第10話 甘い誘惑と、拒絶の代償
クリスティナが学校で次の授業の教室へ向かうため、複数人で廊下を移動していると上級生から声をかけられた。
「ごきげんよう、クリスティナ様。お久しぶりですね」
振り向いて声の主を確認すると、クリスティナはサッと顔を青くさせた。
「ごきげんよう。フィラネンス伯爵令嬢様」
「嫌ですわ。ユリア、とお呼びください」
鈴を転がしたように笑う彼女はどこまでも可愛らしかった。
「ごめんなさい、移動中ですわよね。授業が終わったら少しお話出来ませんか?」
クリスティナはこの後の予定の確認をする。
「……少しだけでしたら」
「決まりね!それでは2階の談話室でお待ちしてますわ」
手をポンっと合わせくるりと背を向けると、ふわふわの髪を靡かせて機嫌よく去っていった。
「クリスティナ様、今の方とお知り合いなの?」
「え、ええ、少しだけ」
「そうなの?それにしては表情が固くてよ」
声をかけてきたのはローズ・クレイヴン侯爵令嬢だ。
彼女とは入学式の時の席が隣で、ローズの方から声をかけてくれてからの友人だ。
非常に面倒見がよく、あれやこれやと世話を焼いてくれていた。
「いえ、上級生のお姉様に声をかけられてびっくりしただけよ」
「それならいいんだけど……」
ローズは心配そうに言う。
「何かあったら言ってくださいね」
そう言っておっとり微笑むのはユーフェミア・モーティナー伯爵令嬢だ。
彼女ともクラスが同じで、こちらはクリスティナから声をかけて友達となった。
基本は3人で行動することが多いが、7、8人の大所帯で一緒にご飯を食べたり遊んだりしていた。
「2人ともありがとう」
2人の気遣いが嬉しかった。
授業が終わり談話室へ向かうと、ユリアがもう待っていた。
こっちよ、と手を振っている。
広い部屋だが開放感はない。
会話を楽しむためか照明も少なくランプのオレンジ色の灯りが心地よく感じた。
ソファに座ると包まれているように沈みこんだ。
ユリアは給仕にクリスティナの分の紅茶を頼む。
「ミルクと砂糖はつける?」
「はい…」
クリスティナの紅茶が運ばれてくると、話し始める。
「この前はごめんなさいね。悪気はなかったのよ」
「……」
茶会のことだろう。
クリスティナは返事をしなかったが、ユリアは気にする様子はない。
ユリアがティースプーンで紅茶をかき混ぜる音が響く。
「もうすぐ社交シーズンになりますわね。私、去年社交界デビューしましたのよ」
「そうですか」
「夢のようでしたわ。王宮の、シャンデリアが星のように輝いている下で、特別に仕立てたとびきりのドレスでダンスを披露して……」
ユリアはうっとりとその時のことを思い出しているのか視線が合わない。
「そこで私、恋をしましたの」
「恋?」
「ええ。真っ先に私をダンスに誘ってくださったの。それに私を優しくサポートしてくださったの。感動しましたわ」
「……何をおっしゃりたいの?」
話が長くて要領が掴めない。
それに、彼女のペースに巻き込まれてはいけないと本能が警鐘を鳴らしていた。
「クリスティナ様はせっかちですのね」
ユリアはクスクスと笑う。
「クリスティナ様にはお願いがありますの」
「なんでしょうか」
「クリスティナ様はユリシス殿下と仲がよろしいでしょう?私をエドガー様の妃に推してくださらない?そうすればお礼もいたしますわ」
ユリアは紅茶を置き、優雅に微笑む。
クリスティナは背筋に怖気が走ったのを感じた。
彼女はただ微笑んでいるだけなのに、心情が読み取れない。
部屋が仄暗いことも相まって、無言の圧力のようなものを感じた。
クリスティナは唇を噛み締め、グッと拳を握り込むと真っ直ぐにユリアを見た。
「お断りいたします」
ユリアはキョトンと目をぱちくりしたあと首を傾げる。
「どうして?」
「私がそう思ったからです」
「理由になってないわ」
「ユリシスはきっと、あなたを推薦したりしないわ」
クリスティナがそういうと、ほんのひと刹那、ユリアの顔が憎悪に燃えた気がした。
「……そう、それは残念だわ」
ユリアは紅茶をひとくち飲むと立ち上がった。
「とても有意義な時間でしたわ。新学期が始まりましたけど、楽しめるといいですわね」
ユリアは天使のように微笑むと談話室を出ていった。
「おはようございます」
翌日、クリスティナが教室に着きみなに挨拶をすると先程まで雑談をしていたクラスメイトが水をうったように静まり返った。
「……?」
意味がわからなかったがクリスティナは席に着くと、隣の席の仲良しグループの1人に声をかけた。
「クラリス様、ごきげんよう。昨日出た課題のことなんですけどね……」
クラリスは困った顔をしたあと、無言で席を立ち別のクラスメイトの所へ行ってしまった。
他のクラスメイトに声をかけるが皆同じような反応だった。
クリスティナはわけがわからず困惑するしかない。
そして今日はローズとユーフェミアが揃って学校を休んでいた。
クリスティナは二人の分もノートをまとめることにした。
「あの、ここが聞き取れなくて……」
クラスでも勉強が得意な子に話を聞くが、
「ご、ごめんなさい。私も聞き取れなかったの」
彼女はクリスティナとの会話を早く切り上げたがっていた。
「そう…」
クリスティナは仕方なく席へ戻った。
いつもなら友達に囲まれて食べているお昼も、今日は1人だった。
周りの楽しそうな話し声が、遠くの騒音のように聞こえる。
昼食の時間となり、みんなが移動しようとするのでクリスティナもついて行こうとしたが拒絶された。
「どうして?」と聞いても面倒くさそうにするだけで、誰も話を聞いてくれなかった。
昨日まで一緒に笑いあってご飯を食べていたのに、彼女たちが遠い存在に感じた。
廊下に出ても上級生からも非難するような視線が送られる。
わざとぶつかって来るような人もいた。
クリスティナは今日、ひとりぼっちだった。
仕方なく教室にいるしかない。
クリスティナはユリシスに貰ったブローチを見て涙を流すことしか出来なかった。
10話まで読んでいただきありがとうございます!
やっと3万字近くまで来ました……!
まだまだこれからストーリーを動かしていく予定です☺️
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