第22話 焦土の夢と、水明のうたかた
そして、また次の年の春が巡ってきた。
エドガーとグレイスは無事結婚式を開くことができた。
第1王子と公爵令嬢の結婚ということもあり、国内外から賓客が集まり2人の門出を祝福した。
目玉となったのは水色のハーブティー、通称アッシュフォード・サファイアだ。
水色の南国の海を思わせるような見事な水色紫になる様子は目を引いた。
そしてこのアッシュフォード・サファイアも上流階級の嗜みとして浸透していき、シャルパティエ王国は薔薇ジャムのこともあり、流行の発信地として注目を集めていくこととなる。
クリスティナはシャルパティエでも歴史のある教会で、参列者の一人として2人の結婚式を見守っていた。
高い天井に響くパイプオルガンの重低音。
ステンドグラスを透過した光が、深紅の絨毯の上に反射し、幻想的な輝きを見せている。
厳粛な雰囲気の中でグレイスのウェディング姿をじっと見つめた。
数メートルの長さにおよぶシルクのベール。
純白のドレスは、繊細なレースがふんだんにあしらわれ、職人が数千時間をかけて縫い上げたという真珠が星のように瞬いている。
ヴェールを外し、将来を近い会う2人に参列者から盛大な拍手が送られる。
演出に花びらが舞い、平和の象徴である白亜の鳩が空へ放たれた。
幸せそうな2人を見て、クリスティナは心がゆり動くのが止められなかった。
(私もいつか、ユリシスとーーー……)
その夜、ユリシスは夢を見た。
夢だと分かったのはかつて見た、焦土と化したシャルパティエの城下を眺めていたからだ。
去り際にボロを着た老婆に腕を掴まれた。
老婆は一心不乱に何かを懇願している。
夢の中のユリシスは、わずばかりの食糧与え自分の着ていた上着を掛けてやった。
街は家を失った浮浪者ばかりだった。
皆生気がなく、ただ1日を生きるのに精一杯な様態だった。
そして侍従から何かの知らせを受け取ると、大きく目を見開きその場に立ち尽くしていた。
そこで一度場面が切り替わった。
夢の中でユリシスは見慣れない部屋で一心不乱に魔法書を読み漁り、魔法の計算式を構築していた。
その側には今よりも少し歳をとったダイアナもいて、心配そうにユリシスを見つめていた。
ダイアナは何度も止めるよう言うが、ユリシスは聞かない。
体調が優れないのか何度も咳き込みながら作業を続けていた。
そしてふと、ユリシスは鏡を見た。
鏡に映った自分は青白く頬は痩け、自慢の髪はパサついていた。
髭など一度も生やしたことなど無かったが、何日も放置され無精髭が生えていた。
ただ、目だけがギョロリと精彩を放っている。
ユリシスは合わせ鏡で夢の中の自分と目が合ったような気がして唐突な恐怖に襲われた。
そして気がつけば、なんてことのない自分の自室で大量の寝汗をかいている自分がいた。
ユリシスは半身を起こすと荒い息を落ち着かせる。
「なんなんだ、この夢は……」
ユリシスの過去の記憶にはない。
しかし、自分の身に降りかかっていたかのように焦燥感と絶望が自分の中に湧き起こってきた。
まるで体験してきたかのように現実感があった。
ユリシスは頭を振るとベッドから降りた。
何となくそのまま眠りたくなくて、部屋を出ることにした。
廊下は夜でありながらも月明かりに照らされて青白かった。
蝋燭の火を灯すほどではなかったため、何も持たず行き先も決めず歩く。
大きな窓とソファのあるアルコーブに着くと、ふらふらとそこに腰掛け頬杖をつき外を眺めていた。
「…………ユリシス?」
ユリシスははっとして声のした方を見た。
ネグリジェにナイトガウンを羽織ったクリスティナがいた。
声をかけられるまで気づかなかったことに驚きを隠せなかった。
「どうしてこんな時間にこんな所へ……」
「昨日のことが忘れられなくて眠れなかったの。ユリシスこそどうして?」
「私は………」
言いかけて口淀む。
「…………まあ色々だ」
「なにそれぇ……」
クリスティナは不満そうな顔をしたが、黙ってユリシスの横に座った。
「私ね、眠れない時はいつもここに来るの。ここだと殆ど人が通らないし、窓の外も見れるでしょ?時間を潰すのに丁度いいのよ」
「へぇ……」
「…………ユリシス、何かあった?」
ユリシスは驚いてクリスティナを見つめた。
「何もないよ」
ユリシスは微笑んだ。
「ぜったい嘘」
眉間に皺を寄せて顔を覗き込んでくるので、ユリシスはクリスティナの頭をポンポンと軽く叩いた。
「…………どうして、ユリシスは本当のことを教えてくれないの?いつもそう。そうやって頭を叩いて話を終わらせようとする」
ユリシスは乾いた笑いを浮かべるしか無かった。
「言わない方がいい事だってあるんだよ」
「ふーん……」
クリスティナは納得していないようだったが、それ以上は何も突っ込んで来なかった。
「…………今日のグレイス様、とっても綺麗だったわね」
「そうだね」
「私も、いつかあの教会で素敵なウェディングドレスを着て結婚式を挙げたい」
夢見るように、祈るようにクリスティナは言う。
ユリシスはウェディングドレス姿のクリスティナを想像した。
前世のクリスティナであれば、姿形は美しくてもどこか仄暗さと人を寄せつけないオーラを纏っていた。
しかし、今のクリスティナは素直で純粋で、感情豊かによく笑う。
「お前はきっと、誰よりも美しい花嫁になるよ」
「本当?!」
クリスティナは目を輝かせる。
「嘘はつかないさ」
「じゃあ!じゃあ!隣にはユリシスがいるの」
「新婦の父的な?」
「そんなわけないでしょう!?」
ユリシスはおかしくなってくすくす笑う。
素でこんなに笑うのは久しぶりかもしれない。
「じゃあ、私は新婦の美貌に負けないようにしっかり着飾らないとね」
クリスティナは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、じゃあ、ドレスはフリルを沢山つけてふわふわにするの。ブーケも白い薔薇をたくさん使って、教会の周りも色とりどりのお花だらけにしたいわ!」
壮大な夢を語るクリスティナに、ユリシスも楽しくなってああでもないこうでもないと架空の結婚式の話をする。
ユリシスの中でも昨日のエドガーとグレイスの結婚式はとても楽しく、もう一度参加したいと思うほどだった。
前世では味わえなかった幸せを今しっかりと感じていた。
少しして2人とも無言になった時、横を見るとクリスティナが寝こけていた。
「ここで寝ると風邪ひくぞ」
「………………」
ユリシスは微笑むとクリスティナの頭を撫でた。
そして額にキスをする。
いつの間にかクリスティナの存在が自分の中でも大きくなっていることにユリシスは気づいていた。
悪夢だって、クリスティナと話していると恐怖が絆されていくような感覚があった。
どうにかしてクリスティナの笑顔を守りたいとすら思う。
今ユリシスにできることはあの夢のようにならないよう行動するのみだ。
ユリシスはソファに座り直すと、深く息を吐き出した。
次の日の朝、同じ場所で2人は仲良く方を寄せあってソファで眠りこけているのを使用人に発見された。
ダイアナの雷が落ちたことは言うまでもない。




