表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

森の奥で、君だけを待っている

作者: 唯崎りいち

私があなたに贈る執着——。


森の奥、暗い木のトンネルの小道の先に、私はいる。


誰も来ない、誰にも触れない。


陽の光を通さない木々が、冷たい空気と冷えた地面を作る。


座っている私の背中を通る冷えた感触に、小さく息をつく。


あの子のことを思い出す。


泣いていたあの顔。


「ずっと必要としてあげる」——そう言った私の言葉。


あの子が泣くのを止めたのを覚えてる。


言葉が檻になる。


私は閉じこもっている。


外の世界は遠く、森の向こうに広がっているはずなのに、私の世界はここだけ。


足音も、人の声も、物語も、まだ届かない。


でも、ときどき知らない人が街にやってくる。


見知らぬ旅の人が、静かに微笑む。


そのたび、心のどこかがそわそわして、止まっていた時間が少しだけ揺れる。


それでも私は戻る。


あの子のことを忘れられないから。


あの子の泣き声が、私を呼んでいる気がするから。


私はここにいる。


誰も気づかなくても、私はここにいる。


◆◇◆


少し大人になった私に、結婚の話が時折り舞い込む。


私は首を横に振るだけ。


私は待つだけなのに、いつか、ここから連れ出される。


それは私にはどうする事もできない。


それが決まっている事だから。


ずっと同じ場所に留まる事は、この世界で罪になる。


決められた法律は無いけれど、それはルールだ。


目に見えないルールはたくさんある。


あの子の捉えられていたルールはもっと複雑だった。


あの子がルールに捉えられた時。


私の檻は開かれた。


「誰もが俺を邪魔者扱いする——」


誰にも必要とされないあの子はもういない。


だから、私がずっと必要としてあげるのは、お終い。


あなたに出会った森を出て、ずっと街で暮らそうか……。


でも、鍵が開いても出る方法を忘れたの。


森のざわめきよりも確かな嘆きをあの日聞いた。


◆◇◆


まだ私は子供だった。


あの子と会って、悲しみの涙を知った。


ただ同じ年頃の男の子と遊べるのが嬉しくて一緒に森で遊んだ。


木に登るのも、川を渡るのも最初は私の方が上手だった。


毎日遊ぶうちに男の子はだんだん上手になっていく。


ついてこれる様になった男の子と同じ速度で遊ぶ。


いつの間にか男の子が先に行く。


——待って!


転んだ先に地面がなかった。


私は一段下の窪地に落ちていた。


血の出ている膝に驚いて泣く。


男の子が上から私を見つける。


でも、助けてくれる事は出来ない。


伸ばされた手は届かず、涙が降ってきた。


ただ心配そうにそばにいてくれる男の子。


夜の闇が森を包む頃に、明かりの一団がやって来る。


私を探しに来た。


抱き上げられてホッと安心した私は父の腕の中で眠る。


「これは、領主様の所の厄介者か——」


誰かの声が聞こえた。


男の子も一緒に森から戻る。


男の子を探す人はいなかった。


誰にも必要とされない悲しさを私は知った。


「誰もが俺を邪魔者扱いして、死ねばいいと思っている」


大人びた声で男の子が言う。


遠くに行きそうで、私は男の子の腕を掴んだ。


見つめた先に、男の子の綺麗な瞳があった。


私をただ見つめて泣いていた瞳に、何も映さず雫が溢れる。


その涙は私のもの。


「私が、ずっと必要としてあげる」


そう言うと、男の子はうつむいた。


「どうせ、すぐに忘れる」


「絶対に、忘れないよ」


信じて欲しかったけど、どうしていいか分からなかった。


近づいた男の子の耳元に、星の様な形のアザがあるのが見えた。


近づかなければ分からない。


「素敵な模様……」


そう言って、私は思わず口付けした。


「こんな模様を持ってるなら、あなたは特別な子だよ」


男の子は真っ赤になっていた。


「——絶対に俺を忘れるなよ!」


木のトンネルが影を作る冷えた場所に熱が残った。


それが最後の日だったのだろうか?


