第7話 地獄のお茶会
グレイスとエドガーの茶会をセッティングした日となり、ユリシスはクリスティナを連れて王宮まで来ていた。
クリスティナも年始の挨拶で年に1度ここへ来ているため、豪奢なしつらえにも動じず慣れたように回廊を歩いていた。
「わかってるとは思うが、今回の主役はあくまで兄上とグレイス様だからな。私たちは会話を回す歯車だ。いいね?」
「それ100回聞いたわ」
クリスティナは嫌そうな顔をする。
クリスティナがそっぽを向くと、ふわりと甘い香りが漂ってきた。
「この前買ったやつ付けてきたのか?いい匂いじゃないか」
ユリシスが褒めるとクリスティナは途端に笑顔になった。
「素敵な香りでしょ。また連れてってね」
「いいよ。一緒に買いに行こう」
「あら?ユリシス殿下ではありませんか」
もう少しでサロンに着くというところで、女性に声を掛けられた。
ユリシスは女性の顔を見ると、内心舌打ちをしかけたがおくびにも出さず笑顔で応対する。
「これはフィラネンス伯爵令嬢。……とフェアフィールド侯爵令嬢ですね」
(なぜこんな所でかつての第一王子妃と第二王子妃に出会うんだ)
ユリア・フィラネンスは淡い水色のドレスを身にまとい、ふわふわとした金髪に水色の瞳が特徴的で、妖精姫という愛称がつけられている。
見た目は儚く可憐だ。
もう一方はクララ・フェアフィールド侯爵令嬢。
エドガーの前世での妃だ。
優しく少し気弱な気質で、ユリアに上手いように扱われていた記憶がある。
こんな時からつるまれていたのか。
「せっかくお会いしましたが、予定がありますのでこれにて」
「あら、なんのご用事ですの?」
「あなたには関係ありません」
「つれないこと、言わないでくださいな」
ユリアは口元に手を当てると目を潤ませた。
可愛らしい令嬢にその様な表情をされれば大抵の男はイチコロなのだろうが、生憎とユリシスは嫌悪感しか感じなかった。
「私、エドガー殿下に用があったのですが、予定があると言われてしまって……。あら?そちらのお可愛らしい方は?」
ユリアはクリスティナをみとめるとにっこりと微笑んだ。
天使のような微笑みだったが、クリスティナはビクッと身体を震わせユリシスの背に隠れた。
ユリシスはユリアの眉がぴくりと動いたのを見逃さなかった。
「ユリア様、ユリシス殿下もご用事があるとの事ですから、日を改めませんか?」
クララが遠慮がちに申し述べる。
するとユリアは目に涙を浮かべると、目を伏せ目尻の涙を美しい指で拭った。
「仕方ありませんわね……」
「あら?ユリア嬢にクララ嬢ではありませんか。それにユリシス殿下にクリスティナ様も。ごきげんよう」
振り向くと、グレイスが侍女を連れてそこに立っていた。
「グレイス様!ごきげんよう」
ユリアとクララは公爵令嬢であるグレイスに礼をする。
「グレイス様はどうしてこちらへ?」
「あぁ、私はユリシス殿下に招かれてエドガー殿下と茶会の予定よ」
ユリシスは勢いよくグレイスを見た。
グレイスは面白そうにユリアとユリシスの様子を眺めているだけだ。
「エドガー殿下とお茶会?ならば、私も参加させていただいてもよろしいでしょうか。私も、エドガー殿下に用事があってここへ来ましたの。それに私も皆さんと友好を深めたいですわ」
先に動いたのはユリアだ。
ユリアは最もらしい理由を付けて他人の茶会に割り込んで来る気だ。
「ユリア様、よしましょうよ。私たち招待を受けておりませんもの」
クララが困ったように窘める。
「私は構わないよ」
ユリシスはグレイスを睨みつける。
しかしグレイスは意にかいした様子はない。
「そんなにかしこまった場でもないし、人が多い方が楽しいだろう。どうでしょうかユリシス殿下」
ユリシスは少し考え込む。
ここで強引に追い返せば、彼女は『ユリシス殿下は我々を不当に遠ざけた』と夜会で吹聴するだろう。
それに有力な候補者が3人も揃っているのだ。
彼女達の力関係ややり取りを見てみたいとも思った。
「……まあ、いいでしょう。兄上に確認をとるまでお待ちいただけますか」
「ほんとうですか!」
ユリアは大袈裟に思えるくらい目を輝かせると手を合わせ、くるりとその場で一回転した。
その様子にげっそりとしていると、ユリシスの裾をクリスティナが引っ張った。
「どうした?」
「…………」
浮かない顔をしているクリスティナの頭を撫でる。
「大丈夫。ふざけたことにはならないよ」
ユリシスがクリスティナを慰めているのを、クララは申し訳なさそうに瞳を揺らしてそれを見ていた。
エドガーに聞くと、構わないとの事だったので全員をサロンへ招き入れた。
席は中央にエドガーとグレイスを向かい合うように座らせ、エドガーの隣にクララ、グレイスの隣にユリア、ユリシスはクララとは反対のエドガーの隣に座り、クリスティナはユリシスの正面に座った。
エドガーの隣にユリアが座りたがったが、強引に茶会に割り込んできた手前そればかりは固辞した。
ユリアは不服そうにしていたがユリシスは微笑んでその場を制した。
笑い声が響くなど、茶会は一見和やかに進んでいた。
「そういえばなぜユリシス殿下はこの場をお開きになったの?」
ユリアは小首を傾げて言う。
