第24話 アメトリンの残像と、瞳の奥の欠落
「おい、ユリシス。お前クリスティナのエスコートするんだって?」
大学で講義を受ける準備を進めていると隣に座ってきたギデオンに声をかけられた。
「それがなに?」
ギデオンも見ずにぶっきらぼうにそう答える。
ギデオンの顔は見なくてもわかる。
どうせニヤニヤ笑っているのだろうから。
「ローズが言ってたぜ。学校でもうっきうきだったってよ」
「それは良かった。でも順当にいけば私になるって分かりきったことだろう?」
「まあ、それは確かにそう」
ギデオンも感情より理論の方が強いので、それ以上は突っ込んでこなかった。
これがエリザだと根掘り葉掘りうるさかったんだろうなと勝手に推測する。
「そういえば、エリザは元気してる?」
「ああ、毎日うるさい」
ギデオンとエリザはこの春なんやかんやありながら婚約した。
今エリザは花嫁修業と称してギデオンの家にいた。
「良かったじゃないか、念願叶って想い人が家にいるんだからさ」
ギデオンはポリポリと頭をかいた。
「………そういえば、魔法理論のカスティエル教授がお前の事呼んでたぜ。授業が終わったら部屋に来いってさ。俺も一緒に呼ばれてるけど」
「はいはい。君はそれを先に言うべきだったね」
ばつが悪そうなギデオンにユリシスは苦笑すると、まずは目の前の授業に集中することにした。
授業が終わりギデオンと共に教授の元へ行く。
オーレリアン・カスティエル教授は魔法理論の権威で、大学内に広い研究室を与えられ多くの研究生と共にそこで研究を重ねていた。
ユリシスもここで学んでいるひとりだった。
扉を開けてすぐに大きな窓と、その前に置かれたカスティエル教授の大きな机が目に入る。
机の横には天井に届きそうな本棚がいくつも並べられ、どれも几帳面に高さと種類別に分類されていた。
カスティエル教授は席に座って待っていて、教授の側には女性が立っていた。
腰まである栗毛色の長い髪にアメトリン色の瞳の、すっきりと整った面立ちの美女だった。
背は高く、胸はあるのに腰は細くくびれている。
ユリシスはどこかで見たことある気がするなと思いつつ挨拶がてら女性に微笑みかけると、初老の、豊かに髭を蓄えている教授に向き直った。
「お呼びだと伺ったのですが」
「ああ、殿下、ギデオン君。わざわざお呼びたてしてしまって申し訳ありません。殿下の開発された通信機に関してですが、軍部で量産が決まりましてね」
「そうですか」
「驚かないのですか」
「ある程度の予想はしていました」
通信機が公衆の面前で使用されてから軍部の人間がそれに目を付け、軍部でも使用できないか交渉が進められていた。
現在はまだ限られた王族と軍部の上官、国府の長官級にしか使用が認められていなかった。
「殿下とギデオン君には通信機の軍需品としての転用と量産を成功させるためにお知恵をお借りしたく思っております。もちろん、研究に必要な部屋や資材はこちらで用意しますし、人間も軍部から人材を派遣してもらうことになっておりますので」
ユリシスは少し考え込む。
「なるほど。そういう事でしたら私は構いません」
「ご了承いただけると?」
「もともと私が魔法陣を構築して作ったものですからね。私の就職先も軍部ですし、私がいた方がいいでしょう。ギデオンはどう?」
「俺も別に構わないけど」
ユリシスは女性の方を見る。
女性は少し慌てたように微笑んだ。
「こちらの方は?」
「この令嬢はヴィオラ・ラングリッジ子爵令嬢。他学科の生徒ではありますが、今回の魔術陣に関しての興味と、魔鉱石を使った魔法理論の深い知識から今回の件で殿下たちの補助をしてもらいたいと思っています。優秀な学生ですので勉強も兼ねてお力になれるだろうと考えております」
「ヴィオラ・ラングリッジ……?」
ユリシスはもう一度よく彼女を見る。
ユリシスが見つめると、ヴィオラは照れて頬を赤く染めた。
それを見てユリシスは糸が繋がった。
(――前世で、私が傍に置いていた女だ)
ユリシスはゾッとした。
なぜ今まで忘れていたんだろう。
前世とおなじ大学に通っているのだから彼女だっていて当然だ。
最近思うことは20代以降の記憶が断片的であったり、思い出せないことが多いということだ。
「殿下?どうされました?」
教授の声にユリシスはハッと現実世界に戻ってきた。
「いいえ、なんでもありません。構いませんよ」
