第15話 拍手の先に、背を向けて
控えの間へ行くと、先に出発していた母のダイアナが優雅に菓子を食べていた。
ダイアナはユリシスに気がつくとこっちに来いと手招きをしてきた。
「思ったより早かったわね。これ食べてみなさいな、美味しいわよ」
「男の身支度なんてそんなもんですよ」
母の隣に腰掛けると、進められるがまま焼き菓子を頬張る。
「これだから男の子はつまらないのよねぇ。それにこの子は変にこだわりがあって口出しさせてくれないし、本当につまらない」
紅茶を飲みながらぶつくさ文句をたれるダイアナにユリシスは苦笑する。
「もう何年かしたらクリスティナがデビュタントを迎えますから、その時には存分に口出ししてあげてください。でも、あくまでも本人の意志を尊重させてくださいよ。主役はお母様ではなくクリスティナなんだから」
「わかってるわよ。全く、この子は私のことをなんだと思ってるのかしら」
「お母様」
「減らず口が無くならないんだから……」
ダイアナは溜息をつく。
「あなたのところは相変わらずなのね」
声のした方をむくと第二夫人のエレオノーラが第二王子のミカエルと共に控えの間へ来ていた。
「あら、エレオノーラ様お久しぶりでございますわ。今日もとってもお美しい」
エレオノーラはダイアナを一瞥するとフンと鼻を鳴らした。
「さすが田舎貴族の出の方は違いますわね。入場の前に菓子をつまむだなんて」
ダイアナは手元に着いていた菓子の粉を布巾で慌てて拭く。
「と、とっても魅力的だったんですもの〜。エレオノーラ様もおひとついかが?美味しいですわよ」
「結構よ」
ピシャリとにべもなく一蹴され、さすがのダイアナも困ったように笑っていた。
元々ダイアナとエレオノーラは仲が悪かった訳では無いが、ユリシスが第1王子に付いてから関係が悪化してしまった。
エレオノーラはダイアナを目の敵にしており、その態度は目に見えて酷かった。
「ミカエルは相変わらずゴテゴテ着飾ってんな。お前、計算苦手だろ」
「はあ?!お前こそシンプルすぎるだろ。お前はもう少し着飾ることを学んだらどうだ?」
ミカエルが鼻息荒く馬鹿にするようにユリシスを見ると、ユリシスは嘲るように笑い返した。
「この計算された仕立てと、同じ色合いでも場所によって変えられた生地の素材の違いや上質さを理解できないお前の脳みそは終わってるって言ってるんだよ」
「なんだと?!」
「お陰でお前と並んだらどっちがハリボテか一目瞭然だろうな。お前まさかそこまで考えてくれてたのか?泣けるね〜」
ここまで来るとミカエルもユリシスにおちょくられているのがわかったのか顔をみるみる赤くしていく。
拳を握り込みユリシスに向かって振り上げる。
「何をしているんだお前たち!」
ミカエルは振り上げた拳をそのままにギョッと声の主の方を見た。
「父上、いいところに来ましたね。見てくださいよ、ミカエルが私を殴ろうとしてますよ」
ユリシスはにやにやと父王のアーサーを見ている。
アーサーは額に手を当てたくなるのを我慢する。
「ミカエル、気に食わないことがあっても決して手をあげるな。手を挙げた方が立場が悪くなると何度言えばわかる」
ミカエルは気まずそうに視線を逸らす。
「ユリシスも、ミカエルをあまり煽るな。それに防御の姿勢ぐらい取りなさい」
そう、ユリシスは腕を組んだままミカエルを見て微動だにしていなかった。
「ああ」とユリシスは笑う。
「父上が来るのがわかったので。父上なら止めてくれるでしょう?」
アーサーは今日何度目か分からないため息を着いた。
「どうしてお前たちはそんなに仲良くできないんだ」
ユリシスはエレオノーラとミカエルを見た。
「売られた喧嘩を買っただけです」
「ユリシス!」
ダイアナは思い切りユリシスの背中を叩いた。
「いった!」
