月のない世界
「ぶはあ、はあ、はあ、はあ、はあ。」
現実に引き戻される。今の今まで呼吸を止めていたかのような、荒い呼吸とともに目覚めた。
「あれは、一体……?何だったんだ……」
ふと隣を見ると、リアが前と変わらない様子で眠っていた。わからない。何が起きた。どうなったんだ。
「何なんだよ、もう。」
そして、いつも通りにゆっくりと日が昇る。今日も、静かに朝が降る。
「おい。おきろ。おーきーろ。」
いまだぐっすりと眠り続けるリアを揺り起こす。
「んああ、おはようございます、ルカさん。」
「おはよう。じゃなくて。そんなことよりも、君のこれからについて話し合わないと。」
「ああ、そうでした。」
すっかり忘れていたような声だ。
「よくそんなに平然としていられるな。異世界に来たんだろ。もうちょっと混乱してもいいんじゃないか?」
「いえ、まだ状況はよくわかってないですけど、何となく自分の中での理解は追いついています。それに。」
また顔を伏せる。
「あっちの世界に居たいわけでもないですしね。」
またこの表情だ。
「なあ、リア。」
「何ですか?」
リアの表情と、真っ黒に染まった扉を思い出す。
「君は・・・」
「はい?」
「いや、その・・・・・・・・。」
だめだ。聞けない。なぜか、聞いてはいけない気がする。聞いてはだめだ。彼女にとっても、僕にとっても。
「なんでもない。」
「え、なんですか、それ。」
「いや、なんでもない。忘れてくれ。」
リアは、腑に落ちない顔で頷いた。今日も静かに朝日が昇る。
「あの街からは、どういうふうに見えてるんだろう。」
「ルカさんがいた街は、どんな街だったんですか?」
リアからの質問。2、3日前の話なのに、もう遠い記憶のように感じる。
「僕が居たドロムの街は、それなりに大きい都市だったんだ。空気もきれいで、景色なんかもう。毎日心が洗われてた。」
「そうだったんですね。」
「うん。」
そよ風が吹き付ける。
「あの、ルカさんは勇者なんですよね?」
「うん。」
彼女がまるで、大事なことを言おうと居ているかのように、ほんの少し考える素振りを見せる。
「あの、ルカさん。」
「うん?」
一呼吸分の間をおいて、彼女が話し出す。
「私、これまでずっと考えていたんです。どうして、この世界に来たのか。私が思うに、なにか大きな力が、何かのために私をここに連れてきたんだと思います。だから、私はこの世界で、私のすべきことを見つけたいんです。そこで、ルカさんにお願いがあります。」
「僕に、お願い?」
「はい。私に、この世界を見せてほしいんです。ルカさんが言うような、すごくきれいな景色や、この世界に住む人々に、会わせてほしいんです!」
朝日が差し込む。ふいに巻き起こった風に、彼女の髪が揺れる。それは、今まで僕が見たどんな景色をも凌駕する、奇跡の光景だった。
「リア。さっきも言ったけれど、僕は勇者だ。これからもっと危険な相手と戦っていくことになる。僕はこの命を落としても、世界を守らなければならない。だから君を連れて行くことはできない………」
「それでも!それでも私は、あなたと一緒に行きたいんです。あなたと最初に会ったとき、『この人だ!』って、思ったんです。なぜか、離れてはいけないような、そんな感情が生まれたんです。だからどうか。どうか、私を連れて行ってください。私を、あなたのそばに居させてください!」
ドクン!心臓が跳ね上がった。呼吸ができない。
どういうことだ?僕は、この言葉を、この声を、どこかで聞いたことが………。彼女を見る。本当に心から、強い気持ちを持ったことばだ。この子は強い。僕なんかよりもずっと強い。それに、自分も彼女と似ていると思った。彼女も僕と同じように感じていた。
「僕は、いや、僕も、何故か最初に君を見たとき、何かを感じたんだ。こう、心が軽くなるような、なんというか。」
何なのだろう。僕が抱えているこの気持ちは。一つ、一つだけ、僕の感情を表す言葉がある。
「守りたいって、思ったんだ。君を。生まれてずっと一緒に生きてきた仲間を失って、もうどうしようもない、もう諦めたいって思ったとき、君が現れて。なんでだろう。生きていてよかったって思える瞬間だった。本当に、心が浄化されていくような感じだった。」
「ルカさんも、同じだったんですね!」
「本当に危険な旅だ。この世界には、危険な魔物も、たくさんいる。君は、ついてこられる覚悟を持っている?」
「もちろんです!」
