表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/26

精神の回廊

「あのう、すみません、生きていますか?」

遠くから、僕を呼ぶ声がする。

「あの、すみません、ここはどこでしょうか?」

何だ、夢か?

「あの、すみませーん」

目を開ける。目の前には、僕と同じくらいの年に見える少女が立っていた。

柔らかく笑ったその顔は、何処かで見たことがあるような気がする。

「あの、すみません。ここはどこでしょうか。」

何を言っているのだろう。ここはドロムの・・・。一気に昨日のことを思い出す。魔物の大群と戦って・・・この木の下にきた。ここは、戦場だ。だとすると、この少女は一体誰だ。まだ痛むからだを起こし、立ち上がった。

「君は、一体誰だ?」

言葉など考える余裕のないぼくは、率直に聞く。

「え、えと、私は、リアって言います。」

「リア………」

「はい」

「………………」

「………」

「……………………」

「あのう?」

「ちょっと待て。君はなんでこんなところにいる?」

頭が混乱している。

「それがわからないんです。」

頭がショートしそうだ。

「病院から出て、森に行ったら何故かここに………」

「びょういん?びょういんってなんだ?」

「え?いや、ただの病院です。」

「わからない」

「あの、どこか悪い人たちが、治療を受ける………」

治療………。少女がなにかに気づいたようにハッとした顔つきになる。

「もしかして、これって異世界転移というやつでしょうか。」

「異世界?それは、別の世界のことか。君はこことは違う世界から来たのか?」

「おそらくそうだと思います。この状況や、あなたの格好を見ると。」

「そうか」

「はい。異世界………。異世界?私、異世界に来た…?」混乱したかのようにボソボソとつぶやき始める。

「おい、大丈夫か?」

状況を自覚したのだろう。泡を吹いて僕の足元に倒れ伏した。




「なるほど。やっぱりここは異世界で、あなたはこの世界の勇者、ですか。」

「うん。」

「こんなの、ライトノベルによくあるやつですね。最近よく耳にしますし、アニメもたくさんあります。」

らいとのべる・・・。彼女と話していると知らない単語がたくさん出てくる。倒れた彼女を介抱し、状況を確認した。彼女の名前は、リア。こことは違う、別の世界から来たらしい。そこには日本、という国があって、彼女は学校というところに行っていた。なぜこの世界に来たのかは不明だ。僕も、自分のことについてざっくりと彼女に説明する。

「なるほど。ルカさんは、ここの世界の勇者で、邪神を倒しに旅をしていると。」

「ああ。」

「街がたくさんあるんですね。そこに行けば、元の世界に戻る方法などがあるかもしれないです。」

「そうだね。」

もう何もかも面倒になっていた僕は、適当に返事をする。

「あの。」

「なに?」

「街に、連れて行ってもらえませんか?」

いきなりのお願いだ。

「街に?」

「はい。人のたくさんいるところに行けば、きっとなんとかなると思うんです。」

そういうものなのだろうか。でも。

「悪いけど、それはできない。さっきも言ったけれど、僕は勇者だ。戦って、世界を守らないといけない。もっとも、こんな世界、滅ぼしたいくらいだけど。」

無理な笑いを浮かべる。でも、リアには見抜かれた。

「なにか、あったんですか?」

この子は、多分すごく優しいんだろうな。それに甘えて、すべてを話したくなってしまう。意図せずに口が動く。

「ここ、荒れ果ててるだろ。これは、昨日の戦いの跡。この戦いで、唯一の仲間を亡くしたんだ。それで、なんかもう、どうでも良くなった。この世界なんて、滅べばいい。そう、思うようになった。」

しばらく沈黙が続く。彼女が口を開いた。

「とても・・・辛かったんですね。わかります。」

カッと頭に血が上る。

「君にわかるはずないだろう!!この痛みが。この悲しみが!!」

思わず大声で叫ぶ。彼女は目を伏せた。

「確かに、あなたの過去は知らないですから、すべてが分かるわけではありません。でも、何かを失う痛みはわかっているつもりです。私も、前に大切な、本当に大切な人をなくしましたから。」

予想していなかった返答に戸惑う。僕は馬鹿だ。悲しくて、苦しいのは自分だけではない。そんな事はわかりきっている。

「ごめん。」

俯いたままのリアに、そう言うことしかできなかった。



「異世界、か。」

リアは、こことは別の世界から来たのだという。本当なのだろうか。それを確かめるすべはない。薪を拾い終わって、隠れ家にしている岩陰へと戻る。そこでは、リアが寝ていた。急な展開で、疲れたのだろう。もし彼女の話が本当だとして、僕が彼女の立場だったらどうしただろう。想像すらできない。寝ている彼女の横に腰を下ろし、手のひらを掲げる。そこに、火の玉を生み出した。

