第4話 幸せな時間
それからユリシスとクリスティナは徐々に打ち解けていった。
ユリシスとダイアナの方針で、暫くはマナー講師や勉強の講師はつけさせず宮殿で自由に過ごさせることにした。
ユリシスもダイアナから聞いて初めて知ったことだったが、彼女の体には無数のあざがあった。
恐らくバウスフィールドで日常的に虐待されていたのだろう。
体も七歳児のそれよりは小さい。
いつも何かに怯えていて、人との関わりを極端に避けようとする。
そのため心の傷が癒えるまではなるべく心を許したもの達だけで過ごせるようにし、メイドや侍従といった使用人に至ってもできるだけ温厚で人生経験の豊富な者を側につけさせた。
その効果はすぐに現れて、明るいる笑顔をよく見せてくれるようになった。
「ユリシスーーー!遊ぼーーー!」
最初にこの宮殿に来てから三ヶ月。
クリスティナは朝食が終わると毎日ユリシスの元へ来て遊んでとせがんでいた。
「来たな、暴れん坊」
最初の頃こそ戸惑いもあったユリシスだったが、ここまでくれば立派に小さな子の面倒が見れるようになっていた。
「暴れん坊じゃないもん」
柔らかくて美味しそうなほっぺがぷくりと膨れる。
「そうだったな。ごめんな。で、今日は何する?」
「今日はねー、お人形遊び!」
「はいはい、じゃあ私はどれを使ったらいいのかな?」
時には人形遊び、時にはかくれんぼ、時にはちゃんばらごっこまでユリシスはなんでも付き合った。
偶に自分が白熱しすぎてクリスティナに嫌がられることもあったが。
夜には1人で眠れないと言うので、寝付くまで側で子守唄も歌ってあげた。
「ユリシス、そこ音外れてるよ」
「えぇ〜。いいんだよここはこの音調で。お母様もそうやって歌ってたんだから」
「えぇ〜〜」
「はいはい、いい子は細かいことは気にせず早くねんねしなさい」
「気になって逆に眠れないよ〜」
そしてさらに3ヶ月がすぎた頃、クリスティナに家庭教師をつけることになった。
この頃には人への警戒もだいぶ取れ、ユリシスの動作を真似て食事もスムーズにできるようになっていた。
家庭教師からの心象もよく、クリスティナは優秀な生徒として勉学に励んでいた。
ーーーーそうして、5年の月日が流れた。
ユリシスは17歳、クリスティナは12歳になっていた。
この頃になるとユリシスは王立の貴族や王族の子息が通う学校へ通っていた。
背は高く、声は低くなった。
薄金色の髪は肩まで伸ばし後ろで緩く結んでいた。
元々端正な顔立ちだったが、タレ目な碧玉色の目と年相応に見えない雰囲気が男の色気を醸し出し、令嬢に非常にモテる色男へと成長していた。
「ユリシス!帰ってたんだ!おかえりー!」
「うわ、いきなり飛びつくなって言ったろう?」
「えへへ、ごめんなさーい」
クリスティナもまた美少女へ変化していた。
将来は美女へ成長することは確約されているので当然と言えば当然だが。
そして昔はユリシスの後ろを隠れるように歩いていたクリスティナだったが、今では元気いっぱいに過ごしている。
「あれ?今日はこれからどこか行くの?」
ユリシスは先ほど学校から帰ってきたはずなのに、また外へ出る準備をしている。
「ああ、これからクレイヴン侯爵家の令嬢と食事会の予定だ」
「え、女の人と?」
クリスティナはあからさまに嫌そうな顔をした。
「おいおい、なんでそんなに嫌そうなんだよ。」
「だって、ユリシスがとられそうで嫌なんだもん」
ユリシスはクリスティナの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「来年お前が学校に通う時のための下準備だ」
クリスティナは疑問符を浮かべた。
「下準備?何それ」
「お前のお友達になってくださいっていう根回しだよ」
ユリシスは前の世界と違って活発に人と関わり交友関係を広げていた。
最初はクリスティナの件もあり遠巻きにされていたが、生来の人を惹きつける魅力と話術で社交界の中心人物にまで登り詰めていた。
最近ではユリシスを次代の王にと望む声も出ているようだが、ユリシスは第一王子派としてエドガーの下につくことを宣言した。
お陰でそれをよく思わない第二王子派の貴族や第二夫人から嫌がらせを受けているが、ユリシスは第二王子だけは王にしてはならないと確信していた。
奴は自分が賢いと信じ込み、自分のすることは正しいと信じて疑わない。
本当に賢い者であれば自分の行いが正しいのかどうか常に疑いを持ち吟味に吟味を重ねて事を決定していく筈だ。
あれでは臣下の進言が届かなくなる。
クリスティナが悪女になろうがなるまいが、この国は終わるだろう。
そしてユリシスは第二王子の勢力をできるだけ削ぐ事に注力しており、現在は第一王子派が優勢だ。
クリスティナの周囲も、第一王子派の中でも更に力の強い家で固めようと動いている最中だ。
第一王子派の中でもユリシスは中心人物で、見目が良く女性人気が高い。
ユリシスはそれも利用してクリスティナが学校で浮かないよう努力していた。
「なんだ、好きな女の子に会いにいくわけじゃないんだ」
クリスティナがボソリと呟く。
「なんで私が好き好んで12、3歳の子を好きになるだ。おかしいだろ」
一瞬目を輝かせたクリスティナだったがまたすぐに目を半目にしてユリシスを睨め付ける。
「私!私のことは?好き?愛してる?」
「はいはい、愛してる愛してる」
このやりとりもいつものことだ。
クリスティナはまだ社交会はおろかお茶会にすら出たことがない。
外の世界を知らないのだ。
クリスティナの世界はまだユリシスとダイアナ、数人の家に来たことのある友人、家庭教師の夫人とライラック宮殿の使用人たちのみだ。
自分に執着心を持っていても仕方がないことだとユリシスは思っていた。
それも来年のクリスティナの女学校を入学するまでのことだと考えている。
「じゃ、行ってくるから。いい子に待ってなさい」
ユリシスは大きな手のひらでクリスティナの頭をぽんぽんし、その場を後にした。




