第8話 成長
ユリアが出ていったのを見計らってから、ユリシスは腕の中のクリスティナに声をかけた。
「大丈夫か?」
「…………」
クリスティナは暫く肩を震わせていたが、堪えきれなくなったのか声をあげて泣き始めた。
「ごめんなさい!私のせいだわ、私が香油なんてつけてきたから……!」
「それは違うな。私だってつけてるし、グレイス様も兄上だって何かしら香料をつけてるさ。ただのやっかみだ」
ユリシスは子供をあやす様に心地よいリズムで背中を叩く。
「お前は何も悪くないよ」
そう言うと、少し落ち着いてきたクリスティナは頷いた。
「クリスティナ様、私からも謝らせてほしい」
グレイスが隣で声をかけてきた。
「ユリア嬢は昔から私に突っかかってくる癖があってね。私さえ彼女をいなしていれば場はおさまると思っていたんだが……読みが外れた。申し訳ない」
グレイスは心の底から申し訳なさそうに眉尻を下げていた。
「クリスティナ、俺の方からも謝らせてくれ。まさか彼女がこんなに場を乱す人だとは思わなかった。以前見た彼女は冷静で教養のある人に見えたんだがな」
エドガーも参ったと言わんばかりに頭をかいていた。
ユリシスはため息を着いた。
今日のユリアの敗因は、周囲に彼女の味方が居なかったことだ。
彼女は自分の儚げな容姿を存分に活かして周囲を巻き込み、自分の思う通りに人を操ってきた。
彼女には男にも女にも酔狂な信者が多い。
今回も同じように弱い立場のクリスティナを狙って排除しようとしたのだろう。
この中で1番彼女の味方につきそうなのはエドガーだったが、エドガーはこう見えて公平性が高いし、女の涙に弱くない。
しばらくするとクリスティナは落ち着きを取り戻し、ユリシスの胸から顔を離すとグレイスがハンカチでクリスティナの涙拭った。
「クリスティナ様はどのスイーツがお好きかな?」
「え?……苺の乗ったケーキ……」
グレイスは微笑むと侍女にケーキを切り分けさせクリスティナに差し出した。
「どうぞ。まだしっかりとクリスティナ様とお話できていなかったからね。仕切り直しをしましょう」
「ありがとうございます……」
クリスティナはひとくち口に含むと顔を綻ばせた。
「美味しい」
途端に空間が花が咲いたように明るくなった。
グレイスもエドガーもみなが顔を緩ませる。
「ユリシス殿下が大事にするわけだ」
「ほんとうに」
グレイスとエドガーは顔を見合せてくすくすと笑った。
和やかな雰囲気の中、ユリシスはサロンの窓からフィラネンス家の馬車が出ていくのを、背筋の凍るような目で見つめていた。
「ユリシス?」
ユリシスは口元に生クリームをつけたクリスティナを見ると、瞬時にいつもの優しい顔に戻り、ふっとほほ笑みかけた。
「口にクリームが着いてるぞ」
「あっ……」
拭ってやるとクリスティナは顔を真っ赤にさせる。
「泣いたり真っ赤になったり忙しいなお前は」
「それは!だってユリシスが……!」
「痴話喧嘩はやめろ」
「私は面白くていいと思いますわ」
先ほどまでの刺々しい空気は、もうこのサロンのどこにも残っていない。
窓から差し込む午後の光が、テーブルの上の色とりどりのスイーツと、四人の穏やかな笑顔を優しく照らしていた。
その後、運ばれてきた新しい紅茶を楽しみながら、四人は改めて和やかな語らいの時を過ごした。
話題はユリアのことではなく、今度王都で開かれる祭りのことや、新しく献上された珍しい果実の話など、他愛もない、けれど温かいものばかりだった。
そうして、傾き始めた日が影を長く伸ばし始めた頃、ようやく会はお開きとなった。
グレイスを先に見送り、クリスティナを馬車に乗せた時ユリシスはエドガーに声をかけられた。
「今日はすまなかったな。俺が間違ってた。お前の言ってた通りだったよ」
「いいえ。今回はこちらに分がありましたからね」
ユリアが予想外に暴れてくれたおかげで、エドガーも誰が王妃に相応しいかわかったはずだ。
「次のシーズン初めの王家主催のパーティーでは、グレイス嬢をエスコートしようと思う」
ユリシスは笑った。
「それがよろしいかと思います。楽しみにしてますね」
「ああ」
馬車に乗り込み出発すると、ユリシスは詰襟を緩ませる。
「ねえユリシス」
「なに?」
「私ね、少し考えたことがあるの」
クリスティナはユリシスをじっと見つめる。
「私、ずっとユリシスや誰かに守られてたなって思って。私、あのとき自分で言い返さないといけなかった。そういうつもりじゃありませんでしたって、納得させられるように」
クリスティナは一旦言葉を切った。
「ユリシスだって、グレイス様だって、エドガー様だって自分で考えて自分で行動してた。私だけがそれをできてなかった」
「クリスティナ……」
「いつまでも、守られてばかりいちゃいけないんだわ。わかってたのにね、みんなが皆優しい人ばかりじゃないって。悪意のある人だっているし、悪意がなくてもちょっとした行き違いで仲がこじれちゃうことだって普通にあるんだから」
クリスティナは笑った。
意思のこもった瞳で。
そこには先程よりも少し大人になったクリスティナがいた。
「私、もう泣かないわ。それに、今度は私が大切な人を守れるようになりたい」
ユリシスは目を大きく見開くと、クリスティナの頭をわしゃわしゃ撫でた。
「ちょっと!やめてよ!」
「お前は偉いよクリスティナ。お前のそういうところ、大好きだ」
「なっ……!」
クリスティナは顔を真っ赤にさせた。
ユリシスはにかっと笑うと、クリスティナをしっかりと抱きしめた。




