第25話 「あなたは、一度死にましたかな?」
次の日からユリシスは通信機の最適化に取り組んでいた。
隣にはギデオンがいて、使いやすい機械の形であったり構造をお互いの意見を出し合って設計していた。
ヴィオラも近くで専門書を持ってきたり忙しなく働いていた。
そして授業の為にギデオンが席を外している時に、ヴィオラがカスティエル教授に呼ばれた。
「すまない、ヴィオラ嬢。急で申し訳ないのですが、王都の書店でここにメモしてある本を買ってきて欲しいのです。予約してあるので店主に聞けば出てくるはずです。本来なら私が行かねばならないのですが、生憎行けそうになくて……」
「わかりました!任せてください教授!」
ヴィオラが快く応じるとカスティエル教授はほっと肩を撫で下ろした。
「少し重いので男子学生に頼むべきなのですがみなで払っているようなのですみませんが、よろしくお願いします」
カスティエル教授はそれだけ言い残すと上着を羽織って急いでどこかへ移動して行った。
それを横で見ていたユリシスはヴィオラに近づいた。
「そのメモ、ちょっと見せてくれる?」
「わっ!殿下!」
急に現れたユリシスにヴィオラは驚いて固まりながらもカスティエルに渡されたメモを渡した。
ユリシスはそれを見てため息をついた。
「この本は結構重いよ。それを3冊も……。これは私が行っておくから君は蔵書の整理の続きをしてくれる?」
ユリシスはそう言うとメモをヒラヒラさせてさっさと研究室から出ていこうとする。
それをヴィオラが呼び止めた。
「あの!私、1人でいけます!殿下に行かせるだなんてそんなこと……」
「ここの書店は私もよく行くところで丁度見たいものがあったんだよね。だから気にする必要は無いよ」
ヴィオラを見ずにどんどん歩いていくユリシスに、ヴィオラはおろおろしながらももう一度呼び止めた。
「でしたら私も行きます!私も1度その書店は行ってみたかったので!」
目をキラキラと輝かせるヴィオラにユリシスは嘆息する。
その書店は古くから王宮の近くに店を構えており、娯楽本から専門書まで多種多様な本を沢山揃えていた。
店内もとんでもなく広い。
ヴィオラも研究者の端くれで興味を持つことは想像するのが容易なことだった。
「好きにしたら?」
ユリシスの言葉にヴィオラは嬉しそうに笑った。
2人が王宮を出て歩いていると、川べりに軽食を売る露天が店を出していた。
いい匂いがこちらまで漂ってくる。
「殿下、とってもいい匂いですね」
「そうだね」
ユリシスは全く興味がなかったので周りも見ずにさっさと目的地までの道を歩く。
「わっ、殿下、あれとかすっごく美味しそうですよ。私、買ってみようかな……」
新しいおもちゃを見た子供のようにはしゃぐヴィオラをユリシスはチラリと見る。
「食べ物はやめておいた方がいいよ」
「えっ、どうしてですか?」
「この王都で店も構えず露天で簡易的な軽食を売るということは、それだけ資金が限られている店だということだ。資金が限られているということは、食品や設備に金をかけられないということ。そこで使われている油もいつ変えたのか分からない色をしてるだろ?」
「わ、本当だ。真っ黒……」
ヴィオラは近くの揚げ物を売っている店舗を見て口元を抑えた。
「それと1番問題なのは水。ここに給水設備なんてものはないだろう?どこでいつ汲んだか分からない水を使って調理をしたり洗い物をしたりしてるってことだ。私たちなんかがそうして出来た食べ物を食べるとどうなると思う?間違いなく腹を壊すぞ」
ヴィオラはそれを聞いてしゅんと項垂れた。
「世間知らずでした。ごめんなさい」
ユリシスはヴィオラを見て社交辞令的に微笑んだ。
「まあでも、庶民の暮らしを体験してみようとする君の気持ちは悪いことじゃないと思うけどね」
ヴィオラは顔を真っ赤に染めてそのまま俯いた。
ヴィオラがそうしている間にもユリシスはどんどん先へ進んでいく。
