秋
ちょっと涼しくなってきた秋の日。
空はものすごく青くて、とっても高い。
あたしはお庭で採れた栗を使って作ったモンブランケーキを食べていた。モンブランの中には大きなマロングラッセが入っているんだけど、それは最後のお楽しみ。
マロンクリームとホイップクリームとスポンジを、一気に口に入れる。
うぅん、おいしい!
キュゥッて痛くなったほっぺをおさえたら、あたしをジッと見つめてるチィちゃんと目が合った。
「……何?」
チィちゃんは、何も言わない。ただ、あたしを見てるだけ。
ホントに、穴が開きそうなくらいジィッと見られて、あたしはお尻のあたりがモジモジトしてくる。
なんなんだろ……って、思ってたら。
「うひゃぁっ!?」
急に、横のおなかのお肉をギュッてされた。
「ちょ、ちょっと、なに!? チィちゃん!」
くすぐったくて逃げようとしても、放してくれない。
おなかをムニムニされて、今度は、うで。最後に、ほっぺ。
「ひ、ひぃひゃん?」
ほっぺをつままれたまま、あたしが名前を呼ぶと、チィちゃんはジトッていう目になる。
「太った……」
「え?」
やっと放してくれたほっぺを撫でながら、あたしは首をかしげた。急に、何? あたしの聞きまちがい?
でも、チィちゃんは、おんなじことをもう一回言った。
「太ったよ、なっちゃん」
「えぇえ? そうかなぁ?」
自分のおなかをつまんでみたけど――あれ、ちょっと……?
あちこち触っていたら、チィちゃんが「ね?」っていうふうに首をかしげてあたしを見る。
「あはは、秋って、おいしいのがいっぱいだもんね」
「なっちゃん」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。ちょっとしたら、また元に戻るから」
「……なっちゃん?」
チィちゃんの声がいつもよりちょっと低いような気がするのは、気のせいかな?
エヘッて笑ってみせても、チィちゃんはジッとあたしを見つめたきりだ――と思ったら、笑ってくれた。
……でも、ちょっと怖い。その怖い笑顔のままで、言う。
「しばらく、お菓子禁止だからね?」
「え!? うそ!?」
「ホント。元に戻るまで、お菓子禁止」
そう言いながら、チィちゃんはモンブランを持って行っちゃう。
「それだけでも、食べちゃダメ?」
手を胸の前で組んでおねがいのポーズをとって、きいてみた。そしたら、チィちゃんがにっこりといつもの笑顔になる。
――もしかして……
「ダメ」
あああ……
チィちゃんの可愛い笑顔が、ちょっと、ほんのちょっとだけ、うらめしくなった。
*
「ッ! ……ハァッ、も、ダメ……チィ、ちゃん、ゆる……して……ッ」
もうダメ、死にそう。死んじゃう。
やっとの思いでお願いしたのに、あたしの上に乗っかったチィちゃんはすっごく優しそうに笑って、言う。
「がんばってね、なっちゃん。あと五回で終わりだから」
ちょっとだけ――ホントに、ちょっとだけぽっちゃりしちゃったあたしは、チィちゃんの『特訓』を受けるはめになっちゃった。
さっきはストレッチをやって悲鳴を上げて、今度は腹筋。五回がやっとなのに、チィちゃんはとろけるような笑顔で、「あと五回」って。
うう……天使だって思っていたチィちゃんが、実は悪魔だったなんて……
「はい、あと三回、二回――おしまい!」
チィちゃんのその声といっしょに、あたしはばったり仰向けになった。ああ、もう、ホントに死にそう……
「じゃあ、ちょっとおやすみしたら、今度はなわとびね。百回できるかな?」
そう言ったチィちゃんのほっぺには、可愛いえくぼ。
「ね、チィちゃん、あとは明日にしようよ……」
「ダメだよ。明日、明日って言ってたら、いつまでたってもできないままでしょ? いつだって、『明日』は先にあるんだから」
ね? って、首をかしげるチィちゃん。
チィちゃんのおねがいとかはだいたい聞いちゃうあたしだけど、できることとできないことがある。これは、ちょっと、ムリだって。
「もう、ダメだよ、できないよ。これ以上やったら、死んじゃうよ」
半泣きになって言ったあたしの手を引っ張って、チィちゃんが立たせようとする。
「だいじょうぶ、なっちゃんならできるよ。がんばり屋さんだもん。ね?」
キラキラしたチィちゃんの目は、「信じてるよ」ビームを出してるんだ。チィちゃんのその目で見られると、やらなきゃ! っていう気になっちゃうんだよね……
しょうがない、がんばろ。
*
――なわとび百回、やりました。
あちこち痛くて、ちょっと動かすとミシミシ言う気がする。チィちゃんが用意してくれたぬるぅいお風呂が、気持ちいい。
「おつかれさま、なっちゃん」
言いながら、お湯に浸かってたあたしの目の前に、チィちゃんが『特製ジュース』を差し出した。
この『ジュース』、チィちゃんは「汗をかいた後には必要なものが入ってる」って言うんだけど、正直言って……甘じょっぱくて、おいしくない。ていうか、まずい。レモン汁が入ってるけど、そんなじゃごまかされないよ。
「いらない……のど乾いてないよ」
「ダメだよ、飲んで」
返そうとしたら、押し戻された。うええ。
しぶしぶジュースを一気飲みするあたしを、チィちゃんはニコニコしながら見てる。そうして手を伸ばしてくると、あたしの髪をまとめてたタオルを取った。
「頭洗ってあげるね」
そう言いながら、チィちゃんはシャンプーを手に取った。湯気に混じって、フワッて、良い匂い。温かくて柔らかな指が、あたしの頭を優しくくすぐる。
気持ち良すぎて、お風呂の中で寝ちゃいそう。
「かゆいところはないですかぁ?」
「ばっちりですぅ」
半分夢の中にいるあたしの返事に、チィちゃんはクスクスって笑った。
チィちゃんのそういう笑い声、あたしは大好き。ずっと、笑っていて欲しいなって思う。
うとうとしながらそんなふうに思っていたら。
「じゃあ、明日もがんばろうね」
チィちゃんのその言葉に、眠気が一気に吹き飛んだ。
「ええ!? 明日も!?」
「もちろん。こういうのは、続けないとね」
湯船から飛び起きたあたしに、チィちゃんはにっこりする。
「あたし、あっちこっち、痛いよ?」
「うん、だいじょうぶ。すぐに治るよ」
いつもとおんなじ、チィちゃんの笑顔。天使みたいな、笑顔。
それを見てたら、何でもやれるような気になっちゃう、笑顔。
……やっぱり、チィちゃんって、ホントは悪魔なのかもしれない。