第5話 腹黒令嬢はお断り! 王子の暗躍と、少女の執着
第2王子の勢力を割くことに注力してはいるが、実の所そこまで懸念材料があるわけではない。
エドガーは王妃の息子で王位継承権第一位だし飛び出て優秀というわけではないが倫理観もしっかりしていて、いずれ王として国を引っ張っていくという自覚も責任感も持っている。
こいつに任せておけば間違いないだろうとユリシスは思っていた。
ユリシスが王宮の回廊を歩いていた時、エドガーに声をかけられた。
「久しぶりですね兄上」
「お前もな。ちょっと来てくれないか。お前に相談があるんだ」
そう言ってエドガーは自室にユリシスを招いた。
「これなんだがな……」
と、机の上に渦高く積まれているのものの一つをユリシスに渡す。
ユリシスはそれを受け取ると、その冊子を開いた。
「見合いですか……」
「ああ。私もそろそろ婚約者を決めないといけなくてな」
エドガーは頭を搔く。
エドガーは今年で20歳になった。
毎日毎日その話題で頭を悩ませられているらしい。
これだけ机に見合い用の絵が送られてきているが、実際にはある程度は絞られているらしい。
「そこでお前にこの中からめぼしい令嬢をピックアップしてくれないか。お前は特に人を見る目があるから」
「買い被りすぎですよ」
「何言ってるんだ。お前が色々動いてくれてるおかげでこっちはだいぶ息がしやすくなったんだから」
クリスティナが悪女になることを阻止するために動いていただけなのだが第1王子側にも恩恵が行っていて、この5年で頗るエドガーとの仲が良くなっていた。
王妃とも頻繁に茶会に招かれ、意見交換を行っている。
ユリシスは笑いながらも差し出された5冊を順に見ていく。
そして3冊目で手を止めた。
「この令嬢……」
エドガーが覗き込む。
「ああ、フィラネンス伯爵令嬢か。何度かダンスを踊ったり食事会でも席が隣で話したことがある。派手じゃないが堅実で、会話も教養があって話しやすかった。家柄も問題ないし、正直彼女がこの中で一番有力だ。…………ユリシス?」
ユリシスは顔を真っ青にしていた。
「兄上、彼女だけは絶対にダメです」
「なぜ」
前の世界でユリア・フィラネンス伯爵令嬢はミカエルの妃だった。
ユリシスの脳裏に、薄水色のドレスを纏った女の仄暗い笑みが蘇る。
見た目は清楚だが、その裏にある野心を彼ユリシスは知っている。
権力欲に溢れ腹黒い。
自分の無害そうな見た目を活かして人を貶める汚い人間だ。
ミカエルの妃になる前はエドガーの妃を狙っていたはずだ。
なぜ彼女が前の世で第一王子妃にならなかったのかはわからないが、概ね王妃の眼鏡に叶わなかったのだろう。
女の内面の醜さは、女が一番感じ取る。
そして彼女は第二王子妃で終わりたくないと、王になりたいミカエルと共に虎視眈々と王妃の座を狙っていた。
そこをクリスティナに利用され王位継承争いの火蓋を切った原因の1人だ。
「ともかく彼女はダメです。こういう一見無害そうな女が一番危ないんです。兄上には……そうですね」
そう言って残りの冊子を開ける。
4冊目は前の世でエドガーの妃だった人だった。
彼女でも悪くないが、彼女では王位継承争いを止められなかった。
そして5冊目を開き、ユリシスは微笑んだ。
「彼女がいいでしょう」
「ケイフォード公爵令嬢か。彼女は軍部に所属しているというのもあるかもしれないが、血の気が多くて人の話を聞かないと言われているぞ」
「それは誰から聞いたんです?」
ユリシスはため息を吐く。
「兄上。兄上が自分の見たものしか信じない気質があることは理解しています。しかし入ってきた噂もそれをそのまま受け取ってはいけません。人の行動の裏には必ず心理適要因が潜んでいます。まずは彼女の家庭環境を教えてください」
「家庭環境の何が関係あると言うんだ……。公爵と公爵夫人と上に男兄弟3人と末娘の彼女だ」
「その通りです兄上。彼女は非常に成績優秀で女学校では常に首席だったそうですよ。利発で自分の専門分野以外にも明るい。では上の兄弟3人は?」
「これといって聞かないが……」
「そこです兄上!」
ユリシスがエドガーにずいと間合いを詰め、エドガーは思わず後ろに仰け反る。
「彼女はとても優秀です。それこそ“男”であれば将来を嘱望された程に」
そこでエドガーはやっと思い至ったように「あ」
と呟く。
「この国では女は後継者がいないなどの特別な理由がない限り爵位は継げません。そこで彼女は上下関係がはっきりしていて、男女の区別もなく優秀なものが上へ登れる軍部を選んだんです。血の気が多くて話を聞かないというのは、自分の意見が聞き入れられず反発したからだと思いますよ。そしてその噂を流したのは十中八九兄弟の誰かでしょうね。彼女の優秀さを羨んで」
