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終わりと始まり

西暦2040年、東京


ピーピー。ピーピー。


警告音がなる。止まる。鳴る。止まる。その繰り返し。白に覆われた病室。やがて、モニターに映し出されていた波形が、その形を崩していく。より平らに、よりまっすぐに。ベッドに眠る俺の周りには静かに見守る沢山の人々。そのほとんどが涙を流している。悲しいと思っている。


ああ、俺は。俺はなんて幸せなんだろう。この人生の終わりが、こんなに満たされている。こんなにも、俺で良かったと思えている。特になにかいいことをしたというわけではない。誰かのために力を尽くしたわけでもない。本当に、神様が幸せを与える人間を間違ったんじゃないか、ってくらいに、本当に幸せだ。死ぬことに対する恐怖はある。


だけど。


この瞬間は、俺の全部だ。俺がこの世界で生きたことの証明だ。誰かの涙が俺の手に落ちる。その涙の、人間の温かさを感じる。鼓動が弱まっていく。


ありがとう、みんな。

ありがとう、俺の生きた世界。


 「6月30日、16時30分。お亡くなりになりました。」













これから始まるこの物語は、きっと愛に溢れている。それは悪い夢。だけど、神秘的で、感動的。そんな、物語かもしれない。

 







  顔を出したばかりの太陽が、地面を少しずつ、照らしていく。水面に光を散りばめる湖。時々、口をつける動物たちによって、波紋が広がる。その上を舞う蝶。そうしてゆっくりと、この世界に朝が広がっていく。


ふと、宙を舞っていた蝶が、一匹の、草原で寝ている犬に近づいた。そして、その鼻先に柔らかく、そっととまり、朝を伝える。


「クウン」


目覚めた犬は立ち上がり、少し伸びをしてから走り出した。大自然の中を駆けていく。少し遠くに、街が見えた。色とりどりの屋根や、河原で遊ぶ小さな子供たち。加速した犬は川を飛び越え、街に入り、坂や階段を駆け上がる。向かう先には建物。風のように駆け、開いていた窓に向かって勢いよくジャンプをした。