「良かった……!よろしくお願いします。改めましてヴィオラ・ラングリッジです。よろしくお願いします」
ヴィオラは頭を深々と下げる。
(まあ別にいいか、今はお互い何も知らない他人同士なわけだし)
「よろしく」
ユリシスがにこりと笑うとヴィオラは花が咲いたように笑った。
その笑い方が、何となくクリスティナに似ているような気がした。
ユリシスはライラック宮殿に戻ると前世の自分の記憶を遡っていた。
はっきりと記憶があるのは幼少期から10代までだった。
20代では後半に行くにつれて徐々に薄く断片的になり、後半はクリスティナが別れの挨拶をしに来たのが最後だ。
(私が過去に戻ったことに何か理由があるんだろうか)
ヴィオラのことを思い出してみる。
10代のころ交際していた女性のことは思い出せても、20代になるとどんどん記憶が浅くなる。
前世でユリシスは特定の女性と長く交際をすることなく殆どが遊びと割り切った関係だった。
ただ、ヴィオラだけは気に入っていたような記憶がある。
(ヴィオラ自体悪い人間でもないし、家柄的にも悪くない。普通に接する分には問題ないか)
そして前世でのクリスティナの事を考える。
丁度前世と同じ頃、クリスティナは1人でデビュタントに出た。
最初は出ない予定だったが、母国のバウスフィールドからの要請で出ることになった。
最低限のドレスとアクセサリーを身につけ、シャペロンとエスコート役はバウスフィールドから人が遣わされる予定だったが急遽行けなくなった。
しかし出ない訳にも行かず一人で出席したのだ。
シャペロンがいないということは自分に後ろ盾がないということだ。
母親や叔母などの既婚の女性がなり、不適切な人物からデビュタントを守るという役割もある。
一人でいるということは不適切な誘いを待っていると見なされるのだ。
そしてエスコートもいないということはそのデビュタントは魅力がないというレッテルが貼られる。
つまり、シャペロンもエスコートもいないデビュタントは女性達からは汚らわしいものと後ろ指を刺され、まともな紳士は寄り付かず遊び目的のタチの悪い男たちの格好の餌食になるということだ。
クリスティナはその中で気丈に前を向いていたそうだ。
そして、そんな男たちの食い物にされたということも。
前世のユリシスは、それを後で人伝に聞いた。
「私を、頼ってくれればよかったのに」
こんな事ばかり記憶に残っている。
前世でユリシスとクリスティナは偶に顔を合わせて会話するような仲だった。
ただユリシスが気になって定期的にクリスティナの元を訪れていただけだっとしても。
ユリシスは自嘲気味に笑った。
「少し考えればその考えに行き着いただろうに。何もしなかった私が何を言ってるんだか」
ユリシスは俯く。
今自分にできることは、今世でのデビュタントを幸せにしてやることだ。
「昔のような思いは絶対にさせない」
より強くそう思った。
コンコン、扉がノックされる。
返事をするとクリスティナが使用人を連れて入ってきた。
「一緒にお茶しない?」
「いいよ、そこに座って」
ユリシスが促すとクリスティナはいそいそとユリシスの向かいのソファに腰かける。
「急にどうしたの」
「なんとなく、ユリシスの顔が見たくなって」
「そう」
ユリシスは使用人が入れた紅茶を口に含む。
「……デビュタントについて、バウスフィールドからなにか連絡はあった?」
「デビュタントには出るように、とだけ言われたわ」
クリスティナは一応留学生という立場であるため定期的にバウスフィールドと連絡を取り合っている。
クリスティナの国籍も身分もあちらにあるため、クリスティナが望むのならシャルパティエの籍へ移れるようにしないといけないとも考えていた。
「ドレスもアクセサリーも、人も何もかも私が用意するからクリスティナは心配しなくていいよ」
クリスティナは笑った。
「そんなこと1ミリも心配してないわ。私にはユリシスもダイアナ様も、お友達だっているんだから」
そう言って笑うクリスティナには一切の不安は見当たらなかった。
ユリシスは人知れず小さく安堵のため息を漏らした。
仕事が忙しすぎてなかなか更新できませんでした……:( ;´꒳`;):
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