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「君は、主人公か。」

真っ白な壁。真っ白なベッド。ここは病院だ。僕は今、死にゆく自分を見ている。

深山晴。それはこの世界での僕の名前。いろんなことがあった。嬉しいことも、悲しいことも。

僕を取り囲む人たちの中に、よく見知った顔がいる。リア。僕の一番、大事な人。僕は今、君に会いにいく。いま確かに、手のひらに彼女の涙が落ちた感覚がした。しっかり、伝わっている。彼女の、思いが。

ピーー。

残酷で、ある一人の人生の終わる音。でも、終わらないのだ。

続いていいのだ。ここは、彼が生きた物語。

それは、主人公を失ってもまだ、続いていく。


この音を最後に、僕は、この世界での人生を、終えた。この世界を、生き抜いたのだ。そう実感していると、リアが病室から飛び出していった。僕は彼女の後を追った。彼女は、全力で走っている。まるで、何かの運命から逃げるように。まるで、何かを探し求めるように。彼女の後を追う僕は、何度も、何度も彼女の名前を呼んだ。

届かない。いくら呼んでも、彼女に届くことはなかった。

リアは、あの日の僕と同じ道を、走った。何かから、逃げて、逃げて、逃げる。住宅街を抜けて、森へ入る。僕も急いで彼女の後を追う。彼女の背中に触れようと、必死に手を伸ばす。だめだ。今の僕では、彼女に手が届かない。もう少し、もう少し。ほんの少し先に、君がいる。少し、指先が触れる。でも、その指先は無情にも、彼女の体を通り抜けてしまう。なんで。こんなに、近くにいるのに。こんなに、君に触れたいと思っているのに。

そんな自分の思いを少し離れて見る。なんだか無性におかしくなってきた。笑いすら込み上げる。ああ、幸せだ。君を追い求める、この時間が。もう少し。もう少しで、また会える。今度こそ、約束を果たせる。

「キャ!」

リアが、木の根につまずいて転ぶ。そっと彼女の手を取って、助け起こした。

「あ、ありがとうございます。」

そう言って困惑する彼女。僕の姿は見えていないのだろう。本当に不安そうな瞳だ。泣いた跡が残っている。


でも、大丈夫。


そう、呼びかける。

僕たちは、また会える。この後、すぐ。森の中の空き地に辿り着いた。その中心にある木に手をついて、休んでいるリア。隣にある切り株に気づいた。空には三日月がかかっている。そして、切り株に溜まった水に、月が映し出されていた。神秘的に。幻想的に。それは、僕たちに一番近い、星。

その星をとろうと、そっと手を伸ばすリア。僕も、そっと、手を伸ばす。


またあの月へ、手が届く。








気がつくと、知らない場所にいた。花畑の真ん中だ。ポカンとしてから、口を開く。

「そうか、前に、花で埋め尽くしたから……。」

ここは、どこだろう。見渡す限りの花畑だ。あとは、その中央あたりに一本、大樹が生えているだけ。なんの当てもないが、目標地点を設定する。理由はないまま、微笑む。


「真ん中、いってみるか。」


ひとまず大樹を目指して歩く。花畑の中はかなり歩きにくい。それに、綺麗な花を踏んづけてしまうのも忍びなかった。ごめんなさい、と、心の中で謝りながら、進んでいく。

「遠いなあ。」

魔法で飛ぶことも考えたが、それはなにか、違うような気がした。今は、自分の足であるきたい。この感触を、感情を、噛み締めたい。こころからそう思う。花畑の中を進むのは、なんだか浅いプールの中を歩く感覚に似ている。そういえば、この世界ってプールないんだっけ。リアとの会話を思い出して、笑みが浮かぶ。


「ついたー。」

長い時間をかけて、大樹の目の前につく。本当に大きな木だ。すごく太っていて、すごく硬い。葉っぱの色が花畑の魅力を増大させている。時にその隙間から覗く光は、波に煌めく光の粒みたいだ。

「光が、呟いている。」

そんなポエムを作ってから、その場に寝転んでみる。大樹の上の方に目をやって、気がついた。自然と笑顔になる。

「なるほど。ここがどこだか、わかった。」

大樹を見上げる。その太い枝の一本に、赤い色の首輪がかかっていた。

「やっぱりお前だったんだな。ヴィス。」

大樹に向かって、そう、話しかける。親友は、死んではいなかった。別のものになって、僕と、大切なものとの架け橋になってくれていた。

ここは、リアとまた、出会った場所。

「ありがとう、ヴィス。君がいてくれてよかった。」

そよ風で枝葉が揺れる。ヴィスが尻尾を振った時の、嬉しそうな顔。大樹の表情がわかる気がした。

「ん?なんだ?これ。」

足元に何かがある。拾い上げると、それは本だった。金色の文字が印字されている。僕は、この本を見たことがある。それはあの日、僕が本当の僕をを見つめ直すきっかけになる。思わず微笑みが溢れた。

「そっか。やっぱり、自分で伝えないと。」

一緒に落ちていたペンで、ある一行を書く。これを届ける相手は、もう決まっている。雪が降っているあの日、あの時の僕。何もかも失って、ひとりぼっちになっている、僕。

「ヴィス。あの時の僕に、これを届けて。」

木に開いた穴に、本を差し出す。微かに、向こう側で誰かが受け取った気配がした。向こう側で、小さな僕が不安そうな顔をしているのが、手に取るようにわかる。大丈夫だ。しっかり、届いた。

今の君は、辛いことがあって、何もかもが嫌になるかもしれない。でも、大丈夫。いつか必ず、ちゃんと幸せになる時が来るから。みんな、君の味方だ。そんな言葉で、人生をもう一度、純粋な目で見て欲しい。そう、願う。

「なあ、ヴィス。今の本に、なんで書いたと思う?ヒントはなし。」

わからない、というかのように、木が左右に揺れた気がした。

「答えは、」

「君は、主人公か。」



風が巻き起こり、花を散らす。

ずっと聞きたかった声が、後ろから聞こえる。僕の一番大事なもの。ずっと一緒にいたい人。絶対に、離したくない人。

「大正解!」

後ろでリアがクスクス笑っている。

本当に綺麗な世界だ。この壮大さの中で僕たちは、こんなにも幸せで、こんなにも美しい。僕たちが作った人生。僕たちが生み出した世界。僕たちの、新しい運命。

空を見上げれば月が見える。その当たり前を、奇跡だと思える、この世界。


長かった。本当に、長い旅。その結末にあるのが今、この感情。


僕の生きる理由。それは、大切な人と一緒にいたいから。

私の生きる理由。それは、大切な人と離れたくないから。


後ろを振り返る。

彼女と目が合う。随分と長い間溜め込んでいた感情が、涙となって静かに溢れる。それは彼女も同じだ。

空を見上げる。どこまでも続く青空。前を見る。どこまでも続く、花畑。光輝く湖面。その全部が、僕たちを祝福していた。


この世界で生きる僕らはもう、本当の幸せを知っている。


ああ、きっと今、僕らが見ている景色は世界で一番、美しい。










誰かが僕らに聞いた。

君は、主人公か、と。


主人公というのが、物語に出てくるようなものなら、

私は違う。


俺たちの人生は、1人だけでは成り立たない。


どこかの誰かが、私たちの人生を変えるかもしれない。


誰かに彩られ、









誰かの物語を彩る。



それでも。



私たちは願う。



俺たちは、俺たちの創造主でありたいと。



それは、物語の役割ではない。



ただ、その原点。



それが、私たち。



だから、僕たちは。








この、世界の。












この、人生の。























原作者だ。














あなたの人生が、最高の物語になりますように。

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