「ぐえっ。」

華麗な着地を決めたその足の下から呻くような声が聞こえる。犬が僕を起こしに来たのだ。

「ちょっと、痛いよ、ヴィス。降りて。」

ヴィスと呼ばれたその犬は、言葉を理解したかのようにベッドから飛び降りた。

「いたたた。起こし方をもう少し考えてくれてもいいと思うんだけどなあ。」

「ワン!」

「それは『了解!』って意味?それとも『嫌だ!』って意味?了解なんだとしたら毎朝のこのやり取りはなんだろうね。」

「ワン!」

「だめだこりゃ。」

意味のない会話を繰り返しているうちに、僕に再び眠気が襲いかかる。

「いまだ!」

ヴィスの気が緩んだ隙に、毛布をしっかりと掴んでくるまる。

「ワン! ワン!」

うーん。到底寝れたものじゃない。はあ、と軽くため息を付いた僕は、立ち上がって伸びをする。

「おっ!」

階下から漂ってくるいい匂いを肺の中いっぱいに感じた。

「ご飯の時間だ。行くぞ、ヴィス!」

「ワン!」

「わかるぞ。それだけは『了解!』のワン!だな。」

何も聞こえなかったかのように、真っ先に階段から降りていく。

「おいこら!フライングだ!」

僕の言葉が聞こえていないかのように駆け下りていくヴィス。フフフ。僕に火をつけたな。思わずニヤリとしてしまう。

「我が肉体に力を与えん。身体強化!」青白い光とともに力が湧き上がる。

「おりゃああああ!」ここは3階だ。でも全力で壁を蹴って一瞬にして一階に到着。

「今日は僕の勝ちだ、ヴィス!」 

あれ?まだ来てない?おかしいな。ほんの少し僕が早いくらいかと思ったんだけど。なぜか背筋に寒気が走る。

「ヒエッ!」

階段の上を見上げようとしたら、後ろからとてつもない殺気を感じた。ゆっくりと振り返る。

「こーらー!あんた、建物の中で魔法を使うなって、何度言ったらわかるんだ!」

そう叫んでいるのはこの宿屋のおばちゃん。ちょうど朝食を作っていたのだろう、その手には包丁が握られていた。

怖い。怖すぎる。思わず後ずさりながら弁解する。

「いやあでも、ヴィスだって精霊術を使って・・・ほら!」

階段を指差す。そこには落ち着いた様子で優雅に階段を降りてくるヴィスの姿。

「嘘だろ・・・」思わず口をあんぐりと開ける。

「ほら、今日はヴィスはしっかりとしているじゃないか。御主人様と違って偉いねえ。こらルカ!あんたは朝ごはん抜きだよ!」

「そんなあ。」

「ほら出てった出てった。」

まったく。ヴィスのやつ、覚えてろよ。そう思っていても、外に出た途端頭が冷える。

「やっぱりすんごくきれいな街だなあ、ここ。」

目の前に広がる絶景にため息を付く。

今僕の頭の中では、物語の始まりの様な、壮大な音楽が流れている。僕がいるのは、ドロムという街。僕は13年前にこの街に来た。大きく息を吸う。僕はこの街が大好きだ。ここに住んでいる人たち。空気のきれいさ。かなり発展している街とは思えないほど、周りの自然が家々と共存している。そんな事を考えていたら、後ろから声をかけられた。 

「何度も言ってるが、ここは街じゃあなくて、都市なんだがなあ。」

「あ、八百屋のおっちゃん!おはよう!」 

「今日も元気がいいなあ、ルカ。」

ルカというのは僕の名前だ。自分でも結構気に入っている。

「おっちゃんも今年60とは思えないよ!」

「ありがとさん。じゃあな。今日はたくさん仕入れがあって忙しいんだ。」

「うん、またね。」

会話が終わっておっちゃんを見送った後、無駄に元気な体を動かすべく、全力で坂道を下る。風が気持ち良い。しばらくすると、目的地が見えてきた。僕の行きつけの料理店。看板には「れすとらん」という文字が見える。これがその店の名前だ。店名からわかる通り、店長も変わっている。

「よし。」

ドーン、と扉を開ける。

「たのもー!」

「道場破りか。」

勢いよく入った僕に、すぐに声が飛んでくる。ボケてからツッコミまでのタイミングが天才的だ。鋭い眼光に、よく手入れされた髭。頭には、彼の小さな体に見合わない、大きなコック帽が乗っている。

「店長、いつもの!」

「はいよ、カウンターで待ってな。」

年季を感じる店内は、どこか心を落ち着かせてくれる。

「なんだ、ルカ。今日も朝飯抜きか?」

「まあね!」

「誇らしげに言うことか?」

やっぱりすぐツッコミが返ってくる。

「おばちゃんが厳しすぎるんだよう。」 

「お前が悪いときの言い方だな。」

「ぐう。」

ぐうの音は出たものの、やっぱりこの男には隠し事はできない。

「はいおまち。」

目の前に定食が置かれる。肉をメインにした朝食セット。僕のお気に入りだ。

「うん。やっぱり店長の作るご飯が一番美味しい!」

「おだてたって量は増えねえぞ。まあそんなことより。」

店長がカウンター席に座る僕の前にたつ。

「ルカ。お前、本当に大丈夫か?そろそろだろう?」

その言葉に、この幸せが長くは続かないことを思い出す。

「うーん、どうなんだろう。やれることは全部やった感じかな。まあ後は。」

一呼吸置く。あとは。なんだろう。僕が目標としているもの。いや、最終的な目標は一つか。

「生きて返ってくるだけだ。」

僕のことばに、店長が真面目な顔になって言う。

「絶対死ぬんじゃねえぞ、『勇者様』」

僕も真剣になって答える。

「ああ。」

いよいよ始まるのだ。この世界を救うための戦いが。


「れすとらん」を出た僕は、大きな建物の前に立っていた。王立図書館。遠くから見ると、もはや一つの城にしか見えないほどに、それは大きい。僕は小さい頃からここに来ていた。今でも週に3回以上は来ている。要するに、常連、てことだ。

大きな扉の前に立つと、その扉はひとりでに開く。この仕掛けは魔法でできているのだろうか。僕は魔法が使えるけれど、その仕組みは、僕にはわからない。

「今日は、なんの本を読もうかな?」

僕は本当に、本を読むことが好きだ。読むうようになったきっかけはわからない。そもそも、自分が小さかった頃の記憶なんてそこまで鮮明にあるはずもない。今日は特に読みたい本がこれといって決まっていたわけではなかったから、手当たり次第に気になるものを探して読みふけった。

