第3話 始まり
「さあ、今日からここがクリスティナ家だよ。部屋はまだできてないから暫くはここで我慢な」
ユリシスは懇親会が終わり、第三王子の宮殿、ライラック宮殿へクリスティナを連れ戻ってきた。
クリスティナを連れてきた時は皆一様に驚いていたが優秀な彼らは何も言わず仮のクリスティナの部屋を整えてくれた。
「私、ここに住んでいいの?」
「いいに決まってるだろ。自由にしていいからさ」
クリスティナの世話をさせるために控えていたメイドに引き渡し、ユリシスは欠伸をしながらひらひら手を振って去ろうとする。
しかし服の裾が後ろに引っ張られ背中がクンと後ろに逸らされる。
見るとクリスティナがユリシスの服をギュッと握っていた。
「どこいくの?」
不安そうに見つめられ、うっと答えに窮する。
「私の部屋だよ。そこを真っ直ぐ行った先にあるの。今日はもう遅いしクリスティナもそのメイドに風呂入れてもらって早く寝なさい。私ももう眠いからさ」
ユリシスがそう言うと、名残惜しそうにしながらも手を離してくれた。
「じゃ、また明日ね」
ユリシスはクリスティナの頭に手を置きわしゃわしゃと撫でると、今度こそ自室に戻った。
さっと風呂に入りベッドに横になる。
(それにしてもとんでもない1日だったな。私が過去に戻っていてクリスティナがシャルパティエに来た日だなんて)
ユリシスは深く嘆息する。
正直この国がどうなろうと知ったこっちゃない。
自分の身から出た錆が自分たちの首を絞めて勝手に皆自滅して行ったのだと思っている。
ただ、何も関係ない国の人々を苦しめ末期には沢山の人が死に飢えに苦しむのはもう見たくない。
かつての自分は何もしなかった。
自分の身可愛さに動かなかった。
自分と母を守るため最低限のことしかしなかった。
「今ならまだ、間に合う」
ユリシスはグッと自分の前に拳を作った。
「……そういえば私はあの世界で死んだのか?」
ユリシスは思考を凝らすが全く思い出せない。
思い出せるのはクリスティナと別れた最後の夜まで。
クリスティナは自分を殺さないと言った。
そして自分もその後暫く生きたような感覚がある。
だがどうしても自分が長生きしたようには思えなかったのだ。
「死んで、何かの術が発動して巻き戻ったのか?そんな術式が存在するのか?」
宮廷魔法師として働き、日々を魔法の研究に費やしていた自分が知らない術式などほぼ存在しない。
あるとするなら自分で新たな術式を構築したか。
だが、ーーー現実的ではない。
「新たな術式の構築、それも時を巻き戻すなんて芸当、一昼夜でできるほど甘いものじゃない」
ユリシスは渇いた笑みを浮かべた。
(考えたってしょうがないことか。今はただ、できることをするだけだ)
ユリシスはそのまま深い眠りに落ちた。
次の日の朝、隣に何か大きなものがあり無意識に抱き寄せる。
(昔もこんなことあったな、昨日は誰と寝たんだっけ?ジュリアナ?アメリア?)
そしてゆっくり目を開けると、そこにはすーすーと寝息を立てる小さな少女がいた。
ユリシスは飛び起きた。
「うわああああ!!!」
ユリシスの部屋にユリシスの叫び声が響き渡る。
メイドと侍従、ダイアナが駆け込んでくる。
「いかがしました!」
「どうしたの?!何かあったの!」
「……お母様、これ…」
ダイアナは布団の中を覗き込んで「あら」と微笑ましそうに言う。
そこにはユリシスの叫び声で目が覚めたクリスティナが眠そうに目を擦っていた。
それを見た侍従とメイドはほっと胸を撫で下ろしていた。
「おはよう、ユリシス……」
「おはようじゃないだろ!!なんでここにいるんだ!」
クリスティナはビクッと肩を振るわせる。
「だって、だって……眠れなかったんだもん…」
ユリシスの声に驚いたクリスティナが目に涙を浮かべひくっひくっと嗚咽し始める。
「あぁ〜〜……えっと、怒ってるわけじゃないんだごめん」
侍従がさっとハンカチを用意してくれ、それでクリスティナの涙を拭く。
「女の子は男の部屋に勝手に忍び込んできちゃダメなの。しかも布団の中に潜り込んできて……」
ため息をつく。
側でメイドがダイアナに何か耳打ちしている。
昨日クリスティナの世話をした40半ばのベテランだ。
ダイアナは合点がいった様に頷いた。
「ユリシス。今日のことはびっくりしたでしょうけど、クリスティナが落ち着くまでは暫く一緒に寝てあげなさい」
「は?なんで?」
「なんででも。後で理由は説明するわ。2人ともまずは着替えて朝食の間へいらっしゃい。一緒に食事にしましょう」
「はいはい…」
ユリシスはがっくりと肩を下ろしベッドから降りた。
「クリスティナ。またあとでな」
「………」
「さ、姫様はこちらへ」
クリスティナは渋々メイドに連れられて部屋を出て行った。
朝はいつも通り母と軽めの朝食を取る。
今回からはクリスティナが加わった。
ユリシスは気にせずばくばくと食べているが、クリスティナはユリシスの一挙手一投足を確認してから食事に手をつける。
「クリスティナ、ここは別にマナーなんか気にせず食べていいんだよ。今は私とお母様しかいないし」
「でも……」
クリスティナが言い淀むとダイアナが「そうねぇ」と頭を捻る。
「マナーは一朝一夕で身につくものでもないから普段から気にすることは必要だと思うわ。幸いユリシスは行儀作法だけは身についているからお手本にするといいわよ」
「なんだよ、行儀作法だけはって……」
ダイアナはユリシスを一切視界に入れずクリスティナに言う。
「でも、緊張はしなくて大丈夫よ。ユリシスのことは兄、私のことはお母さんだと思ってのんびりしてくれていいから。ね?」
ダイアナが微笑んで言うが、クリスティナはぼろぼろと涙をこぼし始めた。
「あらあら!どうして泣いちゃうの〜〜」
焦ったダイアナが慌てて涙をハンカチで拭う。
「顔が怖いんだよ、顔が」
にやにや笑っているとダイアナに頭を殴られた。
「いっ………」
あまりの痛みに頭を抱える。
「暴力は反対だぞ。クリスティナはこんな大人になっちゃダメだからな!」
「全く、男の子は不調法で嫌だわ」
「誰が産んだんだっけ?」
「ユリシス!!!!」
ダイアナとユリシスが言い合いをしていると、最初はポカンと口を開けて見ていたクリスティナだったが今度はころころと鈴を転がすように笑い始めた。
ダイアナとユリシスが顔を見合わせる。
そしてお互い吹き出し3人で仲良く笑いあった。




