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悪女から聖女に育て直します!  作者: 久世千景


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第13話 繋がれた手と、届いた二通の手紙

「なんだか最近、クリスティナがおかしいんだよね」


「急にどうした」


ユリシスは自身の学校の研究室で、友人のギデオン・セントジョン伯爵令息に声をかけた。


ギデオンは魔道具をいじる手も止めず、ユリシスの方も見ない。


大きな体と大きな手で、ちまちまと小さな部品を触っている姿が少し可愛らしい。


ユリシスも慣れたもので、一切気にしていなかった。


「なーんか上の空だし、いつも聞かないようなことも聞いてくるし、急に魔法で友達に手紙送れとか言ってくるし」


「俺が知るわけないだろ」


ギデオンはばっさり切り捨てる。


「まあ、そうなんだけどね」


沈黙が落ちる。


カチャカチャとギデオンが魔法具を分解している音が響く。


暫くしてギデオンは「ん?」と何か思いついたように手を止めた。


「…………そういえば、従姉妹のローズも妙なこと言ってたな。確かお前のところのクリスティナと同い年だったろ?お前に会わせろって言われて会わせた従姉妹」


「ああ、クレイヴン侯爵令嬢ね。彼女なら、昨日クリスティナが手紙を送ってたなあ」


ギデオンはそこではじめてユリシスを見た。


「クレイヴン侯爵家、ちょっと妙なことになってるぞ」


「妙なこと?」


「クレイヴン侯爵家といえば今は魔法具の製作販売が有名だろう?どうやら最近魔石の流通に制限かけられてるらしいぞ」


「は?なぜ」


「だろ?俺も意味わかってないもんな」


ユリシスは考え込む。


「魔石はどこでどの段階で仕入れてる?」


「魔石の品質、種類からしてほとんどベルモント産だろうな。あそこは国内だから関税もかからないし良いものが手に入る。段階としては魔石は加工するところからが勝負だからな。原石ごと現地で買い付けてるんじゃね?……って、おいまさか」


「………そのまさかだろうねぇ……」


ギデオンは目を半目にさせる。


「フィラネンス伯爵家がクレイヴン侯爵家に圧力ねぇ。なんのために?」


「流石にそこまではね。中身までは分からなくても、多方クリスティナがユリア嬢の琴線に触れたかな」


茶会の件もあり、クリスティナはユリアに目をつけられている可能性がある。


クレイヴン侯爵令嬢とクリスティナが仲良くしているのであれば排除するために動いたとも考えられる。


「それぐらいのことで家門の手札を切るかなあ。フィラネンス伯爵家がこの国の魔石の採掘量の7割を握ってるなんて周知の事実だし」


「裏があるのかもしれないが、相手にしたら権威を見せてちょっと揺すってるつもりだろ。すぐに収まる。……舐められたものだな」


「女の嫉妬も怖いし、それに加担する親も俺は怖いよ」


ギデオンはぞっとしたように体をふるわせてみせる。


「少し調べてみるよ。ありがとう、有益な情報だった」


「それは良かった」


ギデオンはまた魔道具をいじり始めた。


ユリシスも研究に戻ろうとした時、机の周りに風のサークルができ、繭のように広がったかと思うと途端に風が凪ぎ、代わりに見知った紋章の入った手紙が2通出てきた。


1通目はクリスティナ宛、もう1通はユリシスに向けてだった。


そして時を同じくして別の家門からも同様に手紙が送られてきた。


ユリシスは手紙を開き、目を見張った。







ユリシスはその日の帰り、クリスティナに迎えに来て欲しいと頼まれていた。


授業を早く切り上げクリスティナの学校へ向かった。


馬車の中にいても暇であるし、外にいたら何となく雰囲気ぐらいは掴めるだろうと外で待っていた。


早速下校途中の生徒に声をかけられた。


「あら!ユリシス殿下ではありませんの!どうしましたのこんな所まで」


ユリシスは令嬢の顔を見て、悪戯を思いついたように恭しく頭を下げた。


「これはこれはベネット伯爵令嬢」


「いやですわ。いつも通りエルザと呼んでくださいな」


エルザはふふふと笑う。


エルザはユリシスと同い年で、母どうしが旧知の仲だった。


小さな頃は一緒に遊んだりしたこともある、いわゆる幼なじみだ。


そしてクリスティナの件で事前によろしくと頼んでいた1人だった。


ユリシスはエルザに対して、いつものような悪戯っぽい笑顔は見せず、少し声を落として尋ねた。


「……エルザ。最近なにか変わったことはある?」


エルザもすぐにふざけるのをやめ、扇子で口元を隠して囁く。


「最悪よ。あの女狐」


そしてここ最近学校で起こっている事をユリシスに伝えた。


「私たちも事が広がらないように頑張ってるのだけど、相手があの狐ですからね。上の学年になればなるほど影響は少ないけど、あ、彼女の信者は別よ?下級生がもろに影響を受けてしまっているようなのよね……。グレイス様がいらっしゃればこんなことにはならなったのでしょうけど、ご卒業されてしまったからね……。私達も口惜しい限りだわ」


