第17話 聖女の仮面が剥がれる音
「私が、証言いたします。ユリア・フィラネンス伯爵令嬢は、確かに私たちにクリスティナ様を孤立させるよう仕向けました」
クララ・フェアフィールド侯爵令嬢だった。
クララは幼い頃からユリアと親交があり、女学校ではよく一緒にいたため仲の良い友人同士と周りには見られていた。
「クララ様、どうなさったの。私達、仲のいい友人同士ではありませんか」
ユリアの取り巻きの1人だ。
彼女にはどこか焦りが見える。
クララはビクッと肩を震わせるが口を結んで顔を上げる。
「私たちが仲がいい?笑わせないでください。私はそんなこと一度も思ったことがありません。もちろん、ユリア様に対しても」
どういうことだ、と周囲の大人たちも含め顔を見合わせる。
「ユリア様と一緒にいたのは、私もずっと脅されていたからです。フェアフィールド侯爵家に利用価値があるから、そして私を第1王子妃にさせないよう監視するために」
クララは前世では第1王子妃だったが、実際は第2王子妃だったユリアの傀儡だった。
ユリアは第2王子を王とするために画策していたし、クララはそんな彼女を窘めながらも抑えきることはできなかった。
なぜ今世では彼女はここまで身を奮い立たせることができたのだろうか。
ユリシスはユリアの一派を瓦解させるために、最も崩れやすそうな所を少しつついただけだ。
調べていくうちに、ユリア達のグループはユリアを敬愛している堅い層と、彼女を恐れて固まっている層の2つがあることがわかった。
クララは恐れている層に分類されながらも、従順に振舞っていたからこそユリアを固める中心層へ入っていた。
こうした組織というものは中間層の調整役が抜けると脆い。
バランスが崩れ瓦解へと進む。
ユリシスとしてはクララと秘密裏に接触し、こちら側に流れるよう背中を押した程度だ。
今この時にクララが出てくるとまではユリシスも考えてはいなかった。
ーーー何となく、ユリシスの中で彼女とクリスティナが重なった。
恐怖の中で立ち上がろうとしている人間が、眩しくもあり美しく思えた。
ふと、クララの近くにいたエルザと目が合った。
ウィンクをしてくる彼女に、緊張感もなく苦笑してしまう。
「ユリア様は最初からクリスティナ様のことがお好きではないようでした。だから、フィラネンス家の権力を出して周囲の人間にクリスティナ様を孤立させるように指示を出しました」
「私はそんなこと聞いておりませんが」
「あなたは私よりも内側に居なかったからそう思えるのですよ。ユリア様も慎重な方ですから、自分の仮面を剥がさないように汚れ役は全て私たち数人が引き受けていたのです」
声を上げかけた令嬢は一瞬で押し黙る。
「どなたか、ユリア様は可憐でそういうことをする人間には思えないと仰った方がいましたね。ええ、彼女はとてもお美しいです。ただ、心の中はいかにして他人を蹴落そうかいつも計算されていたのですよ」
しん……と静まり返る。
ホールの中心でダンスを続ける人達の楽しげな声と演奏だけが響いていた。
誰も声を出せるような雰囲気ではなかった。
「そういうことをする人間が、第1王子様の妃になろうなどと……。私は絶対にあってはならないことだと考えています」
クララが言い終えると共にどこからか拍手が始まり、会場全体が拍手に包まれた。
クララはほっと息をつく。
近くにいたエルザがクララの側へより肩を叩き声をかけると、お互い顔を見合せて頷きあった。
「……では、ここで皆様にこれをお聞きいただきましょう」
ユリシスはブローチ型の通信機を王の近くのサイドテーブルへ置く。
そこからは何やら言い合うような声が漏れ聞こえてきた。
ユリシスが魔法を唱えると、拡声されより音が聞こえやすくなった。
聞いていくうちに皆どんどん顔色が悪くなっていく。
ただ1人、フィラネンス伯爵だけが普段と変わらずにその様子を眺めていた。
ユリアはバルコニーに出て涼んでいた。
先程の婚約発表を思い出し腸が煮えくり返る思いを必死に隠していた。
バルコニーの手すりに爪をぐっと食い込ませ怒りを逃す。
「おや、こんな所にいるなんてどうされたかな。いつもはホールの中心にいて優雅に微笑んでいらっしゃるのに」
ユリアは勢いよく後ろを振り返る。
「グレイス・ケイフォード……!」
「2人きりだと敬称まで省略するのか。私は生まれも嫁ぎ先もあなたより上なんだがな。まあいい、こちらもそれなりの誠意を示そう」
ユリアはギリッと歯軋りした。
そして何事も無かったように可憐に微笑む。
「嫌ですわ、少し驚いてしまっただけではありませんか。……グレイス様の方こそどうして第1王子妃に?グレイス様は王子妃など興味がなく、軍部にお入りになられたのではなかったのですか」
「気が変わったんだよ。私の知る王宮は第1王子派と第2王子派に分かれていて、第3王子と言えばずっと中立の立場を守っていた。今よりも派閥争いが激化していて、王子達もいかに自分の方に有力な貴族を取り込めるか争っていた」
