第11話 図書室の真実と、王家の封蝋
「……ナ、…………クリスティナ」
はっとクリスティナは意識を浮上させた。
「どうしたんだぼーっとして」
「あっ、いいえ、なんでもないの」
「……ふーん」
ユリシスはまた分厚い魔法書に目を落とす。
夕食後、入浴の前にいつもの日課でクリスティナはユリシスの部屋に入り浸っていた。
「……ねぇ、ユリシスは無視されたこととかある?」
「どうしたんだ藪から棒に」
「別に、例えの話よ」
ユリシスは少し考え込む。
「あるよ」
「あるの?!」
「そりゃあ生きてればそういうこともある。例え王子でもね」
「そっか」と、クリスティナは少しほっと頬を紅潮させた。
「じゃあ、そういう時どうした?」
「別に何もしない」
「どうして?」
「お前はそういう奴だったんだなって思って、引き出しに閉まっておいて、相手が困って泣きついてきた時に無視する」
「……ユリシスらしい」
そう言ってクリスティナは笑った。
「そんな日は実際に来た?」
「来たものもあるし、まだ来ないものもある。人生は因果応報だから良いことも悪いことも、したことは結局全部自分に返ってくるんだよ」
「因果応報か」
クリスティナは俯いて手元の編み物を意味もなく見つめた。
ユリシスは魔法書を閉じた。
「やっぱりお前何かあった?おかしいぞ」
「大丈夫よ!ちょっと考え事してただけ」
慌てて言い訳すると、ユリシスはクリスティナをじっと見つめたあと「ならいいけど」と言った。
「ホットミルクでも飲む?」
「飲む!」
ユリシスは呼び鈴を鳴らし使用人に言いつける。
「ホットミルク飲んだら明日に備えて準備しなさい」
「はーい」
クリスティナはまた編み物に戻った。
次の日、登校したクリスティナはいつもと変わらず「ごきげんよう」と、教室に入った。
昨日と同様誰もがクリスティナに声をかけない。
クリスティナは気にせずカバンからノートや教科書を取り出すと机にしまっていく。
今日もローズとユーフェミアは休みのようだった。
(仕方ないわ……、こうなったのも私がユリア様のお願いを断ったからなんでしょうね。でも、これって私が悪いのかしら?)
昨日は驚いて心がついていかず泣いてしまったが、ふとそういった疑問が湧いてくる。
(ユリシスに相談……いいえ、ダメだわ。私、ユリシスに頼ってばかりなんだもの。強くなろうって決めたばっかりじゃない)
クリスティナは両頬を手で叩いた。
(ローズ様とユーフェミア様もきっと圧力をかけられて学校に来れてないんだわ。本当にごめんなさい2人とも……。こうなったらまずは相手を知ることからね)
クリスティナは授業までは時間があったので、立ち上がると図書室へ向かうことにした。
図書室は朝ということもあり人気があまりなかった。
クリスティナは貴族名鑑を手に取った。
この本にはシャルパティエ王国の貴族の名前、爵位、領地など様々な情報が載っている。
「えっと、フィラネンス伯爵は……」
索引からフィラネンス家のページを開く。
「フィラネンス伯爵家は貴族の中でも歴史と伝統のある古い家系だ……」
フィラネンス伯爵家は貴族の中でも歴史と伝統のある古い家系だ。
領地のベルモントは多数の鉱山を所有している。
「まって、ベルモントって、あの……?」
ベルモントとといえば良質な魔石が採掘されることで有名だ。
魔石は魔道具を動かす媒介となり、日々の生活に欠かせないものだ。
この国の採掘量の7割近くを占めているはずだ。
「ローズ様のご実家は、確か高名な魔法士を輩出することで有名で、当代のご当主は魔法具の作成に力を入れてるんだったかしら……」
一つ一つ、点と点が繋がっていく。
クリスティナは続きを読み進める。
「フィラネンス家は、王家より儀典監及び血統守護官という二つの世襲職を委託されている」
儀典監は王宮で開催される全ての公式行事の招待リストを作成する精査権や、誰が上座に座り、誰が末席に座るかを決定する権利を持つ。
貴族にとって席次は「現在の権力」を可視化するものであり、これを下げられることは「政治的な失墜」を内外に宣伝されることと同義となる。
そして、血統守護官は正統血統原簿の管理を行う。
王国に存在する全貴族の家系図、婚姻、出生の記録を保管する唯一の部署で、この「原本」に記載がない、あるいは不備があるとされた場合、その身分は証明されない。
また、貴族が爵位を継承する際、書類がこの血統守護官の手を経なければ国王の裁可に届かない。
数百年にわたる貴族の秘密(隠し子、不貞、家系図の改ざん)を把握しており、気に入らない家に対して「遡って爵位の正当性を疑う」ということも可能だ。
そして彼らが「手続きの不備」を理由に保留し続ければ、その家は当主不在のまま資産も領地も凍結されることになる。
ひとつ厄介なところは、貴族社会の全ての婚姻、相続、商圏の認可といった公的書類は、血統守護官と儀典監の形式確認を経てから国王の元へ届くことだ。
手続きが止まれば、銀行が凍結され、領地の運営費も払えなくなる。
「……二十年前、当時の宰相補佐を勤めていた伯爵家が、フィラネンス家と対立。直後、家系図の『不備』を指摘され、爵位剥奪……。その後、領地も没収……」
(そうだったのね。でもひとつわかったわ。このふたつの権限は、私には適合しない)
フィラネンス伯爵家のこの権力は、貴族に対してのみ適用される。
つまり王族やそれに準じるもの達には及ばない権限だ。
クリスティナは腐ってもバウスフィールドの姫である。
シャルパティエの一貴族が相手取っていい相手ではない。
(でも私は人質で、ユリシスの世話になっている弱い立場だわ。だからみんな私の傍には来てくれないのね)
クリスティナは俯いた。
入学してから常に人に囲まれて過ごしていた。
一緒にご飯を食べて、授業の合間も集まってお喋りして、放課後も話題のカフェに皆で行ったりもしていた。
「友達だと、思ってたのにな……」
誰もいない静かな図書室に、クリスティナの独り言が小さく響いた。
その日の夜、クリスティナはローズとユーフェミアに手紙を書いた。
使用人伝手では本人に届くかも分からないので、ユリシスに頼んで魔法で本人の元へ送ってもらうことにした。
「なんでわざわざ魔法でなんか。しかも学校で会えるだろ……」
「急いで伝えたいことがあるの!それとユリシス、明日よろしくね!」
「はいはいわかったよ」
やれやれというように、ユリシスは置かれた手紙に指を置く。
すると手紙から小さな風を纏ったサークルが生まれ、封蝋には金色で王家の紋章が刻まれた。
そしてサークルが大きくなり手紙全体を包むと、ユリシスが指を鳴らした途端、手紙ごと消えた。
クリスティナは目を輝かせた。
「ユリシスの魔法って綺麗ね!」
「このぐらいの魔法だったらクリスティナも直ぐできるようになるさ」
「違うのよ、所作が洗練されてて無駄がないし、魔術の練り上げも一つ一つの構築が完璧なのよ」
「……そっか」
ユリシスは予想外に褒められ少し気が良くなってしまった。
「また何かあったら言えよ」
「うん!ありがとう」
クリスティナは機嫌よく自室へ戻った。




