第2話 決意
そこには沢山の宝飾品で着飾らせられた小さな女の子がそこにいた。
かつての悪女だった頃の男好きする美貌や挑発的な表情もなく、ただ緊張感した面持ちで視線を床にしていた。
「お初にお目にかかります。バウスフィールド王国の第一王女クリスティナです。皆様におかれましては……」
予め覚えさせられていたであろう長い台詞を少し震えながらもガラスのように透き通った声色で朗々と語る。
「バウスフィールド王女の滞在を許そう
シャルパティエ王が許可すると、クリスティナは明らかに安堵した表情を見せた。
(ふーん、この時は流石に可愛かったみたいだね。ま、7つだしな)
ユリシスは前の世界でもこの場に立ち会っていた筈だがとんと記憶がなかった。
謁見の行事が粛々と進み懇親の場となった。
座席はユリシスの前にクリスティナが座った。
クリスティナの右隣にはバウスフィールドから連れてきた世話役の侯爵夫人、左にはユリシスの母のダイアナ、ユリシスの右隣には第二王子のミカエル、左隣に第一王子のエドガーが座った。
(なんだこの席……)
ユリシスは白目を剥きそうになる。
普通国賓を迎えた時は王や王妃の近くに席があるのが一般的だ。
かろうじて次代を担う王子達の近くにあるだけマシなのだろう。
なぜかユリシスがクリスティナの目の前の席で嫌いな兄弟達の真ん中だが。
「所詮人質か」
エドガーが呟いたのが聞こえたがクリスティナには届いていなかったようなのでユリシスは黙殺した。
(なんだか読めてきたな。私が今日のこと覚えてないの)
どう考えてもめんどくさい配置この上ない。
適当に話合わせてうんうん頷いて飲み食いしてさっさと出て行ったに決まってる。
ユリシスはそっと嘆息した。
「長旅で疲れただろう。寛ぎ歓談されるといい。乾杯」
国王の短い挨拶の後食事会が始まった。
ユリシスは黙々と食べ進めるが、クリスティナの手が全く動いていないのに気づいた。
「どうした?食べないのか?」
何の気なしに呟いた言葉だったが、クリスティナはおずおずとユリシスと目の前に用意された食事を見比べる。
「えっと、あの……」
もじもじと顔を赤らめて下を向いていたクリスティナだったが意を決したようにユリシスを見た。
「食べ方が、わからないの!」
クリスティナが言い切った後周りはぎょっとクリスティナを見た。
隣の侯爵夫人は怒りで肩が震えていた。
かろうじて笑顔は保っていたが額には青筋が浮かんでいた。
(確かクリスティナは自国でも虐げられてだんだっけ?詳しくは知らないけど)
クリスティナは周りの様子と侯爵夫人を見て震えて小さく縮み込んでしまった。
「ま、そんなこともあるか〜。ここシャルパティエだしお前ぐらい小さかったらマナーの一つや二つわかんないよな」
ユリシスは周りの様子を把握しながらもなんて事のないように流す。
「よし、私がお手本を見せてあげよう。こういうややこしいやつのカトラリーは1番外側にあるのから順番に使ってく。今回の場合はこれだ」
1番外側にあったナイフとフォークを見せる。
クリスティナは戸惑どいながらもナイフとフォークを持つ。
「持ち方はこう!よしよしうまいぞー。あとはサーモンの端っこをフォークで押さえて、食べ切れる分だけナイフできる。それを口に入れる」
ユリシスが食べてみせるとクリスティナも真似して口へ運んだ。
「どうだ?美味いだろう?」
ユリシスがニカッと笑って見せればクリスティナも初めてにっこりと笑った。
顔を真っ赤にさせ、目には少し涙が滲んでいた。
「後は美味しく食べたらいいんだよ。わかんなかったら私の真似したらいいから。ね?」
「うん!ありがとう!」
にこにこ笑い合ってれば周りの緊張感も少し和らいだように思えた。
母がうんうんと微笑ましそうにこちらを見ていたのはちょっとうざかったが。
「なんだよ、シャルパティエもバウスフィールドも国際マナーに則ってんだから変わりなんかない筈だろ。お前やっぱり馬鹿だろ」
ミカエルが小馬鹿にしてくるがユリシスは柳に風で受け流す。
「そうだっけ?馬鹿だからわかんねーわ。お前こそ賢いんだったらちゃんと歯磨きしてんだろうな。口臭いぞ」
「なっ……!」
「ぶはっ……」
こういった場では言葉に裏の裏の意味を持たせて上品に会話するのがセオリーだ。
普通だったらありえない。
仕掛けたミカエルもあまりのことに言葉が出てこないし、エドガーは吹き出してしまった。
「お前、本当に変わったな。前なら何も気にせず自分のペースで食べて当たり障りのないこと話して早々にいなくなってただろうに」
ユリシスは少しギクリとした。
(バレてる……)
「なんだ、意外と人のこと見てるんだな」
「当たり前だろ、俺は次の王だぞ」
ユリシスと目を離さずいう。
その目はそれを信じて疑わないかのようで、自信すら感じた。
ふーん、とユリシスは少しエドガーのことを見直していた。
ミカエルはそれを憎らしそうに見ている。
「まあまあそんなことより食べよう。せっかくの夕食なんだから」
もう10年もしたら俺の目の前に座ってる可愛らしい生き物が闇魔術を駆使する悪女と呼ばれて世界をどん底に引き落として夕食どころの騒ぎじゃなくなるんだから……とは口が裂けても言わない。
そしてハッと気づく。
ユリシスはクリスティナを見る。
クリスティナは何かわからず小首を傾げて疑問符を浮かべながらも微笑み返してくれた。
無邪気な様子がいじらしい。
この子をこの純粋なまま汚さずに育てたらいいんじゃないか?
