第23話 16歳の肖像、最高のプレリュード
それから2年経った。
ユリシスは官吏や軍幹部候補生を養成する国立の大学の魔法科へ進学し、残るところあと一年を残して魔法師団への就業が決まっていた。
前世と異なるところは宮廷魔法士ではないという所だ。
宮廷魔法士は主に魔法の研究を行う。
魔法的な見地からアドバイスなどは行ったりするが、国政へは参画しない。
一方魔法師団は国王軍の中の魔法士が集まる部隊だ。
特にユリシスが通っている学校は国で一番入学難易度が高く、そこの卒業生は魔法師団の中でも上層部へ出世する道が用意されている。
上に上がれば上がるほど、国政への影響力も加わってくる。
当初ユリシスはまた宮廷魔法士になるつもりだったが、エドガーやグレイスに猛反対され渋々この道を選んだ。
本当は国政に直接関わる官吏を望まれていたが、自分の得意な分野に関われないならこの国から出てってやると脅したら魔法師団への入軍で手打ちとなった。
ユリシスとしては軍部の入隊は不本意だったが、ユリシスの特性上戦場へ行くよりも研究や作戦を練ることが得意なのでまず前戦へ送られることは無いだろうという思惑もあり妥協した形だ。
ユリシスが大学から帰るとクリスティナが出迎えてくれた。
彼女も16歳となり、さすがに飛びついてくることもなくなった。
少し大人になった彼女は、誰もが振り返るほどの美女へ成長していた。
陶器のように滑らかな肌で頬を桃色に染め、髪は艶のある銀糸。長いまつ毛に深いアメジストの瞳。
高く整った鼻梁。艶のある整った唇。
しゃんと背筋を伸ばし、マナー講師も太鼓判を押すカーテシーをしてみせた。
「おかえりなさい。ユリシス」
微笑む彼女の瞳にはユリシスに対する信頼が見てとれる。
「ただいま」
ユリシスも微笑み返し、メイドへ荷物を預ける。
「夕食の準備が出来てるわ」
「そうか、それならすぐ向かうよ」
襟元を少しはだけさせる。
クリスティナが少し顔を赤らめた気がしたが気の所為ということにする。
クリスティナと共に夕食の間へ向かうと、母のダイアナが既に着席していた。
「おかえりユリシス。今日は早かったのね」
「ただいま。今日は研究に行き詰まったから切りも良かったしさっさと帰ってきた」
「そうなの。早くおすわりなさいな」
皆で食卓を囲み食事をしていると、ユリシスはふとあることに気がついた。
「そういえばクリスティナもそろそろデビュタントの時期だな」
「えっ!!」
クリスティナはユリシスをおずおずと見つめる。
「なんだよ」
「でも、だって……」
「……?」
煮え切らない態度のクリスティナに、ダイアナはくすくすと笑って助け舟を出した。
「クリスティナはユリシスに頼みたいことがあるのよね〜」
「ダイアナ様!」
「なに頼みって」
クリスティナは顔を真っ赤にしてダイアナとユリシスの顔を交互に見ると、意を決したように言った。
「ユリシス!デビュタントは私のパートナーになって欲しいの!!」
「別にいいけど」
「え!!!」
すんなり認められると思っていなかったクリスティナは驚いて固まっていた。
「だから言ったじゃない。案ずるより産むが易しって」
「だって、ユリシスが……、私…!」
「何をそんなに慌てたり驚いたりしてるのか分からないけど、私は最初からクリスティナと出るつもりだったよ。その方が色んな意味でお前を守れるだろう?」
ユリシスはクリスティナを見る。
まだ幼さを感じるが、神が創造したとしか思えないほどの美貌は健在だ。
最近は肉付きも良くなって女性らしい体型にもなってきている。
非公式ではあるが友人のお茶会に招かれ方々に顔を出しているうちにクリスティナの美貌は確かな噂として広まっていた。
ユリシスの通う大学でも耳にしたし、ユリシス自身にも直接話を聞かれたことがある程だ。
第三王子の自分と行けば大きな抑止力になる。
ユリシスの言葉をどう捉えたのかは分からないが、クリスティナは効果音がつきそうなほど顔を明るくさせた。
「絶対!絶対よ!約束よ!!」
「わかったってば……」
ユリシスは若干引き気味だがクリスティナはるんるんだ。
にこにこで肉を頬張る。
気分がいいと余計に美味しく感じるのか頬に片手さえ当てて味を楽しんでいる。
「青春ねぇ〜〜。ちゃんとリードしてあげなさいよ、お兄さん」
「わかってますよ。お母様こそ楽しんでますね?」
「そりゃあそうよ。娘と息子のことだもの」
笑う母はどこまでも無邪気だった。
「ユリシス!次のお休みの日に衣装決めがあるの!ユリシスも来てね。一緒に選びましょう?