今にもハンカチを噛み切りそうな顔で、早口で告げるエルザの勢いにのまれそうになるが、エルザが心痛していることはよく伝わった。


「何とかならないの?あの女」


「口が悪すぎるよエルザ……」


エルザは額に手を当てため息を吐きながら頭を振る。


「ユリシス、あなた女の世界をわかってないわ。今はまだ無視程度で済んでるけど、何れは立派なイジメに変わるわよ?この人には何をしてもいいんだって思い込んで、攻撃するのよ。特に下級生なんか情緒が育ちきってないし、思春期の昂りが全て立場の弱い者へ流れていくわよ?ええ、私、全て経験済みですから分かりますわ」


「……忠告、感謝するよ」


ユリシスが短く礼を言うと同時に、校舎の方から最後の授業が終わったことを知らせる鐘が鳴り響いた。


どっと生徒たちが昇降口から溢れ出してくる。


「あら、皆様お帰りの時間のようね。私もここで失礼するわ。……あとは頼んだわよ」


エルザは扇子を閉じ、ユリシスの視線の先を一瞥すると、足早に迎えの馬車に乗り込んでいった。


気づけばユリシスは女生徒に囲まれていた。


皆一様にユリシスに熱っぽい視線を送っていた。


黄色い歓声、甘ったるい香水の匂いがユリシスを包む。


ユリシスは令嬢達に囲まれてはいるが、その殆どはユリシスに声をかけることすら許されていない。


王族と初対面である場合は必ず共通の知人を介さなければならない。


もし直接話しかけてしまった場合は相手を侮辱したと見なされ、話しかけた側もマナーを知らない野蛮人と見なされ社交界から追い出されることもある。


特にデビュタントも済んでいない16歳以下の子の殆どがユリシスと話す権利を持っていない。


上級生の、デビュタントが済んで何度かユリシスと会話をした事がある令嬢のみユリシスと会話できていた。


(立場の弱い者へ流れる、か)


エルザの言葉を反芻しながら、ユリシスは生徒の波を見つめる。


そして見つけた。


楽しげな喧騒の中、そこだけぽっかりと色が抜け落ちたような空間。


まるで汚いものでも避けるように、生徒たちが遠巻きにしているその中心に、彼女はいた。


(…………なるほどね)


そして俯いて歩いていたクリスティナは、気づいてこちらを見た。


「ユリシス!」


クリスティナは暗闇に一筋の光が刺したかのように顔を綻ばせてユリシスを呼んだ。


ユリシスはまるで初めてクリスティナを見つけたかのように微笑んで見せた。


ザッとユリシスとクリスティナの前に道ができる。


「クリスティナ、おかえり」


ユリシスがそう言うと、クリスティナは急ぎ足で駆け寄りユリシスに抱きついてきた。


「きゃあ」と声にならない声が周囲の令嬢より上がる。


「急に抱きついてきたら危ないだろう?」


「ごめんなさい」


クリスティナがぎゅっと力を入れてしがみついてくるので、ユリシスはクリスティナを大事にしていることが目に見えてわかるように優しく抱擁を返した。


周囲がざわざわと騒がしくなる。


動揺が伝わってくる。


誰もが息を呑み、動くことすら忘れて二人を見つめている。


ユリシスはそんな様子を流し見ていたが、 クリスティナに優しく微笑む。


「帰ろうか」


ユリシスがゆっくり抱擁を解くとクリスティナも顔を上げた。


「うん!」


クリスティナに手を差し出すと可愛らしく微笑んで手を取った。


「友達に挨拶しなくていいのか?」


馬車へ乗り込む前に一応尋ねてみた。


クリスティナは振り向いた。


びくりと令嬢達が肩を震わせているのが目に見えてわかった。


「大丈夫よ。私のお友達は、この中には居ないもの」


クリスティナがそう言い切ると、令嬢たちに絶望の色が浮かんだのが見て取れた。


何人かはクリスティナと同じ新入生で、おそらくは同じクラスの子もいたことだろう。


12.3歳の幼い子達の表情がどんどん青くなっていく。


紹介を受けている訳では無いが、彼女たちがどこの誰か何となく想像は着く。


「そう。それは残念だ」


ユリシスは冷たく彼女たちを一瞥すると、自身も馬車へ乗り込んだ。


馬車の中で、クリスティナは黙って窓の外を眺めていた。


学校が見えなくなった頃、ユリシスは手紙を2つ差し出した。


「これって……」


「昨日送った手紙の返事かな。こっちがクレイヴン侯爵家、こっちがモーティナー伯爵家から」


クリスティナは手紙を受け取ると、急いで封をあけた。


そして読んですぐ、ぼろぼろと涙を零しはじめた。


『明日は学校へ行きます。辛い時、力になれなくてごめんなさい』


ユリシスは黙ってクリスティナの涙をハンカチで拭ってやった。


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