泣き笑い。
魔法が解けて、目の前の景色が元に戻る。目の前の姉さんは、まだ泣いていた。
「リアム。お願いがあるの。」
泣き止んだ彼女が口を開く。何か、覚悟を決めたような顔だ。
「お願い?」
「ええ。」
彼女の表情から、それが心から望むことだとわかる。。今、彼女が望むこと。それは。
「わたしを、消してほしい。」
「え!?」
驚く。消す?姉さんを?何を言っているんだ?どういう意味だ?
「姉さん?どうしたの?なんで?消すって、え?殺すって、こと…?」
そんな僕を見て、彼女がクスッと笑う。
「わたしはもう、とっくの昔に死んでいる人間。私がお願いしたいのは、責任を取らせてってこと。」
「責任?」
「ええ。わたしは、数多くの人を傷つけた。いくらあなたが作った世界とはいっても、それは許されることではない。」
そんなこと、僕は気にしない。それを言ってしまえば、きっと僕は勇者失格だ。
この世界も。この、勇者という存在も、僕が作り出したもの。そこで、姉さんが、たくさんの仕掛けをして、僕を殺そうとした。姉さんが傷つけた人たちの数。それは計り知れない。
現実なのだ。この世界が。僕の作った、この世界が。最後の望み。それを叶えられるのは、僕だけ。
「わかったよ。姉さん。」
安心したように、笑顔になる。
「ありがとう。」
これで、最後なのだ。この旅が終わる。誰かを失うのも、もう終わり。でも、僕には、あと一つ、やらなければならないことがある。
「姉さん。この世界では、勇者は邪神を討伐に行った戻らないんだ。」
「ええ。私がそうしたのよ。」
「勇者が使う魔法。それは計り知れない力を持つ。」
「ええ。」
「僕は最後まで、勇者でいたいんだ。」
「え?リアム?」
魔法を作るんだ。この世界から彼女を消す魔法を。そして。
「この世界を、救う魔法を。」
全部、元通りに。全部、なくならないように。みんなが、幸せであるように。そんな魔法を、今、作る。
「リアム!ダメ!そんなことしたら、あなたの命まで持って行かれてしまう!」
「いい!それでいいんだ!」
「どうして!?」
姉の表情は驚きと悲痛を詰め込んだ、悲しさで溢れている。
ごめん、姉さん。
この世界は、僕が作った世界だ。そして、僕が生きた世界。僕の人生の、舞台なのだ。だから、それを守るのは、僕の仕事。この世界で生きたのなら、僕はちゃんと、この世界の生き方をしなくちゃならない。座り込む姉さんに、笑顔で伝える。
「僕は、勇者なんだ。」
姉さんが目を見開く。そして笑った。初めて見る、彼女の幸せそうな笑顔。もう、忘れない。もう、失わない。この幸せを、世界に残す。
ありがとう、みんな。ありがとう、姉さん。ありがとう、僕の生きた世界。
何よりも綺麗な魔法を、放った。
いた。ルカが、見える。一体何をしているのだろう。邪神と戦っているのではないのだろうか。不意に、彼は天に向かって手をかざした。
「ルカ?!」
思わず叫んでしまう。でも、その声がルカに届くことはなかった。ルカの手から、魔法が放たれる。閃光が、高く高く、空に上がっていく。そして、夕方の空に花が咲いた。
バーーン!!
「花…火?」
花火ではない。弾けた光の一粒一粒が、消えずに地上に降り注いでいた。
「うわああー!」
あまりの綺麗さに、心を打たれる。全天に広がった、光の粒は、地面に近づいてくる。そして、地面に触れた。その瞬間。一輪、花が咲いた。小さくて、綺麗な花。二つ目、三つ目。瞬く間に花が咲き広がっていく。
この世のものとは思えない絶景。自然が、息を吹き返していく。荒れ果てた地は、緑の茂る草原に、空と陸には花畑が敷かれていく。
空を覆っていた雲も、徐々に雨となり、太陽の光を貯めた水を、地面に降らせる。至る所に七色の光が満ちる。
わたしはただただ感動していた。これまで見たこともない景色。見渡す限り、自然で溢れている。
不意に、足元から光の球体が浮かび上がってくる。
「わあ、うわあ!」
地面全部から、光の球体が空に上がっていく。空を見上げると、まるで星のように、一つ一つが輝いている。ああ、ずっと、ずっとこの景色を追い求めていた気がする。私が春に会った時から。もしかしたら、世界に生まれる前から、想っていたのかもしれない。この、景色を。
わたしは走り出した。溢れてくる感動の感情を、誰かに伝えたかった。ルカ。ルカは、どこ?
「ルカ!!」
いた。空を、見ている。彼の両目からは涙が流れている。
ドクン!