」
「はいはい、わかったよ……」
ユリシスは苦笑して食事を続けた。
休みの日になり、ユリシスはクリスティナと衣装決めのためデザイナーが彼らの元を訪れた。
王都で1番有名なサロンで、王族御用達だ。
貴族の女性たちは誰もがここのドレスを着たがった。
人が殺到するので、現在は伝手を持つ人の紹介や顧客である上級貴族の口添えがないとここでドレスは作れない。
ここのドレスを着ているというだけで泊が付くのだ。
クリスティナのドレスは国王の第三夫人のダイアナの口添えがあって実現していた。
「事前にクリスティナ様のご要望をお聞きしまして、何点かデザインをしてまいりました。今日はデザインの決定と色決めまでして行ければと思っております」
デザイナーはイーディス・アッシュクロフトと名乗った。
見た目は派手で奇抜ではあるが、それが妙に洗練されて見え実によく似合っている。
アイラインを派手に跳ねあげた猫のような目に白い肌、真っ赤なリップが個性をより際立たせていた。
イーディスに渡されたデザイン画をクリスティナは熱心に吟味している。
ユリシスはそれを横でチラ見していた。
イーディスは人のいい笑みを浮かべる。
「まさか第三王子殿下にお目にかかれるとは思っておりませんでしたわ。もしやクリスティナ様のパートナーに?」
「あぁ…」
「そうなの!」
ユリシスは「そうだよ」と言いかけていたところにクリスティナにいきなり被せられ、頬杖をついていた手をずるっと滑らせていた。
「私、ずっとユリシスにパートナーになって欲しかったからもう嬉しくて!」
「それは素敵でございますわね。よろしければ殿下のお召し物もお仕立てしましょうか。そうすればクリスティナ様との親和性も図れますし」
「私は別に他で……」
「いいわね!そうしましょう!」
ユリシスの言葉はまたクリスティナにかき消されてしまった。
ユリシスは特にこだわりもなかったため、まあいいかと黙る。
「ユリシスはどのデザインが好き?」
クリスティナに3枚分のデザインを見せられる。
「クリスティナはどれにしたいの?」
クリスティナは押し黙る。
「私の好みより、クリスティナがどれを着たいかだと思うよ」
ユリシスがそういうと、クリスティナはおずおずと1枚を差し出してきた。
「まあ!クリスティナ様、そちらわたくしが1番推したかったデザインですの。16歳というご年齢を考えて気品と清純さを出せるよう考えたものでございます。胸元はギャザーを作り、スタイルを際立たせます。腰元からはふんわりと裾が広がるように布をたっぷり使ってラッフルをアシンメトリーにティアード状にし、足元はチュール生地で押さえております。クリスティナ様の持つ可憐で静謐な雰囲気にとても合っていると思います」
クリスティナはユリシスを見た。
ユリシスは微笑む。
「私もよく似合うと思うよ」
クリスティナはパッと顔を明るくさせた。
「これにします」
「かしこまりました」
イーディスはメモをとったあとユリシスに向き直る。
「殿下のデザインはどうしましょう。今いくつか紳士用のものがありますがご覧になります?」
ユリシスは渡されたデザインを見ると即決でこれ、と1枚を差し出した。
実にシンプルなデザインだった。
「どうしてこれなの?もっと凝ったのにしたらいいじゃない」
口を尖らせるクリスティナに、ユリシスは呆れた顔をする。
