選択
桜並木を横目に、佑介と哲也は帰り道を歩いていた。
「佑介、進路はどうするんだな」
「俺は医学部だな」
今日配られた進路希望調査について話す二人。高校三年生になると、いよいよ進学先をきめなくてはならない。
「お前は家が病院だからな。そのまま継ぐつもりなんだろ?」
「まあ、そのつもりだよ」
「俺は美大に行こうと思ってんだ」
「美大?」
佑介は、意外そうに哲也の言葉を繰り返した。彼から今まで聞いたことのない言葉だったからだ」
「俺さ、将来はアニメに関わる仕事をしたいんだ。アニメって面白いだけじゃなくて、人を感動させたり、元気にできたりするんだ。俺も人を感動させたいんだよ」
「でも哲也って絵とか得意じゃないだろ」
美術の授業で哲也の絵を見たことがあった佑介は、彼の絵が上手いと思ったことは一度もなかった。作品を作っている姿も特に印象に残っていないため、そういった分野には興味がないものとばかり思っていた。
「得意じゃないけどさ。この前見たアニメ映画にすごく感動してさ。その時、ちょっと悩み事があったんだけど、映画を見たら自分の悩みなんて小さいなって思ったんだよ。アニメを作る側になりたいって思ったのはその時だな……まあ、お前が目指す医者に比べたら大したことはないけどな」
「いや、俺は家が病院だからさ」
そう言った時、自分の言葉が心に鋭く刺さったのを佑介は感じた。
哲也は、自分の体験したことを受け止めて、自分の意思で将来の夢を決めたように見える。話している表情も晴れやかで、かっこよくも思える。
それに対して自分はどうだろうか。医者への道は簡単ではない。そんな道を歩もうとしている姿は、他人から見たら自ら選んだ道に見えるだろう。だが佑介としては、家が病院だから自分が継がなければならないという理由しか考えていなかった。医者は素晴らしい仕事だが、それを目指すことに、自分の動機は軽く感じられた。
「それじゃ、俺はこっちだから。また明日な」
悩んでいると、哲也が言葉をかけてきた。いつの間にか、方向が分かれる場所まで進んでいた。
「お、おう。またな」
そう言って哲也と別れた佑介だったが、内心は自分の選択に対する疑念に満たされそうになっていた。
そのまま思考を巡らせていると、家に着いた。中にはいると、母親がリビングで待っていた。
「おかえり」
「ただいま」
「佑介、これ渡しておくわね」
母が手渡してきたのは、小学校の卒業文集だった。
「掃除していたら出てきたの。ちょっと読んでみたけど、この頃から医者を目指していたのね」
「えっ……」
佑介は、その場で文集を開き、自分の文集を読み始めた。
小学生の頃の佑介は、自分が病院を継がなければならないと思ってはいなかった。医者を目指したのは、父親の姿に憧れたから。そして、受診した患者さんたちが皆、元気な姿で帰っていく姿を見るのが嬉しかったからだった。文集には、そういった思いが綴られていた。
「そうか……」
自分で書いた文集に、佑介は心打たれた気分になった。
「別に家が病院だからって、佑介も医者にならないといけないわけじゃないのよ。お父さんも無理に継いで欲しいとは思っていないわ」
「いや、母さん。俺は医者になるよ」
文集を読んで、改めて自分の意思を再認識することができた。心の奥底にあって見えなくなっていたが、今もこの思いは、確かに自分の中にある。
「それじゃ、部屋で勉強してくるよ」
医者になる道は簡単ではないが、自分で選んだ道だ。この道を歩んでいった先にある未来を想像すると、険しい道だとは思わない。なぜなら、叶えたい夢だからだ。
この日から佑介は、今まで以上に勉強するようになった。だが以前より表情は明るく、生き生きしていた。




