第9話 「彼女を粗末にすれば、国が滅びます」――鈍感すぎる王子の予言と、革命的な秘密兵器
新緑の季節、春となった。
雪が溶け、厳しい冬を耐え忍んだ虫や動物たちが活発に動きはじめ、緑が青々生い茂り爽やかな風が国土を包む。
チェリーブロッサムの花が満開となった頃、クリスティナは王立の女学校へ入学した。
話を聞いていると、上手いことやれているらしい。
事前のユリシスの根回しが効いたのか友達もでき、毎日を楽しく過ごせているとのことだった。
勉強面も家庭教師だけでなくユリシスが補強しているお陰か上位層に食い込めている。
前世では確かこう上手くはいけていなかったはずだ。
敵国の姫だと蔑まれ、マナーも最低限にこなせなかったかつてのクリスティナは過酷な学生生活を送ったと風の噂で聞いたことがある。
ユリシスはそれを思い出しながらもほっと胸を撫で下ろしつつ、もうすぐ始まる社交シーズンの開会に向け準備をしていた。
社交シーズンは様々な貴族の家で夜な夜なパーティーが開かれるが、最初の始まりは王家主催で行われる。
当然ユリシスも出席しなければならない。
そして今回はエドガーがグレイスをエスコートして登場する予定だ。
それが意味することはエドガーとグレイスの婚約の内々定だ。
まだ本決まりではないが、裏で着々と準備は進んでいるらしい。
そこでユリシスは王宮を訪れている時にエドガーとグレイスに呼ばれ、進行などの準備を手伝っていた。
「グレイス様はいいのですか、軍部に内定していたのでしょう?」
ちょうどエドガーが席を外しているのを見計らって声をかけた。
グレイスは今年の春に13歳から6年通っていた王立の女学校を卒業したばかりだ。
春からは前世と同様に軍部に就職が決まっていた。
「いいのですよ、軍部よりこちらの方が私には合っていそうだっただけです。エドガー様も人の話を聞き入れる度量もありますし、それにあなたみたいな方が彼についている。余程のことは起きないだろうと思ったのです。それに、この地位にある方が私もやりたいことを通しやすい」
「……と言いますと?」
グレイスは声を上げて笑った。
「別にやましい事じゃありません。ただ、この国にはまだまだ女というだけで不利益を被ることがあるのですよ。ま、他国に比べるとマシですがね。私はそれを変えたい」
グレイスはグッと拳をきつく握りこんだ。
ユリシスには前世で軍人として勇ましく戦っていた彼女が重なって見えた。
ユリシスは敵わないなと笑った。
「あなたならできますよ。いえ、きっとやり遂げるでしょう」
「あら、嬉しいこと言って下さいますのね」
「私も微力ながらお手伝いします。
「それは心強い」
グレイスは晴れやかに笑う
「ユリシス殿下は何を望んでいるのです?私を第一王子妃に推したのはあなたでしょう?」
ユリシスは穏やかに言った。
「この国の安寧です」
グレイスは目を丸くした。
「単純ですがスケールが大きすぎて難しい課題ですね。私も微力ながらお手伝いいたします」
グレイスは呆れたように笑う。
「そういえば、ユリシス殿下はクリスティナ様のことをどう思ってらっしゃるので?」
グレイスは頬杖を付き、にやにやとユリシスを見てくる。
ユリシスは意図がわからず疑問符を浮かべた。
「妹のようなものですよ。それ以上でもそれ以下でもありません」
「またまた」
「グレイス様は知らないかもしれませんが、クリスティナを粗末に扱うと大変な目にあうんですよ」
ユリシスはいたずらっ子のように笑う。
「例えば?」
「国家存亡の危機に瀕します」
グレイスは仰け反った。
何を言い出すのだこの男は、と顔に書いてあった。
ユリシスも滅多なことは言わない男だとグレイスは評価しているので、何かしらの理由があってその答えを導いてきたんだろうと結論づけることにした。
「ちょっと席を外してる間になんだか楽しそうだな」
「兄上」
「おや、お早いお帰りで」
「何かを聞きつけたのか知らないが、令嬢たちに追いかけ回されたから撒いてきた」
「それはそれは……」
社交シーズンとなり、オフシーズンを領地で過ごしていた貴族がどんどん王都へと入ってきている。
彼女達もその内の1人だろう。
「兄上の婚約者内定の話はまだ掴めていなくても、今シーズン中には決まるという話は出回ってるのかもしれませんね」
「なんとも迷惑な話だ」
エドガーは肩を落としため息を着く。
「為政者の運命ですから諦めてください」
ユリシスが他人事のように笑っていると、ジロリとエドガーが睨む。
「そういうお前はどうなんだ。お前の方にも沢山縁談が舞い込んでるって聞いてるぞ」
男が見ても美しいと思う美貌に加え、常に穏やかな微笑みをたたえているこの男は女性にかなり人気がある。
ダンスだって常に順番待ちだ。
「私?そうですね、兄上とグレイス様が無事結婚して子供が2、3人できるまではないですね」
「クリスティナが泣くぞ」
「どうして2人ともクリスティナの話を振るんですか……」
ユリシスはため息を着いた。
「いいですか、あなた達の懸念事項は私じゃなくてこのパーティを成功させて婚約式を済ませ、無事結婚式を挙げることです」
ユリシスはそこまで言って、「あ、そうだった」と何かを思い出すとカバンの中から2つブローチを差し出した。
「なんだこれは」
エドガーは受け取ったブローチを目の前にかかげ透かしみる。
真ん中に黒曜石のような黒いオーバル型の石がはめ込まれ、周りはダイヤで見事な装飾が施されている。
「これは、一見ブローチに見えますが、遠くの人と交信できるいわば通信手段です」
「遠くの人と交信?」
怪訝な顔をする2人にユリシスは頷く。
ユリシスは2人とは別にもう1つ取り出した。
「ブローチの横にあるこの指のかかるところをスライドさせ、例えば『グレイス様に連絡を取りたい』と言うと…」
「うわっ!」
急に振動したブローチをグレイスは落としかける。
「その振動は通信が来たという合図。そうしたら今度は反対側のレバーを下へ下ろしてみてください」
「こうか?」
カチっという音がするが何も起こらない。
「なにも起こらないじゃない……か」
言いかけて自分の声がユリシスの手元のブローチから聞こえてくることに気づく。
「ユリシス殿下、これは……」
「まだ試作の段階でまだまだ改良の余地はありますが、この魔法具を使うことで直接会わなくてもやり取りが可能になります。範囲はいってもこの王都ぐらいですけど」
エドガーとグレイスは困惑して顔を見合せた。
この技術は世の中の根底を変える可能性がある。
「殿下、どうしてこのようなものを……」
「世の中は情報戦です。情報を先に得られるというだけで相手よりも有利な立場を取り得ます。まだまだ問題だらけなので、お2人には実際に使ってもらって色々教えてもらうおうかなと思いまして。その黒い石は魔石で、そこに魔力を貯めておくことで使用時に魔力の使用が不要になります。なので定期的に魔力を込めるようにしてくださいね」
「………わかった。これはどれぐらい持つんだ?」
「魔石自体小さいしそこそこのクラスなので、持って10分程かな。魔力を込めつつ使えば半永久的ですけど」
「そうか……」
とんでもない物を平気で作って持ってくるユリシスにエドガーは薄ら寒いものを感じた。
「これは、私たちの他には誰が持ってる?」
グレイスが探るように言う。
ユリシスはにっこり笑った。
「私たち3人と、クリスティナです。もっとも、通信手段になるとは言ってませんけどね」