「このパーティーの主役は私じゃないからね。その代わり布だったり縫製だったり、そっちの方に注文をつけさせてもらうさ。どう?マダム・アッシュクロフト」
イーディスは真っ赤な口紅を塗ったふっくらした唇の口角を上げた。
「勿論ですとも。シンプルでありながら見る人が見れば上質なものだとわかる、最高なものを作らせていただきますわ」
イーディスの瞳に決意のようなものが見える。
「それでは、次は色の方を決めましょうか」
イーディスは用意してきた布をざっと並べる。
同じ色でも材質や質感がまるで違い、それが何十色も並べられた。
ユリシスとクリスティナは色選びが過酷を極める作業となることを予想して、顔を見合せて苦笑いした。
イーディスが帰った後、ユリシスとクリスティナは自室へ帰るべく廊下を歩いていた。
「ねぇ、どうしてドレスと同じ色にしてくれなかったの?今流行ってるのよ、パートナーと同じ色にするの」
ユリシスはチラリとクリスティナを見た。
「言ったろ?ださいって」
色決めの時、クリスティナは流行ってるからと頑なにユリシスと自分のドレスを同じ色にさせたがった。
それをユリシスは絶対嫌だと言って頭を振らなかった。
先程も同じやり取りをしたはずだが、クリスティナは納得していないようだ。
ばっさり切り捨てるユリシスに、クリスティナは眉根を寄せる。
「ださくないわよ、パートナーと色味を合わせたカップルって本当に素敵なのよ?仲睦まじくて、お互いを思いあって……。長続きする関係になるってジンクスだってあるんだから」
「私の美的感覚からはズレるんだからこればっかりは容認できない」
ユリシスも1歩も引かなかった。
ユリシスもパートナー同士で同じ色にしたカップルを見たことがあったが、ピンクや薄水色になった男性パートナーもいて、ユリシスは身震いした。
「嫌なものは嫌だと言ったろう?それに無理やり色を同じにしなくても色彩の明度と彩度を同じにすると調和がとれる」
「でも……」
なおも食い下がろうとするクリスティナにユリシスは歩くのをやめた。
「どうしてそんなに同じ色にするのにこだわるわけ?」
クリスティナをじっと見つめると、クリスティナはどぎまぎとして俯いた。
「だって、だってみんな、婚約者と出る子は同じ色にするって言うんだもの。素敵なジンクスもあるし……」
ユリシスは呆れる。
「そもそも私達は婚約者でもなんでもないだろう?」
「それは……」
「私は、今回社交界デビューするクリスティナの保護者として一緒に出るんだ。わざわざそういうことをする必要はない」
ユリシスが言うと、クリスティナは目いっぱいに涙を浮かべた。
ユリシスは少し狼狽えた。
「なんで泣く」
「馬鹿!」
クリスティナは目をゴシゴシ擦ったが、次から次へと涙が溢れてきて止まらないようだった。
ハンカチを差し出すも拒否された。
「だったらアクセサリーをお互いの目の色にでもするか?ネックレスとピアスをスカイブルーにして、私はブローチをアメジストにする。どう?」
何とか打開策を捻り出し提案する。
クリスティナは少し考え込んでいた。
「それ、いいかも」
クリスティナは涙で目はまだ潤んでいたが、頬を紅潮させてこちらを見る。
「じゃ、決まりで」
ユリシスはクリスティナの気が変わらないうちに話を切り上げ、さっさと自室に引き上げた。
(宝石は小さめにしてもらおう………)
ユリシスは疲労感とともに机に突っ伏した。