「わかった。それじゃあ、まずいろいろな準備をしないといけない。ここの近くに、小さいけれど街があるはずだ。そこで色々揃えよう。」
「はい!ありがとうございます。」
「あ、そうだ。」
「なんですか?」
「君、16歳だろう。」
「なんでわかったんですか!?」
「まあ、なんとなく。だから、僕に対して敬語を使う必要はない。僕と同い年だからね。気軽にルカ、とよんでくれていい。」
「は、はい。わかりました。あ、いえ、わ、わかった!」
「行こうか。」
「うん。」
僕達は遠くに見える街に向かって歩き出した。
「ルカ!この剣かっこいい!」
「はいはい。」
「ルカ!この盾って鉄で出来てるの?すごい軽いよ?」
「はいはい。」
「ルカ!ルカ!」
「はいはい。ちょっと落ち着いてね、リア。」
周りの目線が完全に、幼児にむけるそれだ。僕達は街の中心近くにある武器販売店に来ていた。そこで装備をリアに選ばせようと思ったのだけれど、あまりに興奮しすぎていて困っている。
「お!」
「なになに?いいものあった?」
「うん。これなんかどうかな。」
「わあ!すごくきれい!だけど、これって武器なの?これで戦えるようには見えないんだけど……。」
「いや、これは武器というより、自分の身を守るための装備だ。」
ガラスのような透明な物質で作られた指輪。
「この装備をしていると、一度だけ、致命的な攻撃を避けることができるんだ。」
「すごく便利だね。でも、たかいんじゃあ・・・」
「いや、これくらいなら大丈夫だ。後は・・・この短剣も買おう。こっちの指輪はなるべく使わないようにしたいからね。」
「そうかも。」
そうしてリアの装備を買い終えた僕達は、店の外に出る。
「やっぱりこの街の空気は僕の故郷とは違うなあ。」
「そうなの?この街の空気、結構綺麗だと思うけれど。自然もたくさんあるよ?」
「僕の街はこんなもんじゃないよ。いつか連れて行ってあげる。」
「ほんと?じゃあやっぱり、無事にその、邪神?を倒さないと!」
「そうだね。」
「ルカ、この装備、使い方がわからないんだけれど、教えてくれる?」
「もちろん。町中でやるのは危険だから、一旦出ようか。」
小さい町だから、ぼくのところのような城門はない。ほんの少し行くともう街の外だった。
「それじゃあ、短剣から。だいたい使い方はわかるよね?」
「うん。これでこう、戦うんでしょ?」
適当に抜いて振り回し始める。
「まあ、最初のうちはそれでいい。ただ、手首を痛めるかもしれないから、そこだけは気をつけて。」
「わかった」
「じゃあ、次は指輪の方。その指輪は、さっきも言った通り、一度だけ身を守ってくれるものだ。だけど、最後の手段だから、あまり使いたくない。」
「わかった。」
「あ、そうだ。その指輪、しっかりと持ち主がわかるように、自分の好きな形を刻印できるようになっているんだ。」
「そうなの!?」
リアが明らかに嬉しそうにする。何がそこまで嬉しいのかはわからないが、なにか、自分がいいことをした気分になる。
「うん。なにか刻印したいものはある?」
「うん!」
「それじゃあ、その指輪を両手で持って、目をつぶって。」
リアが言う通りにする。そうしたら、しっかりと、自分が刻印したいものを思い浮かべて。具体的な形を。」
しばらくすると、指輪が光り始める。彼女には光が似合う。ただの光に触れるだけで、何倍も幻想的になるような気がした。指輪は5秒ほど光って、消える。
「お、終わった?」
「うん。もう目を開けていいよ。」
目を開けた彼女は、指輪を見て驚く。
「すごい!ちゃんとできてる!」
「何を刻印したの?」
「ほら、これ。」
そう言って彼女が僕に指輪を見せてくれた。そこにあったのは、丸を半分にして、そこからまた中心部分をけずったような形があった。
「リア、これはなんの形?」
「月だよ!」
「つき?」
「うん。」
「その、『つき』ってなに?」
彼女はぽかんとする。そしてすぐに気づいたような顔になった。
「もしかして、この世界には月がないの?」
「えっと、その『月』がどんなものかによる、かな」
「月っていうのは、私が前に居た世界で、夜になると空に出てくるの。太陽みたいに。」
「夜になると、空に出る・・・」
「うん。それで私が彫ったのは、『三日月』っていう月。月は日によって形が変わって見えるんだよ。」
「そうなのか。一度見てみたいかもしれない。」
「うん。いつか、一緒に見られるといいね!」
彼女を見ていると、微笑ましさが湧き上がってくる。
「うん。」
いつかきっと、見てみたい。なぜか、本当にそう思えた。