「あっ、待ってください殿下!」
ヴィオラは懸命にユリシスを追いかけた。
露天を超えて少し行くと、三階建ての大きな石造りの建物が見えてきた。
「あれが目的地のアステリア書店」
「あれが………」
中に入るともっと圧巻だった。
カスティエル教授の蔵書の数もなかなかのものだが、広い店内には本棚が所狭しと並べられ分類ごとに分けられている。
ヴィオラが目をぱちくりさせていると、ユリシスはヴィオラに声をかけた。
「店主に声をかける前に私は自分の欲しい本を探してくるから、君も店内を見て回るなら見て回ってきて。それじゃ」
「あっ………」
ヴィオラは1人取り残されてしまい、呆然としていた。
ユリシスはヴィオラを撒くと、目当てだった本のエリアまで来た。
そこにあるのは精神に作用する魔法に関する物だ。
記憶に影響する魔法といえば精神魔法が大きく関わっていることが多い。
しかし危険で乱用されると困る領域であるため、使用者は医師や専門的知識を持った術者にのみ使用を許されている。
禁書扱いが多い分野であることから大衆に売られている本に詳しい内容のものはほぼ無いだろうと思われるが、それでもなにかヒントになればとここまで足を運んでいた。
ふと、周囲から他の客の気配や衣擦れの音が消えた気がした。
「なにか、お探しですかな」
気が付けば隣には絵画に出てくる神のように髭を伸ばし、眉毛も伸びて目元を隠している腰の曲がった小さな老人がいた。
「ええ。記憶が曖昧な所があるので」
「記憶が………原因はおわかりで?」
「いえ……」
老人はユリシスをじっと見つめる。
「…………あなたは、一度死にましたかな?」
ユリシスは目を見開く。
「なぜ……」
「いいえ、あなたは確かに存在している。しかし、あなたは少し異質ですな。まるで違う時を生きているかのようだ」
ユリシスは答えない。
「そして、あなたの頭上に黒い糸のようなものがまとわりついている。きっとこれが、あなたの記憶に作用しているのでしょう。これは精神系魔法…………いや、どちらかといえば古代魔法か?」
「古代魔法?」
古代魔法といえば既に使われなくなった術式だ。
古代魔法は原始魔法ともされ、多くは作りが荒く、現代魔法の方が研究に研究を重ねられより少ない魔力で威力の強い魔法を作り出すことが可能だ。
しかし一部には倫理的な観念や、継承者の不在から使用を著しく禁じられたり使用方法すら忘れ去られた術式が存在する。
それを一纏めに古代魔法と呼び、一部は禁忌魔法に属する。
それらの史料は王宮の奥深くに眠っており、王すら気軽に閲覧することを禁じられている。
「これが術式に組み込まれたものなのか術による代償なのかは判断できませぬが……。なんて強固な結び目だ。わしでは解くことは不可能だ」
「…………あなたは誰なんです?」
「わし?わしはただの本好きのじじいですよ」
ほほほ、と老人は笑う。
「……そろそろ時間のようですな。お連れ様があなたを探しておいでだ」
ユリシスが耳を澄ますと、確かにヴィオラが自分を探している声がした。
ユリシスは老人の方を見た。
「また、会えますか?」
「さあて、必要であればまた巡り会えましょう。人と人の出会いは縁ですので」
「殿下!よかったここにいた」
ヴィオラが駆け寄ってくる。
それと同時に、今まで遠ざかっていたページを捲る音や周囲の客の話し声がどっと耳に押し寄せてきた。
ユリシスがヴィオラに気を取られ、もう一度老人がいた所を振り向くとそこには誰もいなかった。
(なんだったんだあの老人は)
ユリシスは自分の頭上に黒い糸など見えない。
それを言われたこともない。
それに古代魔法など厳重に管理されていて誰も手に出来ないはず。
前世で宮廷魔法師だったユリシスですら所在を知らなかった。
「殿下、そろそろ帰りませんと教授に叱られてしまいます」
考え込んでいたユリシスは現実に引き戻される。
「……そうだね、そろそろ帰ろうか」