私の心臓が、激しく拍動している。あそこにいるのは、ルカ。でも、それだけじゃない。
ハルは感動する時、目を閉じて泣く。
ルカは、感動する時、目を閉じて、泣く。
二人の姿が重なる。余すことなく、ピッタリと。
ほら、やっぱり。
私は確信して、笑う。
ハルはもう、私のそばにいた。ずっと、私のそばにいてくれたのだ。
涙はまだ出ない。体が、感情に追いついていない。私は全力で、彼の名前を叫んでいる。
そのとき、突然、ルカが膝をついた。そのまま倒れ伏す。
「ルカ!?」
慌てて駆け寄る。彼は、光の中で、目を瞑っていた。
「ルカ、ルカ。大丈夫?」
ルカが目を開ける。滝のように流れる涙を拭うことはなく、こちらを満面の笑みで見つめる。そしてわたしに向かって手を伸ばした。
「リア!リア。リア。」
何度も、何度も、わたしの名前を呼び続ける。わたしはルカに抱きしめられながら、泣いていた。もう、何がどうなっているのか、わからない。ただ、涙が止まらなかった。
「ルカ!」
ルカが泣きながら笑っている。涙の一粒一粒が弾けている。彼が口を開いた。
「会えた!また、君に。ずっと、ずっと、会いたかった!」
そう言いながら、わたしの額に、彼の額を近づけてくる。そしてそっと、触れた。
わたしの中に、彼の記憶が流れ込んでくる。
一度目。彼はリアム。私はシャーロット。幸せな時間は、簡単に崩れ去ってしまう。
二度目。彼はハルで、私はリア。約束は守られなかった。そう、思っていた。
三度目。彼に、会った。彼を見つけたのは、初めてじゃなかった。その幸せは、まだ私から遠のいていなかった。
邪神と呼ばれていたのは彼の姉。そして、そこは彼の作った世界。
リアムはハルで、ハルはルカで。
わたしの一番大切なもの。
失ったと、思っていたもの。
まだ全部、私のそばにあった。
何が、どんなことがあろうと彼は、約束を守ってくれる。
私のそばに、いてくれるという約束を。
「ハル!!」
「リア!!」
力一杯抱きしめ合う。もう、離れないように。彼がわたしを、離さないように。
いまこの世界に、わたしの全部が残っている。
風に巻き上げられた花びらと、空から降ってくる光の雨が重なる。圧倒的な美しさの中で、僕たちは抱きしめあっていた。
リアが、一番大切なものが、今僕の腕の中にある。離れたくない。その一心で、僕は彼女を抱きしめる。あたたかい。柔らかい。心の奥に、もう一度命を吹き込まれる感覚。ああ、なんて、なんて幸せなんだろう。ずっと、ずっとこうしていたい。
でも、もう、時間はなかった。
「リア。」
「ルカ?」
「リア、よく聞いて。」
「うん。」
「僕は、もうすぐ死ぬ。」
「うん。」
その反応は、前の人生で同じことを知った時とは、まるで別のものだった。強くはなくても、確かな芯を持った返事。
彼女は泣きながら笑っている。僕の記憶を共有した。彼女はこれまでのことを全てわかっている。
座り込んでいた僕たちは、お互いに支え合ってその場に立つ。世界は一変していた。自然が歌っている。花たちが、呼吸している。この世界の全てが、生きていた。僕がやったのだ。勇者として、この僕が。
「まだ、足りない。」
この世界に、僕の全部を残す。僕は全力で魔法を放ち続ける。よろける僕を、リアが支えてくれている。2人とも、笑っていた。これで、全てが終わる。全て。あとは、あとは。僕を、出し切るんだ。
新しく、終わるために。
「おわっ!」
「キャ!」
ドスン。
とうとう立っていられなくなった僕は、リアと一緒に、倒れてしまう。
「「あははははははははは!!」」
一緒になって大笑いする。この全てが、本当に楽しい。この全てが、本当に、嬉しい。
落ち着いたリアに、話しかける。
「リア。僕は二度、世界を作った。」
「うん。」
「ここは、君にまた、会うための世界。」
「うん。」
「これは、僕たちの今は、運命なんかじゃない。運命を変えることなんてできなかったんだ。僕らには。だから、だから僕は。」
運命を変えるかわりに。
「作ったんだ。運命を。新しい人生を。新しい、この、物語を。」
「うん。」
彼女が今できるのは、返事だけ。何も、言葉にならないこの感情。その気持ちがよくわかる。
「世界を作ったとき君はいつも、僕に会いにきてくれたんだ。すごく遠いとこから。」
「うん。」
彼女の姿が涙でぼやける。今ばかりは、目を閉じて泣く僕はいない。ああ、もっと、見ていたい。もっと、感じていたい。この温もりを。
「だから!だから、今度は、僕が、君に会いにくる。待っていてほしい。僕は、絶対に、君に会いにくる。だからその時は。」
本当の、最後。そして、本当の、始まり。もう、声が、掠れる。
「今度こそ一緒に、僕たちの物語を、生きていこう。」
「うん!!」
僕の体はもうほとんど動かない。それでも。僕にはまだ、あと一つだけ、やることがある。この世界にはなかった存在を、作り出す。
「リア……これは、君に。君だけに、送る魔法だ。」
最後の力を振り絞って、その存在を作り上げる。彼女の好きな形に。
「リア……」
体が消えていく。意識が薄れていく。最後に伝える言葉はもう、決めていた。恋の感情がさらに深く、そして大きくなった時に使う言葉。今、その言葉は、なんの躊躇もなく、出てくる。君に。君を、今。この先も、ずっと。
「愛し…て……る……。」
最後に見たのは、彼女の泣き笑いだった。




