第21話 愛してる。家族として
「珍しいわね、ユリシスからお茶に誘ってくれるなんて」
クリスティナはわくわくしながら宮殿の庭にある東屋に来ていた。
ここは宮殿の主人がお茶を楽しむために作られたもので、周りには色とりどりの薔薇が植えられていた。
風通しもよく、そよ風と心地よい陽の光を浴びながら飲むお茶は格別だった。
「はい、これプレゼント」
「なにこれ?」
受け取ると薔薇が描かれたラベルの貼られた瓶だった。
日にかざしてみると、透き通った赤色が輝いて見えて美しかった。
「薔薇ジャム。アッシュフォード伯爵が作ったんだよ。先ずは紅茶に入れてみて」
クリスティナは瓶の蓋を開けようとしたが固くて開けれなかった。
顔を赤くして頑張っているので、見かねたユリシスが手を差し出す。
渡すと簡単に蓋を開けてしまった。
「ありがとう」
改めて紅茶に入れるため、スプーンで掬う。
「すごく綺麗……、まるで宝石ね」
そして紅茶へ入れてかき混ぜる。
透き通った琥珀色の中に花びらが舞う。
口に含むとジャムの甘みと薔薇の香りが鼻から抜けていく。
「なにこれ……!凄く美味しいし、いい匂い」
「だろ?」
口元を押さえ頬を紅潮させるクリスティナを見て、ユリシスも嬉しそうに笑う。
「スコーンにもつけて食べてみなよ」
「うん!」
スコーンも美味しそうに頬張るクリスティナに、ユリシスも微笑む。
「薔薇ジャムって、すっごく優雅な気持ちになるわね。薔薇を食べるだなんて、なんて贅沢なの……」
「薔薇ジャムはこれから王家に献上して、それからほかの貴族にも売り出すことになる」
「えっ!じゃあ私、王様たちより先に食べてるの?!」
「そういうことだな」
にやりと笑うとクリスティナは慌てていたが何処か嬉しそうだった。
そして一通り薔薇ジャムを楽しんだ後、ユリシスは使用人にあるものを持ってこさせた。
それは、ガラスのゴブレットに入れられた水色の飲み物だった。
「なにこれ!すっごく綺麗!こんなに素敵な色をしてるのに、本当に飲み物なの?」
クリスティナは興奮を隠しきれない様子で、ゴブレットを色んな角度から眺めていた。
ゴブレットはわざわざ光が反射しやすいものを選んでいた。
テーブルシーツは純白のものを使用し、そこに反射する青を見るのも幻想的だ。
屋外ということもあり、光の乱反射が生んだ世界観は自然と一体になったかのような錯覚さえおぼえる。
「それだけじゃないよ。そこに、この魔法の液体を入れます」
「魔法の液体?」
ユリシスが小さな器に入った液体をゴブレットの中に入れると、透き通った水色が紫色へ変化した。
「…………!」
クリスティナは口を大きく開けて驚いていた。
「なにこれ……!すごいっ、すごい……!」
驚きと嬉しさでクリスティナは頬を緩ませた。
「ユリシス!これどうやったらこうなるの?魔法を使ったの?」
頬を紅潮させ満面の笑みを浮かべてはしゃぐクリスティナを、ユリシスはほうけた顔で見つめていた。
「……ユリシス?」
「……ああ、ごめんごめん。魔法じゃないよ、何を入れたかは教えられないけど」
ユリシスはいたずらっ子のように笑う。
「なにそれぇ……」
クリスティナは口を膨らませる。
「でもこれは、私達だけの秘密だ。この演出は兄上の結婚式で初めて披露されることになるから」
「えっ……!」
実は先にこのハーブティーだけは王室に献上していた。
薔薇ジャムだけはクリスティナに最初に食べてもらいたかったのでまだ献上していない。
「私と、クリスティナだけの秘密だ」
唇に指を当てると、クリスティナは真剣に何度も頷く。
「……でも、どうしてそんなに大事なものを私に見せてくれたの?」
クリスティナはおずおずと、上目遣いでユリシスに尋ねる。
「そりゃあ……」
ユリシスは少し考え込むと、クリスティナに慈しむような微笑みを向けた。