「クリスティナ、紹介が遅れたね。私は第三王子のユリシス・シルヴァン・シャルパティエだ。ユリシスって呼んでおくれ。よろしく」
「よろしく」
「クリスティナはこの後どの宮に住むことになるんだ?」
「宮?」
クリスティナが疑問符を浮かべる.
「なんだお前、聞いてないのか?」
ミカエルがふふんと鼻を鳴らし小馬鹿にしてくるが、ユリシスは内心ほくそ笑んでいた。
「なにが?」
わざとすっとぼけてみせるとミカエルは得意になって言葉を続ける。
「さすがは王女の前に座らせられるだけあるな。こいつにそんないいところ用意されるわけないだろ。コーネリア宮殿の端の端さ」
コーネリア宮殿とはこの王宮で最下層の貴賓に用意される場所だ。
建物として大きくなく装飾も最低限。
王宮からも遠く間違っても一国の王女にあてがわれるところではない。
「ふーん、じゃクリスティナ、私の宮に来るか?」
「え?」
「は?」
クリスティナは目を丸くし、周りのもの達も唖然としている。
エドガーが急いでユリシスに耳打ちする。
「お前、自分が何言ってるかわかってるのか。この王女を招き入れるということは、お前の信頼性を一緒に落とすということだぞ」
クリスティナはバウスフィールドがシャルパティエに戦争を仕掛けたことに対する贖罪の品でバウスフィールドの不義理の証拠だ。
今は形式的に一国の王女として扱われているが、国家間の嫌悪感情が高まっている中、明日からの対応は悪い方に移ろいでいくだろう。
かつてのクリスティナはその中で何年も過ごしてきたのだ。
性格が歪んで当然だとユリシスは思った。
「そんなの私には関係ない話だ。それに私は王位になってこれっぽっちも興味ないからさ」
心配そうに見つめるエドガーにユリシスはヒラヒラと手を振る。
「それにずっと妹が欲しかったんだよなあ。クリスティナが私の妹になってくれたら嬉しいんだけど。ね、お母様」
母のダイアナに同意を求めると、彼女はにっこり笑って頷いた。
「こんな可愛い子が来てくれると嬉しいわ。私ほんとは女の子が欲しかったのよ。こんな見てくればかり綺麗な風来坊じゃなくて」
「こんな風来坊で悪うございましたね。で、クリスティナはどうしたい?」
クリスティナは黙り込み、侯爵夫人を見て恐怖に怯える表情をしたが、振り切りユリシスの方を真っ直ぐ見上げた。
「私、ユリシスのところに行きたい」
ユリシスは笑った。
「そうこなくちゃね」
ユリシスは手を挙げた。
「父上ー!クリスティナを俺の宮に住まわせてもいいですかー」
またしても周囲がざわめく。
「はしたないですよ」
王妃が嗜める。
「ごめんなさい」
王は嘆息し口を開いた。
「なぜ」
「妹が欲しいからでーす」
王は面白そうにユリシスを見る。
「まあいいだろう。好きにしなさい」
「やったぜ。よかったな、クリスティナ」
「うん!」
エドガーは額に手を置き頭を振っているし、ミカエルは少し嬉しそうに下卑た笑みを浮かべている。
懇親会に招かれた貴族達もヒソヒソと噂話を重ねている。
ユリシスは誰に何を思われようが関係なく満足して胸を張っていた。




