第16話 フィラネンスの斜陽
会場ではエドガーとグレイスのファーストダンスが始まっていた。
2人のワルツは優雅というより、ステップが正しく規律を感じられる。
グレイスもどこか武人的で動きが大きく力強さがあった。
そして目線や体重のかけ方からも彼らが信頼しあっているのが伝わってくる。
芽吹いたばかりの若木がめいっぱいに枝を広げ、枝の先の葉が青々と息づいているような、そんな清涼感があった。
次世代の王族の時代が確かに到来するのだと、初々しさと責任感をその身に引き受けているのだと、貴族たちに知らしめていた。
「素敵ね……。あなたはいつ私にあのダンスをみせてくれるのかしらね」
「さあ、見せれるかどうかも分かりませんけどね」
「どういうこと?!」
うっとりとダンスを見入っていたダイアナが声を荒らげる。
「静かにしてください……」
ユリシスが口元に指を当て迷惑そうに言う。
「そういえば、あなたさっきから何をしてるの?」
ユリシスはずっと何かを耳に当てていた。
「あぁ、これからの余興の準備ですよ。ま、お母様は菓子でも食べて観劇なさっててください」
「全くあなたまで私を馬鹿みたいに扱って……」
口を膨らませるダイアナにユリシスは苦笑する。
ユリシスは母のこういった計算性の欠けらも無い所が結構好きだった。
クリスティナをなんの疑問もなく受け入れてくれた度量の広さも暖かくて包容力を感じ、母のそばではユリシスもゆったり気持ちを落ち着けることができた。
エドガーとグレイスのダンスが終わると、次は身分の高い順に王侯貴族のダンスに移り変わる。
王と王妃はエドガー達に花を持たせ今回はダンスを控えた。
代わりにミカエルやユリシスが広間に降りていき令嬢たちの手を取る。
「一緒に踊っていただけますか?」
「まあ、喜んで〜!」
大袈裟に喜びを表現するのはエルザだった。
ユリシスの手を取ると中央部へ進んでいく。
「ご機嫌だね」
「そりゃあもう〜!グレイス様が第1王子様の婚約者だなんて最高じゃない?それに、あの時の女狐の顔みた?私、すかっとしちゃった」
キラキラと目を輝かせるエルザにユリシスはなんとも言えない顔をする。
「………クリスティナのクラスまで顔を出してくれてるんだって?ありがとうね」
エルザは不敵に笑った。
「幼なじみ殿に頼まれちゃったからね。それにあんなに素直で純粋な可愛い子、放っておけないわよ」
胸を張って言うエルザにユリシスは頼もしさを感じた。
幼い頃から悪友といったところで、恋愛感情などお互い一切持っていない。
男友達のような女友達、それに尽きる。
だからこそ、エルザには色々世話になってきた。
「君みたいな幼なじみがいて嬉しいよ。なにかして欲しいことある?」
「決まってるじゃない。私の嫁ぎ先の選定。どこかにいい人いない?」
「前にギデオン紹介しただろ」
「え?!嫌よ!!あんな熊みたいなくせしてちまちま道具いじってるやつなんて!!他よ他!」
「ギデオンほどいい男はその辺にいないと思うけど」
エルザは前の世界で侯爵家に嫁いでかなり苦労していることを本人から聞いていた。
実はギデオンはエルザのことが好きなので過去の世では20代半ばを過ぎてもまだ結婚していなかった。
道具を弄っている時間は長いが、伯爵家の総領息子だし一途で浮気の心配はないし、学校の成績だって優秀だ。
ユリシスとエルザは曲に合わせ回転し、右へ一歩踏み込む。
顔が近くに寄るタイミングでユリシスは話を切り出す。
「彼女にはちゃんと声をかけてくれた?」
「そのあたりは気にしなくてもいいわよ。しっかり根回し済よ」
「話が早くて助かるよ」
そして曲が終わるとユリシスはさっとその場を
離れる。
ユリシスは通信機のスイッチをつけた。
ダンスの演奏、人々の話し声の中囁くように言葉を紡ぐ。
ユリシスの通信を得てグレイスは身を翻す。
「グレイス、どこへ行くんだ?」