そこまで言うとエドガーはユリシスを真剣な目で見つめていた。
「お前は、彼女、グレイス・ケイフォード公爵令嬢に会ったことがあるのか?」
ユリシスは微笑んだ。
目を瞑ればかつての世で男顔負けにステッキを振り回し、下士官に指示を飛ばしていた勇ましい姿が蘇る。
そしてこの世界でも既に何度か面識があった。
「私が前に書いた魔法理論の論文が目に止まったようで、意見交換に呼ばれましてね。グレイス嬢は女学校でも目立つ存在で、王子様のような存在だったそうですよ。そんな彼女に会って見たいと思うのも無理はないじゃないですか」
「お前の魔法理論の論文をか」
ユリシスも魔法理論の世界では名の知れた存在だ。
まだ17歳だがいくつか論文を仕上げ学会に提出している。
そして中身も難解で、理解できるものも大学の教授ですら少ないのではないかと言われている。
ユリシスもその世界では天才と言われる存在だ。
実は前世でもその道ではそれなりに名の通った魔法師だった。
それを今自分の知名度と有益性を上げるために十二分に活用していた。
「彼女は非常に優秀です。彼女が一番未来の王妃に相応しいと思います」
エドガーは腕を組み考え込む。
「しかしそこまで優秀なのであれば、自ら王権を取ろうとするのではないか?」
そこはユリシスも危惧していたところだった。
「一切ないと言いきれない所が彼女の強みですね。しかし懐に抱え込めれば強い。それに、私は彼女がそういうことをする人間には思えないのです」
前の世でも軍部にあって、上官の命には逆らわなかった。
それがどんなに理不尽であっても。
その場合、彼女は自らの地位を上げるよう行動し、仕組みを変えようとした。
定められたルールの中で、彼女は現状を打破しようとしていた。
「1度会って話をして判断されるのが良いかと思います。可能であれば私も同席させてください」
「ああ、頼む」
ユリシスは微笑むとエドガーの自室から退室した。
その日の夜、ユリシスは自室で本を読んでいた。
高頻度でユリシスの自室に入り浸っているクリスティナも一緒だ。
クリスティナは最近始めたらしい編み物をしていた。
なかなか上手くいかないようで、編んでは解いて編んでは解いてを繰り返していた。
意外と根気いいなと思いながら、ふとあることを思いついた。
「クリスティナ、そろそろ魔法の勉強をしようか」
「えっ魔法?」
クリスティナは作業を止めユリシスを見る。
「ユリシスが教えてくれるの?」
「そうだよ。これでも魔法学、魔法理論、魔法実技は学年1位だからね」
そうでなくても前の世界では腐っても宮廷魔法士だった。
魔法については知り尽くしている。
クリスティナは嬉しそうに顔を輝かせた。
(兄上の婚約者探しも始まったし、これから王位争いも激化するだろう。クリスティナに正しい魔法の使い方を教えるのにいい機会だ)
クリスティナは向かいの席からユリシスの隣のソファに移動するとあることに気づいた。
「ユリシスいい匂いする〜。何つけてるの?」
「あ〜髪の毛のやつかな?」
そう言って引き出しから整髪用の香油を見せる。
最近王都で流行っている人気の香油の店で買ったものだ。
容器の意匠も凝っていて香水瓶のような芸術性がある。
「すごい綺麗!いいなあ、私も欲しい」
「女性用のラインナップの方がかなり充実してたし今度見に行くか?」
「いいの?やったー!」
クリスティナは嬉しくなりユリシスに抱きつく。
そしてユリシスの薄金色の髪が目に留まる。
「ね、髪の毛触っていい?」
「なんで?」
「綺麗だから!」
そして許可を貰いユリシスの髪に触れた。
細いが柔らかくて艶々でサラサラだ。
「どうしたらこんなに綺麗なの?」
「そりゃあ毎日手入れしてるからだよ。髪は男の命だぞ。綺麗な髪は女だけのものじゃないからな」
ユリシスは結構綺麗好きだ。
部屋もいつも綺麗にしているし、身だしなみだって完璧だ。
髪は長いがしっかり手入れされているので清潔感が見てとれ色気すら感じられる。
顔も整っていて人当たりもいい。
会話はウィットに富んでいて知性も伺い知れる。
そして王子であることからもユリシスが女性に非常にモテて、縁談がひっきりなしに来ていることもクリスティナは知っていた。
「私、早く大人になりたい」
「急にどうした。無理に背伸びしたっていい事ないぞ」
クリスティナはユリシスを無視して彼の背中に顔を填め、気が済むまでユリシスの匂いを吸い込んだ。




