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25.『いちばん』

「お、親父……」

「なんだ、私がここにいるのがそんなに不思議か」

驚いた顔で父親を見る彰教に、彼の父はそう言った。

「親父は、彰幸や……その……この人がどうしてるのか知ってたのか」

そして、遠慮がちに言った彰教に、

「そりゃ、女房や息子のことだからな」

父親は当然のようにそう答える。

 確かに、彰幸との血のつながりは切れないが、自分を置いて、さっさと出て行った女は、父にとっては赤の他人だろうが。

「それを言うなら、元女房だろ?」

笑顔の父親に納得行かない彰教はそう返した。だが、その彰教の言葉に父親はなんと、

「私は律子と別れたとは思っとらんよ。私が律子たちを中司の籍から出したのは、彰幸に辛く当たる母さんから律子と彰幸を守るためだ。家にいるほどは一緒にはおれないが、定期的に顔を出している」

と言うではないか。

「それを知らなかったのは俺だけだってか」

彰教はそう言ってキッと自身の父親を睨むと、

「そいで俺だけを除け者にして3人で親子水入らずか!」

と声を荒げた。

「お前には悪いことをしたと思っている。だが、本当のことを話すとおまえは母さんを恨むだろう。甲斐甲斐しくお前の世話を焼く母さんを見てると、それはできなかった。それに、律子がお前には言うなと言ったんだ」

「なんでだ、そうかそれほど俺よりあんなミソっかすが大事か!! そうだよな、何の芸もない俺とは違って、今や大画家様だもんな」

「違うわ、違うわ……教ちゃん」

「何が違う!!」

「彰幸はね、教ちゃんより何倍も手をかけてやらないと一つのことができなかった。だから、私は彰幸につきっきりにならざるをえなかったの。でも、それをまだ小さな教ちゃんに理解してもらうことは到底無理。あなたはいつも私たちの事を遠巻きに見ていたわね。

そんなとき、お義母様から屋敷を出ていくように言われたの。その言いぐさは決して優しいものではなかった。彰教ははミュートスを背負って立つのだからこの子にこそ手をかけなさい、それができないのならこの家を出なさいと。

私だって、もっとあなたにかまいたかった。だけど、彰幸にはイレギュラーが利かないから、どうしても彰幸を優先せざるを得なかったの。

でもね、お義母様も彰幸が憎くてそう言われているのじゃないって、彰幸が一人の人間として立って行くには片手間じゃだめだ、私に専念しなさいと言ってるんだって解ったかの。それで、私はあの時中司の家を出たのよ。

それにね、家を出るときにね、お義母様は言ってくださったの。『あなたは彰幸をしっかり育てなさい。その代わり彰教の事は任せて』と。お任せして良かったわ。こんなに立派に成長してくれて……」

母はそう言って大粒の涙をこぼした。


 だが、それが真実なのなら、すべての元凶は祖母だったというのか。彰教は祖母から『すべて悪いのはあの女だ』と、母の悪口をさんざん聞かされた。

『母親を恋うなんて女々しいことは止めなさい。あなたはミュートスのトップとして、学ぶこともすることもたくさんあるはずです』

そう言われて育った。

 でも、きっとそれは母を恋しがって泣き続ける幼い自分に対して、甘やかすことの下手な祖母の不器用すぎるエールだったのだろう。

 彰教はふと壁に目をやって、弟の作品を見た。そしてその中の一つに目を瞠る。その絵の題は『いちばん』。それは、彰教が小学校4年の時の「徒競走」で一位をとった瞬間の写真を元にしたものだった。

 遠目からみると写真のように見えるが、近づいてみると多様な紙をびっしりと貼り合わせているのだとわかる。目を凝らしてみると、それはチラシだったり、雑誌だったり……幾重にも貼られているそれは、写真よりも立体的で、奥行きを持っている。すごいと思った。

「彰幸にとってはね、あなたは自分にできないことができる一番な存在なの。

だから私は良いけどあの子は嫌わないでやってね」

母が絵を見つめる彰教に向かってそう言った。別に嫌うとかそういう問題ではない。だだ、あるのは一人蚊帳の外だったことが悔しい、そんな子供じみた感情だけだ。

 それに、自分は彰幸より確かに勉強はできるかもしれないが、ただそれだけだ。スーパーマンのような言いぐさは何だかむずがゆく感じる。

-ごく当たり前の親子・兄弟でいたかったな-

そう思ったとき、

-なら今からそれを取り返せばいい-

彰教は何故だかそう思った。昨日、赤ん坊に戻るようなあんな『夢』を見たからかもしれない。

「嫌うも何も、俺はもうあんたのことも彰幸のことも覚えちゃいないんだよ。だから嫌いようがない」

彰教は絵から目を離さずそう言った。


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