1.ライセンス契約のはずが……
「じゃぁ、幸太郎君頼むね。ホント感謝してるよ」
俺は、電話口で拝み倒しているのが判るような口調のタケちゃん(対外的には社長という)との電話を終えてため息をついた。
タケちゃんは今抱えている原稿を落としそうになってて、編集者の野郎にカンヅメにされているらしく、身動きがとれないらしい。てな訳で、新製品のライセンス交渉をいきなり俺と宮本の二人でしてくれと言うのだ。そりゃ、市原健と言ゃぁ今や押しも押されもせぬ流行作家様だけどさ、言っとくけどこっちが本業だぜ、編集者さんよ!
こんな時、本来なら俺らなんかが出なくてもタケちゃんの父親である会長が応対すりゃぁ済むんだが、あいにく会長は奥さんの実家リヒテンシュタインに旅行中。帰国するのは一ヶ月先だと。まったく、あの親子は揃いも揃ってどうやって会社から逃げ出そうかと算段してやがるんだからな。
交渉相手の中司彰教と言う男は29歳、その会社の社長の息子で次期社長だという、俺たちは姻戚関係だけど、なんか似たような立ち位置の奴だ。
ただ、かなりのイケメンなのにもかかわらず、大の女嫌いだという。タケちゃんが、
『お茶も美久君が運ぶように頼んであるから』って言うんだから相当だ。
ま、交渉自体には何の支障もないだろうけどと思いつつ応接室に向かう。すると、中からものすごい怒号が聞こえてきた。応接室は元々、音が漏れにくい構造になっているはずだから、それを超える声ってばどんだけ怒鳴ってるかって話だ。俺は慌てて、
「宮本、お前いきなり客を怒らせてどーする!」
と、言いつつ応接室に飛び込んだが、一歩遅かった。
宮本は、真っ赤な顔でプルプルと小刻みにふるえながら、
「あなたみたいな分からず屋は、もう一度赤ん坊から教育し直したらいいんです」
と言って両手を緩く開いて胸の前に出し、
<汝その命の歩みを遡らせよ、Reverse>
と、中司氏に何かの魔法を詠唱しちまったのだ。
そして、その次の瞬間俺が見たものは、大魔法を使って伸びちまった宮本と、中司氏のスーツにくるまってきょとんとしている一歳にも満たないだろう赤ん坊だった。