この図書館は、広大な建物を活かしたつくりになっている。壁のように本棚が並ぶその真ん中に、椅子やテーブルがおいてあり、いつでも使えるようになっていた。

本はどんな時も時間を忘れさせてくれる.。今日もまた、気がつくと昼過ぎになっていた。不意に感じた空腹感。やはり本はいい。

「うーん。」

小さく伸びをして、次の行動を考える。

「ウーン、この後どうしよう。まずお昼ご飯を食べたいけど、れすとらんには朝行ったから、別の所が良いかな。」

特に行きたいところは思いつかない。商店街回って考えようかな。とりあえずいったん外に出よう。

がらららっ。椅子を引く音がやけに大きく響いた。

この時間帯は人が極端に少ない。今も中にいるのは僕とあと2,3人といったところだ。僕は大きな螺旋のように連なる本棚の間を通って、出入り口がある上へと向かう。

「あれ?こんなところに階段なんてあったっけ?」

出入り口までもうすぐ、といったところに、少し小さめの階段があった。でも、入ってくるときにはこんな階段はなかったはずだ。

「変だな。」

階段の上の方を見上げる。上の階からは特に人のいる気配はしない。何気なくその階段に手をかけると、ガラッと音を立てて、ほんの少しだけ移動した。違和感を覚えて床と階段の接地面を見る。そして気づく。

「ああ、これ、移動できるタイプの階段か。蔵書整理に来た人が、戻すの忘れたのかな。」

ゴクリ。一般の客は、この図書館の1階のみの利用が可能だ。つまり、一般の人はここから上に足を踏み入れたことはない。

ゴクリ。もう一度、喉のなる音が響く。

「ちょっとなら、大丈夫だよね・・・?」

周囲を見回して、人がいないことを確認する。なるべく音を立てないように上に上がっていく。そして扉を開いた。

「失礼しまーす・・・て、うわあ。」

その階段を登った先には、とんでもない量の本が並んでいた。本以外のものが目に入ってこない。

「なるほど、下に置ききれないはずだ、こんなの。」

この図書館は、小さい頃にいった大きな草原くらいの大きさだ。それなのに置ききれない程のこの量。

「さすが、国が運営してるだけある。」

その時、ふと一冊の本が目にとまった。近づいて題名を確認する。

「あ、これ下にあった本の原本じゃないか。初めて見た・・・。」

小さい頃から読んでいる好きな本の原本だった。もうかなり昔のものだ。色んなところが破れていて、表紙もかなり色が薄くなっている。

「すごいなあ。」

まあ、いくらなんでもこれが持ち出し禁止なのはわかる。諦めて元の場所に戻した。

「他にはどんなのがあるんだろ・・・。」

ガタン。突然、さっき僕が登ってきた階段の下から物音が聞こえた。

「おい、誰だよ、こんなところに階段置きっぱなしにしてるやつ。一般客が入ったらどうすんだよ、もう。」

声とともに、ガコッと、階段を動かす音。しばらくすると、音が鳴り止む。階段を片付けに行ったのだろう。あれ?ちょっと待てよ?僕はあの階段から上がってきた。2階に続く階段は他にもあるけれど、いつも鍵がかかっているはずだ。これってまさか。


「閉じ込められた・・・?」




「こまった。」

感じたことをそのまま声に出してみる。

「こまった。」

なんだか虚しくなってくる。真っ暗な館内に響く声は、やがて黒に吸い込まれて消えた。

「どっかに、別の出口ないかなあ。明日までこのままってわけには行かないし・・・。」

僕は今日の昼頃、ここに閉じ込められてしまった。いや、もう今日かどうかもわからない。もしかしたら次の日かもしれない。館内は、ほぼ人が居ないも同然の状況。助けを呼んでも誰も来ない。そんなこんなで現在、夜になっていた。

