勇者手記
「こまった。」
思ったことをただ口に出してみる。
「こまった。」
何も変わらない。はあ。今僕の目の前には、一冊の本があった。そう。あの時、図書館から逃げようとしてそのまま持ってきてしまったのだ。
「どうしようか、ヴィス。」
「ワン!」
こいつはいつも元気に頼りない。
「図書館に戻しに行っても、あの夜あそこに居たことがバレちゃうしなあ。いや、と言ってこのままというわけにもいかないし・・・。どうしたものか。」
「ワン!」
「いっそこのまま・・・!」
「ワン!」
「いやだめだそんなこと。」
「ワン!」
「うるさい。」
シーン。
「ふう。やっと大人しくなった。」
「ワン!」
諦めて後ろを振り返る。ジトー。
「あのさ、ヴィス。君、一応動物じゃなくて精霊なんだからさ、もうちょっと真面目に生きてみようよ。」
「ワン!」
だめだこりゃ。
「このやり取りも、もう何回目だろうなあ。」
「ワン!」
「うん?1回じゃないぞ?」
「ワン!」
「ヴィス。ちょっと一緒に草原を駆け回ってこようか。」
「ワン!」
尻尾を振って真っ先に出ていく。すかさず僕は扉を締めて鍵をかけた。
「いやあ、あいつほんとに精霊なのか?」
僕が2歳のときに故郷の村の近くで拾った犬だ。拾ったときにすでに大人の犬の姿だったから、今は何歳くらいだろうか。
「まあ、精霊に年齢も何もないか。ふう。って、忘れてた、本のこと。そもそもこれ、なんの本なんだ?」
近づいて手に取る。色が霞んでいてほぼ読み取れない。でも、大体の推測でわかる。
「勇・・・者・・・手記・・・勇者手記!?」
勇者?それって、僕の・・・?
「何だ、これ?」
表紙を1ページめくった先に、なにか模様が書いてあった。
「これは、魔法陣?でもいったい、なんの?」
そーっと耳を床につけて、階下の音を聞く。魔法を使うと、何をしていても、僕に説教をしてくる存在。その有無を確認する。
「よし、おばちゃんは居ない、と。やるか。」
魔法陣というのは、魔力を流すことで発動することができる、魔法の一種だ。僕はその魔法陣に手をおいて、そっと魔力を流し込んだ。魔法陣が光り始める。ん?なんだか変な感覚だ。何かが、体に入り込んでくるような・・・。突然、ものすごい頭痛とともに、頭の中に映像が流れ込んできた。
4月2日
今日は私の誕生日だ。誕生日を祝ってもらい、改めて幸せを実感した。妻と子供が盛大に祝ってくれた。長男からは、何やらおかしな形の石をもらった。彼の趣味は石集めだ。次男からは、庭に咲いている花で作った、ブーケをもらった。妻と協力して作ったのだという。本当に、今は幸せだ。この暮らしが永遠に続くことを祈っている。
4月3日
私は勇者だった。今日突然、魔法が使えるようになった。勇者は、魔法という奇妙な力を使うことができる。『勇者』。それは人々の願いを叶えるべく、この世界に生まれる者。そして唯一、世界を変える力を持つ者。彼らの仕事は、「邪神」と呼ばれる、悪の根源を絶つこと。本当に名誉なことだと思う。特別な力を持って生まれてきて、そしてこの世界のために戦える。でも、嬉しいとは思うことができなかった。家族も悲しみに暮れた。私はどうしたらいいのだろう。
4月4日
邪神の討伐に出発した。仲間は居ない。誰も好きでついてくるものなど居ない。勇者などと一緒に居たがるわけもない。本や童話に出てくる勇者は、かっこよく世界を救うヒーローだ。でも、この世界では違う。確かに世界を救うヒーローではある。でも、生きて帰ってくることはない。私は50代目の勇者だ。これまで49人、勇者が居た。そしてその全員が、邪神を倒して世界を救った。でも、それから二度と、人の前に姿を表すことはなかったらしい。邪神を討伐した勇者は、帰ってこない。
4月5日
魔物の大群に遭遇した。ひどい戦いだった。私は右目を失った。かろうじて命は助かったものの、運が良かったとしか言えない。もう本当に、嫌になってしまった。なぜ私ばかりがこんなひどい目に合わなければいけないのだろう。でも、進まなければ。私が諦めてしまえば、世界は邪神に滅ぼされてしまう。それだけは絶対に阻止しなければいけない。
4月9日
状況が悪く、この日記を書く時間すら取れない日が続いていた。でも、ここしばらくだけは、時間がある。私が今いる街は、いわゆる「最後」を生きる街なのだろう。これまでの勇者も全員、この街に滞在し、討伐に向かっていった。しばらくはひたすら休む。ついに来るその日、ここを出ていける勇気が果たして私にあるのだろうか。明日の私が、世界のために動ける私であることを祈る。
4月17日
私は今日、邪神の討伐に行く。これまで49人、勇者全員が守ってきたこの世界を、絶対に受け継ぎ、守らなければいけない。そして、それは今、私にしかできないことだ。
そして、今日、私は新しい魔法を見つけた。これは、相手の頭の中を読む魔法だ。相手の過去や心情を探ることができる。しかし、私にはきっと使う機会がないだろう。だから、この日記に書き残しておく。いつか、私ではない誰かの手にわたり、使ってもらえることを祈っている。邪神討伐にいって、帰ってきた勇者は居ない。私ももう、覚悟はできた。家族を故郷において出てきた私は、邪神とともに永い眠りにつく。それでも、一欠片の希望を持っていてもいいのだろうか。私が、生きて帰ってきた勇者の一人目になれるという希望。もし帰ってくることができたならば、この日記の続きをこのさき一生、書いていきたいと思う。
それは、たった6ページしかない日記だった。