「……だから、なんだと言うのです?」
グレイスは口端を軽く上げる。
「ケイフォード公爵家はずっと行く先を見つめていたんだよ。第1王子と第2王子、そして第3王子のどの王子に着くか」
「あなた……!」
ユリアは何度も目を瞬かせる。
グレイスは不敵に微笑むだけだ。
冷たい風が2人を撫でるように通り過ぎていく。
「1番優秀な王子は第3王子だがまるで王位に興味がないし、第1王子、第2王子は正直なところパッとしない。まあ、第2王子だけは有り得ないと思っていたけどね。ただ、傀儡にするには丁度いい。フィラネンス家も同じじゃないのかい?どの王子に娘を嫁がせようか決めあぐねて、君もまだ婚約者がいない」
「なんのことだか、分かりませんわ」
ユリアは儚げに目を潤ませるが、グレイスはユリアを真っ直ぐ見つめるだけだ。
「状況が変化したのはここ数年だな。第3王子が第1王子に付くと宣言してから第1王子に付く貴族が増えた。第2王子の有力支援者だった貴族も少しずつ切り剥がして今は第1王子派に収まっている。全てユリシス殿下が裏で動いたからだ。それでケイフォード家は第1王子につくことにしたんだ。優秀な第3王子、引いては1番敵に回してはいけない相手が付いている王子の元にね」
ユリアは高みから自分を見下ろしせせら笑ってきたユリシスを思い出した。
「……おや、あなたはそういう顔も出来たんだね」
グレイスが見つめる先には顔を赤く染め目を怒らせたユリアがいた。
手元の扇子は軋み上げていた。
「言っただろ?敵に回してはいけないと。クリスティナ嬢に手を出したのは本当にいただけなかった。彼が大切にする掌中の珠に傷を付けようとした時点で君はもう終わっていたんだよ」
「……なんの事かしら」
「私が卒業した後、随分と学校で好き勝手していたようじゃないか。フィラネンス家の特権を使って。楽しかったかい?」
ユリアは俯き肩を震わせた。
小刻みに震えていた肩の揺れが徐々に大きくなる。
グレイスは訝しげにそれを見ていた。
「あはははは!」
ユリアは突然笑い始めた。
グレイスは様子の変わったユリアに動じず瞬きひとつしない。
「そうよ?だからなんだって言うの?貴族なら誰しもがやってる事じゃない。駆け引きのひとつよ」
「君は一線を超えたと言っているんだ。私たち貴族は互いに利害関係があるから牽制しあって生きてる。それが抑止力となり国を支えていく力にもなる。だが君は自分の好き嫌いで学校内の秩序を乱し、他家にまで影響力を行使した。これは立派な規律違反だ」
ユリアは上目遣いながら挑発的な視線をグレイスに向ける。
「それで?あなたは私に何ができるって言うの?何か証拠でもあるわけ?ないでしょう?」
沈黙が落ちる。
ユリアはグレイスを鼻で笑うとその場を去ろうとした。
「待ちなさい。まだ話は終わっていない」
ユリアはグレイスにシラケた視線を向ける。
「君は鉱山の権利も行使しただろう」
「ああ、クレイヴン侯爵家のこと?あそこは目障りな子とお友達みたいだったから離れてもらうのにちょうど良かったのよね。可哀想に学校で孤立しちゃって……見ものだったわ」
そこにはもう可愛らしい容姿を武器に可憐に微笑んでいた少女は居なかった。
気に入らないものをいたぶるのに慣れた悪魔だった。
グレイスは感情的に反論しそうになるのをぐっと抑える。
「……フィラネンス伯爵はこのことは関わっておいでなのか」
「ああ、お父様ね、お父様は何度私がお願いしても聞いてくれなかったわ。でもそれって、好きにやっていいってことでしょう?」
クスクス笑うユリアにグレイスは目眩を覚える。
「そんなわけが無いだろう。自分の私的な感情に他家を巻き込むなどあってはならないことだ。君が好き勝手やっていいことにはならない」
それを聞いてユリアは急に人が変わったように怒り出した。
「黙りなさいよ! 持てる力を使って何が悪いっていうの!? お父様だってそうやってのし上がってきたわ!」
「そうか、ではその力を使って王家をも脅すつもりか?」
グレイスは試すように瞳を細めた。
ユリアはずっとこのグレイスが大嫌いだった。
常に自分よりも高い地位にいて、皆からかしずかれて好かれている彼女のことが。
涼しい顔をしてユリアが必死になって作った世界も友人も皆グレイスのことを褒め称え奪っていく。
自分が欲していた第1王子妃という地位さえも。
「ええ、そうよ! 私を蔑ろにするなら、フィラネンス家は鉱山の供給を止めるわ。この国の生活はフィラネンスの領地から採れる魔石があってこそ成り立ってることを忘れたの?私を王子妃にしないっていうなら、この国を干上がらせてやるわよ!」
夜風に乗って、その声は響き渡った。
グレイスは同情とも嘲笑とも取れる目をユリア向けた。
そして、自身の胸元にあるブローチ型の通信機に指を添えた。
「……聞きましたか? それが彼女の、フィラネンス家の総意だそうです」
「え……?」