「もう、ここ暗いし埃っぽいし暗いし暗いし、速く出たいなあわああ!」

ブツブツ言いながら歩いていたら、床に落ちていた本に躓いて、転んでしまった。こう暗くちゃあ、埒が明かないな。

「光よ。」

魔法で光の玉を出す。真っ白に輝くその光は、真っ暗だった館内を明るく照らした。

「よっと。」

暇つぶし目的で、魔法で色々遊ぶ。宙に浮かんだ白い球体に指先でそっと触れた。たちまち、色が青色に変わった。

「これ、真っ暗闇でやるとすごくきれいだなあ。もう一つっと。」

もう一つ、光の球体を出す。夜だからだろうか。だんだん自分のテンションが上がってきているのがわかる。

「てや。それ。」

少しづつ、何個かの光を出した。僕が触れるたびに、その球体は様々な色に変わっていく。そっと触れた光は温かいオレンジ色。少し強めに押した光は、眩しい黄色。

「はは。こういう日も悪くないかもしれないね。」

自分の周りに浮かんだ光が、僕を中心として円のように動きながら、本棚の隙間を照らし出す。一つ、思いつく。

「ここ全部を使ってやってみよう!」

ここは2階だ。そして、4階までの吹き抜けがあった。ここ全体に広げたら、きっとものすごくきれいだ。僕はすこし歩いて、ちょうど吹き抜けの真ん中くらいまで進んだ。

「よし。それじゃあ・・・。光よ。」

掲げた両手から光の球体が生まれていく。もっと。もっとだ。僕は、真ん中でくるくると、回り始める。速く、遅く。速く、遅く。僕が描いた円がだんだん立体的になり、上へと登っていく。やがてはっきりと螺旋状の光の線が姿を表す。

「わああー!すっごい!」

でも、しばらくすると、光の一粒一粒は、空に浮かぶシャボン玉のように弾けて消えてしまう。

「ああー。やっぱり時間が足りないな。もうちょっと魔力を込めてみよう。」

具体的なイメージを持とう。この図書館を、光でいっぱいにする。とてつもない広さを誇る建物だ。そう簡単じゃない。広く、そして高く。心臓の動きが早くなる。もっと、もっと。

「もっと!」

体が内側から熱くなっていき、僕自身もまた、光を出し始める。魔力だ。全身が、熱い。そして、結晶となった魔力が、指先に集中していくのを感じた。今だ。僕ができる、渾身の魔法。静かな館内に、柔らかく声が広がる。

「光よ。」

ゆっくりと、右手の手のひらを上にし、掲げた。ぽつり、ぽつり。ゆっくりと、光が生まれていく。この図書館の床全体から、ゆっくりと、光の球体が立ち上がっていく。

「本当に、綺麗だ・・・。」

低い位置から登っていく光は、本棚や石像などを幻想的にてらしていた。

「黄色。」

左手も、右手と同じように、反対側に掲げる。白い光の系術の中に、温かみのある色が広がっていく。

「青。」

もう一つ、色を足す。

「緑。」

もう一つ、もう一つ。閉じていた目を、スッと開ける。空へと向かっていた光が、ふんわりと、空中で止まる。トッ。右足を前に出す。もう一度、回り始める。両手を、高く挙げる。宙に浮かぶ光たちが手の動きに沿って僕の周りを回り始める。何千、何万という光一つ一つ、バラバラに、時には同じ方向に。

「綺麗だ・・・。いつか見た、あの景色みたい・・・。」

僕は、こんな景色を前に一度、見たことがある。いつだったかはわからない。その景色自体、あまり覚えていないから、おそらくかなり幼い頃だっただろう。

「空に広がる、宝石の海・・・。」

目の前にある景色は本当に綺麗だ。だけど、僕の1番ではない。

「いつかもう一度、見れるといいな。」

光が呼応するようにパッパッときらめく。人の居ない、静かな図書館。夜中に一人、見た景色。きっと僕は、この夜のことを生涯忘れないだろう。



埃っぽい匂いが鼻をつく。

「ん・・・。ここは・・・?ああ、そうか。僕、図書館に・・・。」

朝、窓から差し込む光が、僕をを優しく起こす。

「ふあああっ。」

大きく伸びをする。首や肩を回すと、コキコキと音が鳴った。

「よいしょっと。」

立ち上がって、服のホコリを払う。もう朝なのか。外に出ないと。ショボショボする目を擦る。その時、階下から音が聞こえてきた。ガタ。ガタガタ。図書館の人か。これで、やっと外に出られる。一階とつながる扉の鍵が開けられる。階段はあの奥だ。隙を見て降りるぞ。扉から出てきたのは予想通り、図書館の人だった。僕は、傍にあった本を顔の前に掲げて、隠れながらコソコソと移動する。

「いまだ。」 

その男性従業員があくびをした隙に、そっと、階段を降りた。このときは集中していて気づかなかったが、隠れるのに使った本は、まだ僕の手の中にあった。




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