まるで小動物がこてんと頭を傾げているようだった。
「グレイス様とは魔法理論のことで一度意見を交わしたことがありますから、その聡明さを兄上に話すと会ってみたいと仰っていましてね。馴染みの香油店で偶然グレイス様と会ったので、一度お会いになりませんかとお話したまでです。」
エドガーはユリシスを見た。
「よくもまあそんな嘘と本当の話を織り交ぜた話をスラスラと」と、顔に書いてあった。
ユリシスはエドガーを無視した。
「そうだったのですね。……そういえば、甘い香りがしますわね。でも、ちょっと香りがキツすぎませんこと?」
ユリアはそういうと、クリスティナにチラッと視線だけ移す。
皆はその視線に釣られてクリスティナを見た。
急に注目を浴びたクリスティナは驚いて挙動がおかしくなる。
ユリアはシルクのハンカチを取り出すと、体調が悪そうに鼻と口元に当てた。
「ごめんなさい……少し、失礼しますわ」
「大丈夫かい?」
「えぇ、私は大丈夫ですわ……」
エドガーが聞くと、ユリアは儚げに微笑んで見せた。
「この香りのせいか実は先ほどから少し頭痛がしていて……。私、どうしてもこの香りに弱いようで……皆さまには平気でも、私は息が詰まってしまうのです。クリスティナ様、本当の貴婦人は他人の呼吸を奪うような使い方はしないものですのよ」
ユリアは言葉を切り、困ったように視線を伏せた。
それから、周囲に気づかれない程度に、そっとハンカチを握りしめる。
「……私が我慢すればよろしいのですよね。ごめんなさい、少しだけ……少しだけ苦しくて……」
ユリアは今にも倒れそうなほどか細くたおやかだった。
「私、そんなつもりじゃ……」
クリスティナはぎゅっとドレスの裾を握りこんだ。
クリスティナの中でぐるぐると思考が駆け巡る。
この前、ユリシスが気に入っている店で、店員のチャールズとワクワクしながら商品を選んでいた自分を思い出していた。
自分の気に入った香りで、ユリシスを思い浮かべながら選んだものだ。
今日もこれを付けて、ユリシスがどう反応してくれるか楽しみにしていた。
ユリシスもこれをいい匂いだと言ってくれた。
(確かに、私は周りのことなんて考えてなかった。私は、自分が良ければそれで良くて……)
クリスティナの目に自然と涙が浮かんでくる。
俯いているので、重力で涙が零れ落ちそうな時、覚えのある匂いに包まれた。
「ユリシス?」
クリスティナはユリシスに抱き込まれていた。
「それは意外だね、ユリア嬢。その香油は王室御用達の店で、その店の有名な調合師がクリスティナのために特別に調合したものなんです。……君は彼のセンスが、この場を汚すほど下品だと言うのかな?」
ユリシスの鋭い視線がユリアを射抜く
ユリシスの静かな怒りがその場を支配していた。
ユリアは少し狼狽えた様子を見せた。
「それでも、事実ではありませんか。このような場に、こんな香りを身につけてくることは不適です」
ユリシスが更に口を開こうとした時、グレイスのティーカップを置く音が、静かではあるが重みを持って響いた。
「ユリア嬢、香りに酔ったのなら席を外して休みなさい。私はこの香りを、それほど強いものだと感じていないし、個性を尊重した素晴らしいものだと感じているわ。それとも、あなたの鼻は自分の好みに合わないものをすべて『悪』だといえるほど傲慢なのかな?」
グレイスはユリアを冷静な目で見据える。
その言葉に、誰も口を挟まなかった。
先ほどまで和やかだった空気は、ひどく静まり返っている。
ユリアの嗚咽だけが、不釣り合いに響いた。
「わたし、そんなつもりじゃ……」
ユリアはちらっとクララを見るが、クララは目線を下に下げふいっと逸らした。
ユリアはクリスティナに向き直ると大袈裟に頭を下げる。
「ごめんなさい、クリスティナ様。私、あなたを傷つけるつもりはなかったの。全ては私のこの体質のせい……」
ユリアがなおも言い募ろうとするがユリシスがそれを制する。
「そうか、それほどまでに重症だったとはね。私の配慮が足りなかった。君の繊細な体に障って、万が一倒れでもしたら大変だ。だれか、ユリア嬢をすぐに医務室へ。念のため、今日はそのままお帰りいただいた方がいいだろう」
「でも……」
するとそれまで静観していたエドガーが口を開いた。
「ユリシスの言う通りだ。これほど涙が止まらないのであれば会話もままならないだろう。無理をさせるのは私も本意ではない。クララ嬢、友人であるあなたに付き添いをお願いしてもいいかな?」
クララはただ成り行きをおろおろと見守っていただけだったが、名前を出され、ぴくりと肩を震わせるとしっかりと頷いた。
「殿下、誤解です!」
ユリアはエドガーにすがりつこうとするがエドガーは首を振った。
「体調が悪いのなら無理は禁物だ。今日は無理せず帰りなさい」
エドガーがそういうと、ユリアは味方が居ないことを悟ると渋々ながらも大人しく引き下がった。
「皆さんの気分を悪くしてしまって申し訳ございません。そんなつもりはなかったのです……。クリスティナ様もごめんなさい。また何かさせてくださいね」
ユリアはそう言うと、クララの付き添いでこの場を去った。