グレイスとエドガーはたくさんの貴族に囲まれていたが、次のダンスが始まる頃だったので、二人でその場を離れようとしていた頃だった。
「少し夜風へ当たって参ります」
「気をつけて」
エドガーはグレイスに目配せするとグレイスは薄く微笑む。
「では、また後で」
遠くでグレイスが会場から離れるのを見届けると、ユリシスは王族の席へ戻った。
「あら、もういいの?」
「ええ、有意義な時間でした」
母に告げ暫くすると、王の周りには人が集まり始めた。
「陛下、少しお伺いしたいのですが」
「なんだ?」
「なぜ、第1王子妃がフィラネンス家のご令嬢ではないのでしょうか」
それを聞いてきたのはフィラネンス伯爵家と親交の深い貴族だった。
娘もユリアと仲が良く常に一緒にいた。
「グレイス・ケイフォード公爵令嬢の方がエドガーと未来の王室を担ってゆくのに最適な人物だと判断した。それだけだ」
「そんな……!」
なおも食い下がる。
「ユリア嬢だって成績優秀ですし、美しく聡明です。学園だってご友人も多いです……」
「そうです!ユリア様は私達のことをいつも気を使ってくださって、とても優しい方です」
周りにいた令嬢達も口々に王に告げる。
「……私の、聞いていた話とは随分違うようだが」
王は重々しくそう告げる。
ユリアを擁護していた令嬢はビクリと肩を震わせる。
「その件に関しては、私も言いたいことがある。クリスティナを孤立するように仕向けたのは君たちだね?」
ユリシスが立ち上がり王の近くまで来る。
「誤解ですわ!私達はそんなことしません!」
「ご丁寧にもクリスティナの友達にも圧力をかけて学校に行けなくしただろう」
「そんなこと……!」
「陛下、私にも発言させていただいてよろしいでしょうか」
30代後半の紳士が手を上げる。
「そなたはモーティナー伯爵だな。申してみなさい」
はい、とモーティナー伯爵は恭しく頭を下げる。
「私の娘、ユーフェミアはクリスティナ姫と仲良くさせていただいておりました。しかしある時から学校には行けないと言いはじめまして……」
「どういうことだ?」
ざわめきが起きる。
モーティナー伯爵は少し躊躇いを見せたが、意を決したように口を開いた。
「詳しく聞くと、これ以上クリスティナ姫と仲良くするならフィラネンス伯爵家の力が及ぶことになるが良いのかと脅されたと」
ざわめきが大きくなる。
フィラネンス伯爵家の力とは即ち儀典監及び血統守護官の事をいう。
二十年前、当時の宰相補佐を勤めていた伯爵家が、フィラネンス家と対立して爵位剥奪に加え領地も没収された。
そのことが記憶に新しい年嵩の貴族たちは顔を強ばらせる。
「実は、私の娘もクリスティナ姫に近寄ればわかっているのかと言われたと……」
「私の娘も……」
モーティナー伯爵の告発に呼応するように、会場のあちこちから、重い口を開く者が現れ始めた。
「実は我が家も……娘が、過去の先祖の過ちを理由に脅されて泣いて帰ってきたことが……」
フィラネンス派の貴族たちはその勢いにたじたじになっている。
だが、長年染み付いたフィラネンス家への畏怖は、そう簡単に拭えるものではない。
「そんな根も葉もない事、しかも子供の言い出したことなど誰が信じるというのです?」
吐き捨てるように誰かが言うと、それが追い風となりフィラネンス派の貴族が声をあげる。
「その通りだ!伝統あるフィラネンス家の誇りに泥を塗るつもりか! 証拠もなしにそのような不敬を!ユリア嬢がそんなことをするはずがない。あんなに儚く嫋やかな令嬢だぞ?」
「確かに……、彼女は慈愛の精神に満ち、寄付活動にも熱心だ。そんな方が人を陥れるなど、……ありえない」
口々にユリアの品性の良さを述べる貴族たちをユリシスは冷めた目で見つめていた。
そしてユリシスが口を挟もうとした時、一人の令嬢が前へ進み出た。
ざわり、と人垣が割れた。
令嬢が震える足で、しかし確かな意志を持って御前へと進み出る。
その姿に、ユリシスは目を見開いた。




