっぺをつままれたまま、あたしが名前を呼ぶと、チィちゃんはジトッていう目になる。

「太った……」

「え?」

 やっと放してくれたほっぺを撫でながら、あたしは首をかしげた。急に、何? あたしの聞きまちがい?

 でも、チィちゃんは、おんなじことをもう一回言った。

「太ったよ、なっちゃん」

「えぇえ? そうかなぁ?」

 自分のおなかをつまんでみたけど――あれ、ちょっと……?

 あちこち触っていたら、チィちゃんが「ね?」っていうふうに首をかしげてあたしを見る。

「あはは、秋って、おいしいのがいっぱいだもんね」

「なっちゃん」

「だいじょうぶ、だいじょうぶ。ちょっとしたら、また元に戻るから」

「……なっちゃん?」

 チィちゃんの声がいつもよりちょっと低いような気がするのは、気のせいかな?

 エヘッて笑ってみせても、チィちゃんはジッとあたしを見つめたきりだ――と思ったら、笑ってくれた。

 ……でも、ちょっと怖い。その怖い笑顔のままで、言う。

「しばらく、お菓子禁止だからね?」

「え!? うそ!?」

「ホント。元に戻るまで、お菓子禁止」

 そう言いながら、チィちゃんはモンブランを持って行っちゃう。

「それだけでも、食べちゃダメ?」

 手を胸の前で組んでおねがいのポーズをとって、きいてみた。そしたら、チィちゃんがにっこりといつもの笑顔になる。

 ――もしかして……

「ダメ」

 あああ……

 チィちゃんの可愛い笑顔が、ちょっと、ほんのちょっとだけ、うらめしくなった。


   *


「ッ! ……ハァッ、も、ダメ……チィ、ちゃん、ゆる……して……ッ」

 もうダメ、死にそう。死んじゃう。

 やっとの思いでお願いしたのに、あたしの上に乗っかったチィちゃんはすっごく優しそうに笑って、言う。

「がんばってね、なっちゃん。あと五回で終わりだから」

 ちょっとだけ――ホントに、ちょっとだけぽっちゃりしちゃったあたしは、チィちゃんの『特訓』を受けるはめになっちゃった。

 さっきはストレッチをやって悲鳴を上げて、今度は腹筋。五回がやっとなのに、チィちゃんはとろけるような笑顔で、「あと五回」って。

 うう……天使だって思っていたチィちゃんが、実は悪魔だったなんて……

「はい、あと三回、二回――おしまい!」

 チィちゃんのその声といっしょに、あたしはばったり仰向けになった。ああ、もう、ホントに死にそう……

「じゃあ、ちょっとおやすみしたら、今度はなわとびね。百回できるかな?」

 そう言ったチィちゃんのほっぺには、可愛いえくぼ。

「ね、チィちゃん、あとは明日にしようよ……」

「ダメだよ。明日、明日って言ってたら、いつまでたってもできないままでしょ? いつだって、『明日』は先にあるんだから」

 ね? って、首をかしげるチィちゃん。

 チィちゃんのおねがいとかはだいたい聞いちゃうあたしだけど、できることとできないことがある。これは、ちょっと、ムリだって。

「もう、ダメだよ、できないよ。これ以上やったら、死んじゃうよ」

 半泣きになって言ったあたしの手を引っ張って、チィちゃんが立たせようとする。

「だいじょうぶ、なっちゃんならできるよ。がんばり屋さんだもん。ね?」

 キラキラしたチィちゃんの目は、「信じてるよ」ビームを出してるんだ。チィちゃんのその目で見られると、やらなきゃ! っていう気になっちゃうんだよね……

 しょうがない、がんばろ。


   *


 ――なわとび百回、やりました。

 あちこち痛くて、ちょっと動かすとミシミシ言う気がする。チィちゃんが用意してくれたぬるぅいお風呂が、気持ちいい。

「おつかれさま、なっちゃん」

 言いながら、お湯に浸かってたあたしの目の前に、チィちゃんが『特製ジュース』を差し出した。

 この『ジュース』、チィちゃんは「汗をかいた後には必要なものが入ってる」って言うんだけど、正直言って……甘じょっぱくて、おいしくない。ていうか、まずい。レモン汁が入ってるけど、そんなじゃごまかされないよ。

「いらない……のど乾いてないよ」

「ダメだよ、飲んで」

 返そうとしたら、押し戻された。うええ。

 しぶしぶジュースを一気飲みするあたしを、チィちゃんはニコニコしながら見てる。そうして手を伸ばしてくると、あたしの髪をまとめてたタオルを取った。

「頭洗ってあげるね」

 そう言いながら、チィちゃんはシャンプーを手に取った。湯気に混じって、フワッて、良い匂い。温かくて柔らかな指が、あたしの頭を優しくくすぐる。

 気持ち良すぎて、お風呂の中で寝ちゃいそう。

「かゆいところはないですかぁ?」

「ばっちりですぅ」

 半分夢の中にいるあたしの返事に、チィちゃんはクスクスって笑った。

 チィちゃんのそういう笑い声、あたしは大好き。ずっと、笑っていて欲しいなって思う。

 うとうとしながらそんなふうに思っていたら。

「じゃあ、明日もがんばろうね」

 チィちゃんのその言葉に、眠気が一気に吹き飛んだ。

「ええ!? 明日も!?」

「もちろん。こういうのは、続けないとね」

 湯船から飛び起きたあたしに、チィちゃんはにっこりする。

「あたし、あっちこっち、痛いよ?」

「うん、だいじょうぶ。すぐに治るよ」

 いつもとおんなじ、チィちゃんの笑顔。天使みたいな、笑顔。

 それを見てたら、何でもやれるような気になっちゃう、笑顔。

 ……やっぱり、チィちゃんって、ホントは悪魔なのかもしれない。


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