「あんたはもう大人しくしてなさい!皆様ごめんなさい雰囲気を悪くさせちゃって……。アーサー様もよければこのお菓子召し上がりませんこと?とっても美味しいですわよ」
ダイアナは額に汗を浮かべながらにこにこと事態の収束に努め始めた。
「いや、私はいい……。そんなにこの菓子が気に入ったなら今度ライラック宮殿に届けさせよう」
「…………はい」
ダイアナが恥ずかしそうに俯くと「ふふっ」と笑う声が聞こえた。
王妃のセレスだった。
エレオノーラが剣呑に目を細めるが、セレスは気にしていない。
「皆様、そろそろ入場の時間よ。気を引き締めてちょうだい」
「エドガー様がまだ来ておりませんが……」
ダイアナが言うと、セレスは優雅に微笑んだ。
「あの子は後で入場します。気にしてくれてありがとう」
扇子で口元を隠し、セレスはユリシスを見た。
ユリシスはセレスと微笑みを交わす。
そして時を同じくして王族入場を告げる音楽が鳴った。
最初に入場するのは第三夫人のダイアナと第三王子のユリシスだ。
二人が会場に入ると、わっと会場が沸いた。
ダイアナもユリシスも先程のことは何もなかったように周囲に手を振る。
そしてこの歓声は半分以上が黄色い歓声だった。
「相変わらず凄いのねぇ」
「若いうちだけですよ」
「発言が年寄りすぎない?」
呆れてものも言えないダイアナを置いて、ユリシスはさっさと定位置に着く。
続いてエレオノーラとミカエルがユリシス達の反対側に立ち、真ん中には王と王妃が続いた。
ざわめきが大きくなる。
第1王子の姿が見えなかったからだろう。
「第1王子殿下並びにグレイス・ケイフォード様、ご入場でございます」
王族たちの立つ場所から真正面の大きな扉が衛兵によって開かれる。
そしてエドガーと、エドガーのエスコートを受けたグレイスがオーケストラの演奏を背に堂々と入場した。
令嬢達からは悲鳴が漏れ、令息や貴族たちはお互い顔を見合せざわめきがさらに大きくなった。
ミカエルも呆気にとられ口を開けてその様子を見ていた。
2人はまっすぐ玉座へ進み、グレイスは王と王妃に見事なカーテシーをして見せた。
重心のぶれない優美な所作に令嬢達は熱いため息を着く。
エドガーが礼をすると、王が頷き手を挙げる。
2人は後ろを振り向く。
「今日集まってくれた諸君に紹介したい。第1王子のエドガーとグレイス・ケイフォード公爵令嬢は婚約する運びのとなった。諸侯には2人の末永い幸せを願ってもらいたい」
王が告げるとざわめきは歓声に変わった。
誰かが拍手を始めると、会場一体を包むように盛大な拍手が鳴り響いた。
2人とも互いを見合わせ決意のこもった目で周囲を見渡す。
その中で、ある一角では別の意味でざわめきが起きていた。
「あら……おかしいわね、エドガー様の妃はユリア様ではなかったのかしら」
「本当よね。どうしてグレイス様がエスコートを受けているの?」
そして当のユリアは屈辱で震えていた。
(おかしいわ…………。王宮の方には何度も婚約の打診をしたし、王妃様と何度も面会もした。こんなの、有り得ない)
ユリアは父のフィラネンス伯爵の方を見る。
伯爵は相も変わらず不気味に張り付いたような笑みを浮かべて拍手を送っているだけだ。
「大丈夫ですか?ユリア様」
ユリアのことを敬愛している令嬢が心配そうに話しかける。
「大丈夫よ、少し驚いただけ」
ユリアは上を見上げるとユリシスと目が合った。
ユリシスはフッと冷笑した。
(あの男……!)
ユリアはずんっと魂がズレるような怒りを感じた。
わなわなと震える手を握りしめる。
「どうしましたのユリア様?」
取り巻きのひとりが心配して声をかけてくる。
「悲しくて……少し外で風を浴びてきますわ」
ユリアはか細く涙を浮かべて微笑み、拍手の先の中心部とは逆方向に進む。
(こんなこと、絶対に許されない)
ユリアは眦を釣り上げ会場の外へ出た。




