31.私の居場所 2
「もう怒ってない、怒ってないから……」
「ホントか?」
「私も、楽しみ」
涙で詰まりながらそう言うと、鮎川は何とも嬉しそうな表情をしてみせる。
そう、最初からあんまり怒ってはいない。心の準備ができてなくて焦っていただけ。でも、もう大丈夫だよ。だから、元気に生まれておいで。私はそっと自分のお腹をなでた。
「私こそ、この子を危険な目に遭わせてゴメン」
それから私がそう言うと鮎川は、
「それ、お前のせいじゃねぇだろ。大体、宮本があんな面倒なことさえ起こさなかったらよ……」
口をとがらせてそう言う。
「宮本君のことは悪く言わないで」
それに対して、私はそう返した。
宮本君があんな魔法を使わなかったら、私はトールも、その先にあるパラレルワールドも知らずにいた。そしたら、私は本当にもっと無理をして、あっちの鮎川や私を悲しませる結果になっていたかもしれない。
それに、宮本君が唱えてくれたあの魔法で、私はちょっぴりだけど自信がついたんだよ。自分だけを頼ってくれる彰教ちゃん(本当は私より5歳も年上だけど、そう呼んで良いよね)がいると、強くなれるんだってことに気づいたから。
実はね、彰教ちゃんを預かると聞いたとき、絵梨紗や英雄の面倒を看てきたんだから大丈夫だって軽く考えてたんだ。でもね、下ろすだけで泣き出したり、私にしかなつかないで絶えず目で追いかける彰教ちゃんを見て、そんなのすぐにふっとんじゃった。頼る人がいないのって、こんなに大変なのかと思った。
この彰教ちゃんを預かる(というのが妥当なのかどうかはわかんないけど)のはたった一日だったけど、自分の子供はそれがずっ続く。
『お子を産み育てるのも立派な仕事だと思いますが』
私の耳に、トールの口幅ったい忠告が今一度聞こえた。うん、とっても立派な仕事だよ。大変だけど、だからこそ片手間にはできないって思うよ。
「まぁな、あいつが中司をガキにしちまわなきゃ、こいつ助かってないかも知んないしな」
鮎川も、私の言葉に反論せずにそう答える。逆に私がその答えに首を傾げると、
「ああ、おまえがさっき倒れた時、中司の弟がお前の腹に向かって話しかけたんだ。『かなちゃんもう少しがんばってて』ってよ。それでいきなりお前を産婦人科にかつぎ込むことができたからな。あと半日処置が遅れてりゃアウトだったらしい、間一髪セーフだったんだよ」
鮎川はそう言って首を竦めた。あと半日という数字が妙に生々しい。
「そっか、彰幸くんが助けてくれたのかぁ」
「ああ、俺たちとは世界の見え方がたぶん違うんだろうな。最初は面食らったけどよ、『かなちゃん』が『奏』だって気づくまでちっと時間食っちまった」
私がつぶやくようにそう言うと、鮎川がそう返した。
実は鮎川は、結構子供好き。というか、子供と一緒になって遊んでしまうタイプ。今や2歳半になった英雄にも、お兄ちゃまではなく、『こーたろー』って呼ばれている。
だから以前男の子がほしいのかと聞いたら、鮎川は、
「絶対女の子だ。名前はそうだな、お前が薫だから、やっぱり一字で、そうだ、奏だ」
と、間髪入れずに即答したのだ。きっと奏と言う名も、そのとき思いついたんじゃない。ずっと考えてたに違いない。鮎川はそういう男だ。