「お前の、喜ぶ顔が見たかったからだよ」
クリスティナの顔がみるみる真っ赤に染った。
「…………!」
クリスティナは恥ずかしくなって顔隠した。
「おいおい、なんなんだよ」
「だって、だって……」
そしてクリスティナはずっと疑問に思っていたことを聞いてみることにした。
「どうして、ユリシスは私にこんなに優しくしてくれるの?」
これはずっと不思議に思っていた。
バウスフィールドの姫ではあるが、バウスフィールドでは虐待を受けていて後ろ盾などないに等しい。
シャルパティエには人質として来ており、こうして特別なことをして貰えるような価値はない。
それなのにユリシスは、クリスティナがこの国に来てからずっとクリスティナが良い生活ができるよう取り計ってくれていた。
ユリシスはいつもの微笑みを浮かべるだけだった。
「それは内緒」
「どうして?」
「君はそんなこと気にせず健やかに育ってくれればいいの」
ユリシスは話題を変えるようにクリスティナの頭を撫でた。
クリスティナはムッとした。
「子供扱いしないでよ!」
「はいはい」
ユリシスは、ははっと笑った
「…………私のこと、愛してる?」
「愛してるよ。家族として」
「…………」
それは多分、クリスティナにとって欲しい言葉ではなかったけれど、クリスティナは今日はそれに言及することをやめた。
ユリシスは王室に献上する前にクリスティナに薔薇ジャムを見せた。
そして、鮮やかな見たこともない水色の飲み物が色を変える事も、クリスティナの為に用意してくれた。
クリスティナはそれがどうしても嬉しくて仕方がなかった。
「そうそう、この薔薇ジャム、王室に献上し終わったら、いくつかあげるから友達の家に持っていったりしていいよ。後でそれが、クリスティナの立場を上げることに繋がるから」
「どうして?」
「しばらくしたらわかる」
クリスティナは首を捻ったが、ありがたくユリシスの申し出を受けることにした。
それからしばらくしてクリスティナはユリシスの言っていた意味を知ることになる。
薔薇ジャムは王妃が大変お気に召したらしく、お茶の席やパーティーで披露し、爆発的に認知度を上げた。
そして、見た目の素晴らしさと薔薇を食べるという体験、香りの高さ、希少性から宝石以上の価値を持って取引されていた。
貴族たちは自分の優位性をあげるために血眼になって薔薇ジャムを求めた。
生産元のアッシュフォード伯爵家については言うまでもないが、ダイアナやユリシスにまで話は巡ってきており、連日繋がりを求める貴族たちが押し寄せて来ていた。
クリスティナも例外ではなかった。
薔薇ジャムを持ってローズやユーフェミアの家を訪れたことが広がり、学校では常に人に囲まれるような状態になっていた。
少し前までは考えられないことだった。
クリスティナはユリアに少しだけ感謝していた。
ユリアが徹底的に自分を貶めてくれたお陰で、信頼できる人とそうじゃない人を見分けられるようになった。
「クリスティナさん、ご機嫌よう」
「ご機嫌よう、ローズさん、ユーフェミアさん」
クリスティナは変わらず仲良くしてくれる2人に笑顔で挨拶する。
「おふたりは、薔薇ジャムを私に求めないの?」
「あら、私たちのことお試しになってるの?」
「そりゃあ薔薇ジャムは魅力的ですけど、私はクリスティナさんが好きだから一緒にいるんですのよ?その辺に群がってくる方たちとは一緒にしないで欲しいわ」
ローズはこちらの様子を伺っていた生徒たちを見渡す。
みな気まずそうに視線を逸らした。
クリスティナはそれを見て微笑んだ。
「ありがとうございます。お二人とも、私、大好き」
「あら!私も大好きですわ」
「私も!」
そうして3人で笑いあった。
クリスティナは確かに今、幸せを噛み締めていた。