「こんな力………なんで僕だったんだ。もっと、ぼくよりも強い、誰かのものだったら………。」

僕はあまりに弱すぎる。僕という存在も、心も。いや、僕は。きっと僕は、逃げているだけだ。この先の、運命から。

「あ、これって・・・」

いそいで持ち物のなかから勇者手記を探し出して、開いた。

「やっぱり。僕、50代目勇者と同じような状況になってる。仲間を失って、右目を怪我して、もう諦めたくなってる。」

かつての勇者たちも、僕と同じような状況にあったのだ。それでも彼らは成し遂げた。この世界を守りきってみせた。

「すごいなあ。本当に。」

諦めそうになっても立ち上がる。すべてを捨てて進んでいく。そういう力が、僕に存在しているのだろうか。それに、今はわからないことが多すぎる。

「この、りあ?って子は、一体何なんだ?異世界から来たとか行ってたけれど⋯。」

彼女を見て、思う。この世界に魔法があるんだから、異世界だってあるのかもしれない。ふと思いついた。

「そうだ。リアの、記憶を見ればいいんだ。」

勇者手記の6ページ目、昔の勇者が考え出した魔法。寝ている彼女にそっと手のひらを向け、詠唱した。

「我が名、勇者ルカのもと、記憶を蘇らせたまえ。精神の回廊。」

目の前が光に包まれる。




眩しさに閉じていた目を開ける。目の前には、先へと続く、真っ白な廊下がある。そして、その両脇には一つ一つ、色の違うドアがあった。精神の回廊。それは、人間が経験したこと、思ったこと、感じたことを可視化するもの。記憶の回廊とも言えるだろう。僕が生み出した魔法というわけではないのに、何故かすんなりと情報が入ってくる。

「これで、ほんとうに異世界から来たかどうかがわかる。」

1つ目のドアのノブにそっと、手をかける。淡い黄色の扉。黄色は・・・

「嬉しさの、記憶・・・。」

ゆっくりと開く。



「リア!こっちこっち!」

「ちょっと、待ってよー!」

もう一人の子供と砂浜で遊んでいる様子だった。視点が地面に近い。これはリアの目線だ。もう一人、男の子は知らない。彼女の友達だろう。男子が滑って転ぶ。

「ちょっと、気をつけてよ!泥がいっぱいはねちゃったじゃない。」

「ごめんごめん!」

「あはははは!!」

楽しそうに駆け回っていた。これが、リアが嬉しいと感じた記憶・・・。僕にはない経験だ。見ていられなくなった僕は、思わず力を込めてドアを閉めてしまう。

今度は、そのドアの反対側にあった、淡い青色のドアに手をかける。

「リアの、寂しさの記憶・・・」

ゆっくりと開く。



「リア。おれ、しばらく病院ににゅういんすることになった。」

「にゅういん?」

さっきの男子と、リア。まだ5、6歳にもなっていないように見える。

「そう、病院ににゅういん。だから、おれしばらくがっこうにいけないくなっちゃった。」

「うそ。」

「ほんとだよ。ままがいってた。」

「もう、いっしょにがっこう、いけないの?」

「ううん。からだがよくなれば、またいけるようになるんだって。」

「ほんと?じゃあ私、これからまいにちおみまいにいくね!」

「ほんとに?」

「うん。やくそく」

「やくそくだよ!」

ずっと一緒にいた幼馴染がどこかにいくのだろうか。びょういん、にゅういん。聞き覚えのない言葉だ。幼い彼女の声からは、ほんの少しの強がりと、明らかな寂しさが感じ取れた。ゆっくりとドアを閉める。



「本当に、異世界から来たんだな・・・。」

彼女の目に写っていたもの。それは明らかにこの世界にはないものだった。

「これ以上見るのはリアに悪いし、戻ろう。」

そう言って、踵を返したとき。目の端に、あるはずのない色が映り込んだ。

「黒・・・!?」

感情の色に、黒はなかったはずだ。回廊を進み、ゆっくりと真っ黒に染まったそのドアに近づく。よく見ると、それは黒色ではなかった。黄色、緑、オレンジ、青、赤。数え切れないほどの種類の色が混在していた。よく見ると、一つ一つがうごめいて見える。

 

「私も、前に大切な、本当に大切な人をなくしましたから。」


彼女のことばを思い出す。あの時、リアはなんとも表現できない顔をしていた。この扉の奥。その感情のもととなった出来事がある。そう、確信していた。

「開いちゃ、だめ、だよな・・・。」

ドアのノブを見る。うごめく感情の嵐が、取っ手を隠そうとしていた。

「見られたくない・・・、いや、この記憶を、自分で消そうとしている?」

突然、その黒色が濃くなったように感じる。気がつくと、そのドアから黒い瘴気のものが溢れ出ている。思わず後ずさる。しかし、その一歩は地面を踏まず、空を切った。

「何だ!?」

必死に掴まりながら、後ろを振り向く。

「な、なんだ、これ・・・」

さっきまで形を保っていたはずの回廊が、徐々に形を失い、歪んでいく。一つ残った黒いドアも、侵食されようとしていた。異常で、初めての感覚だ。

「どうなってる!ヴィス!」

その名前を叫んでから気づく。ヴィスはもう居ない。

「く………」

どうにかしなければ。思いきり手を伸ばしてドアのノブを掴もうとする。

「く!」

指先が一瞬ノブに触れた。でもその指は無情に滑ってしまう。歪んだ床を踏み抜いて、僕は黒に飲み込まれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