覚えてはいないけど、いつの間にか会えなくなった。


名前も忘れてしまった男の子。


ただ約束だけは残った。


◆◇◆


森の奥でずっと待ってる。


少し大人になった私。


日課になっていた儀式は、いつの間にか日を減らしていく。


それでも週に一度は必ず訪れる。


夏は木陰が涼しく、冬は雪の積もる音が心地良い。


私の檻はもう開いている。


無数の手が出て来いと呼んでいる。


幾つもの縁談が母の口から語られる。


私は首を横に振る。


私の人生に新しい儀式が加わりかけた——。


領主様の息子との縁談がくる。


断ることは難しい。


ただ、彼とは会った事がある。


遊んだ事もある幼なじみだ。


私が男の子との約束に固執している事を知っている。


「一時期は彼と一緒に暮らしていたけど、人を寄せ付けない子供だった」


男の子の事を話してくれる。


「森に行った日、君と遊んだ日は機嫌が良かったよ」


知らない話を聞かせてくれた。


「だから、君を好きになったんだ——」


そう真剣な瞳を向けられる。


私は何も答えられない。


男の子の思い出を映すだけ——。


領主様の息子の縁談が無くなってからは、他の縁談も途切れるようになる。


針で縫う手だけが私を森から遠ざけた。


◆◇◆


森の中であなたを待っている。


変えたのは見知らぬ旅の人——。


静かに微笑む。


この場所が他人に知られた事が怖かった。


私は走って逃げ出した。


もう戻れない——。


街の中で、あの見知らぬ旅人に出会う。


「怖がらせて悪かった」


私は首を横に振るだけ。


旅人とは何度か顔を合わせた。


私をただ見つめる瞳。


いつの間にか怖くはなくなっていた。


「俺と一緒に来てくれないか?」


でも——。


結婚する気にはなれない。


断ると旅人は去っていく。


◆◇◆


新しい皇帝が即位したと聞いた。


私と歳が変わらない。


「あの厄介者が皇帝か……」


誰かが言った。


領主様の家に一時期いた厄介者。


あの男の子が皇帝になった。


前皇帝の隠し子だった彼は、兄弟が死んで、皇帝になる。


必要とされない男の子はもう居ない。


あの子がルールに捉えられた時。


私の檻は開かれていた——。


皇帝陛下とお妃様の結婚式が盛大に執り行われたと、少し遅れてこの街に伝わってきた。


◆◇◆


旅人が来る。


何度目かの季節の変わり目の来訪を、心待ちにしていた自分がいた。


でも、結婚は出来ないと断った。


約束はなくても、あの場所は未だ残っている。


ただ、待っていたいの。


少し遅れて旅人が訪れた。


——いつもの様に、待っていた私。


旅人が森に現れても今は怖くない。


儀式の様に彼は繰り返す。


結婚の申し込みを私は断る。


いつもの儀式——。


ただ、今回は近づき過ぎてしまった。


彼の唇が私の唇に重なる。


驚いて、でも——。


旅人の耳元にアザが見えた。


近づかなければ分からない、星の形の小さなアザ——。


あなただったの。


「やっと会えた」


約束通り、私は彼を必要としている。


季節の変わり目の公務の日に1日だけ会いに来てくれていた。


「君を約束から解放したくて——」


かつての男の子は言う。


「あなたを必要としてくれる人がもうたくさんいるのね」


約束の終わり——。


ただ、私はあなたをずっと待っていたかった。


泣きながらずっと私を見てくれるあなたを、

ずっと私のモノにしたかった……。


最後に手をあなたに伸ばしてしまう。


「でも、本当に俺が必要な人は君以外いない——」


あなたはもう別の檻にいる。


私は入れない檻。


「約束よりも、もっと強く君を縛りたい」


捕まえられたウデは、今なら振り解ける。


でも、開いた檻はもう要らない。



◆◇◆


兄弟たちが死に俺が皇帝になる。


厄介者と言われて過ごした日々。


誰かに必要とされたいと思っていた。


皇帝を、求める声が聞こえる。


その椅子に座り、家臣の声を聞く。


美しい妃が囁く。


誰かじゃなかった——。


俺に必要なのは、待つだけの君。


冷たい森の、陽の当たらない場所。


約束の場所はまだ守られている。


俺を見上げるしか出来ない君。


……戻らない事も出来たんだ。


◆◇◆


彼は、私を本当の檻に閉じ込める。


古い城の一室に、たまに彼がやって来る。


皇帝の愛人と人は私を呼ぶ。


ここは私がずっといた場所で、私は何も変わっていない。


外に、彼を縛る檻があるだけ。


皇帝に後継が産まれたと、幸せな知らせが続く——。


彼の檻の中の、私の檻。


彼は、逃げられない。


あの日、私を見つめていた男の子。


男の子を見つめる私。


ただ、時だけが私たちを変えていく。


待つ私の歪な笑顔が、彼を惹きつける。


――待つだけのつまらない女、俺を裏切らない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