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残された記憶。


行きは長く、帰りは短い。どうも旅というのはいつも、そういうものらしい。僕とリアは、あっという間に、海沿いの街へ戻ってきた。変わらず、屋敷の使用人が丁寧に僕らを迎えてくれる。

わずか三日間にも満たない、絶景を探す旅。それでも。僕は思う。

行って、よかった。彼女と二人で見たあの景色が、この世界がこんなにも美しさで満ちていることを教えてくれた。


「ふう。」

昼過ぎ、日光の柔らかく差し込むこの街が、以前の何倍も、魅力的なものに見えた。改めて、自分がそういう感動の感情を誰かと共有できていなかったのを、思い出す。

リアも、同じ様に周りの景色を見渡しながら、僕の斜め後ろを歩いている。彼女の靴と地面の擦れる音や、遠くで鳴り響く鐘の音にすら、小さく感動を覚えた。

「リア。」

試しに小さい声で、そっと名前を読んでみる。でも、ちょうど水の中の魚が跳ねた音が掻き消し、、その声は彼女には届かなかった。

「リア。」

そう、もう一度呼ぶ。さっきよりも大きい声で、はっきりと。今度はちゃんと、僕の声が彼女に届く。

「なに?ルカ。」

振り返ったその顔を見て、僕は微笑む。なんだろう、と言った顔で首を傾げる彼女を見て、口角がもっと上がる。


なんて残酷で、なんて。


空を見上げる。そう。


「なんて、美しい世界だ。」


「ルカ?」

リアが、少し不安そうな声で僕の名前を呼んだ。彼女の声にはやっぱり、温もりと、懐かしさを感じる。もしかしたら僕らは、あの日の前に。ヴィスを失った、次の朝、君と会う前に。どこかで会っていた。そんな気がする。

僕らはもう、橋の上まで来ていた。古くて、大きな橋。

手を伸ばす。伸ばしきってもまだまだ届かないくらいの、彼女との距離。その手を彼女の顔にかざす。そして動かす。


右にずらす。彼女の顔の右半分が見える。


左にずらす。彼女の顔の右半分が見える。


握る。彼女の表情が見えない。


開く。なにも、見えない。


そしてその手を下ろした時。目の前には、誰もいなかった。

リア……。いなくなるのか。僕の前から。いつか、君も。ヴィスのように、それはきっと、突然の事。誰かを失くす覚悟なんていらない。やっぱり、いなくなるのは僕一人でいい。それで、僕以外は全部、ここに残る。僕の大切なものが、全部残るなら。だから、僕は………。

「ルカ!」

突然、僕の真後ろから声が聞こえた。リアの、声。まだ、確かにそこにいる。

後ろを振り返ると、満面の笑みで何かを持っているリアがいた。

「見て!この石、月みたい!」

彼女が手に持っているのは、特徴的な形の石。円形を、真ん中からずらしてくり抜いた様な形。

月だ。三日月。何万倍にも小さくなった月がいま、彼女の手の中で輝いている。

「これ、ルカにあげる!お守りがわり、ね。」

そう言って彼女は、僕の服のポケットにその小さな月を、押し込んだ。ポケットが少しふくらみ、確かな重みを感じる。服の上からふれた。なんだかそれは大事で、汚してはいけないものの様に感じる。

「リア。ありがとう。」

僕は案外、落ち着いている。

「うん!」

リアが笑う。そして僕らはまた、目的地の違う道を歩き出す。彼女は幸せへ。そして僕は。


僕は、僕の幸せを、守るための最後へ。









「ルカ!?ルカ!?ルカは、どこ!?」

なぜかわからない。私は朝起きてからずっと、彼のことを探し回っている。なにか、なにか。彼を探さなければ。彼を、見つけなければ。

本当に、なぜ私は彼を探すのだろう。きっと彼は、外出しているのだ。だから、この屋敷の中にいないのだ。そう。そうに決まっている。


外を。外を、探さないと。


そう思って、大きなドアに向かって走る。そんな私の前に、数人の使用人が立ち塞がった。まるで私を絶対に通さないとでもいうように。

「よけて!」

避ける気配がない。断固たる意志を感じる。もう、私の中でなにかが外れていた。もうこうなってはしょうがない。私は、短剣を抜いた。もう一度、叫ぶ。

「そこからどけて!お願いだから!」

「なりません。」

そう、静かに応答したのは、初老の、執事の格好をした男性。彼の、透明な重みを持った静かな言葉の力に、私は勢いを削がれる。

「どうして。ねえ、どうして。私は、ただ、外に出たいだけなの。どうしてあなたたちは、私を止めるの?」

涙が出てきそうだ。ぼやける視界と意識の中で、目尻に涙が溜まっていくのが感じられる。

「勇者様より、あなたを外に出してはいけないと、そう我々に命令されました。どうかこのご無礼をお許しください。」

「ルカが……」

彼は、なぜ、なぜ、私を外に出してはくれないのだろう。私の頭の中で出かかっている答えを、信じたくはない。その思いはもはや、力を失っている。

「なんで?ねえ、ルカは、どこに行ったの?今日、戻ってくるよね?ねえ、こたえてよ。」

涙が堪えきれずに溢れ出した。短剣を持っていた手には力が入らず、床に落ちる。ガチャッという音が響いた。目の前の男が口を開く。

「勇者様は……おそらく、お戻りにはならないかと。」

「今日は、戻らないの?じゃあ、ルカは、ルカは、いつ帰ってくるの?」

前が、見えない。私の心が、体が、もういうことを聞かない。ルカが、私を置いていったなんて、嘘だ。嘘に、決まっている。そう思いながら顔を上げる。

目の前の使用人もまた、私と同じ表情をしていた。なぜ。なぜあなたはそんな顔をするの?どうしてそんな、寂しくて、悔しくて、悲しい表情をしているの?

そんな彼が、口を開く。


「勇者様は。勇者、ルカ様は、もう、この屋敷には……お戻りにはならないかと、思います…。」


感情のダムが、本当に決壊する。私の感情の波はもう、止まることなく広がっていく。

私はフラフラと立ち上がった。そして、小さく掠れた声でいう。

「そこを、よけて……私を、通して、ください……。おねがい、します。」

心からの悲痛さを込めた、そんな声。目の前を塞ぐ彼らは、もう限界だった。彼らも、同じ感情。彼らと同じ感情を、確かに共有している。



走った。ただひたすらに、走った。彼は、ルカは、どこにいるの?ねえルカ。こたえてよ。どうして、どうして私を置いていくの。ルカ。ルカ。私も、一緒に……。

「キャ!」

道から張り出していた、太い木の根につまづいて転ぶ。私の体はそのまま、坂を転がり落ちていった。世界が、回る。全身が、痛い。そのまま私は、斜面の下にある家の、開け放たれたドアに転がり込んだ。

「痛い……。」

「おやおや。大丈夫かい。」

急に、声をかけられる。

古びた丸太小屋。私はそこに転がり込んだようだった。

「ご、ごめんなさい、わざとじゃないんです!」

慌てて立って、平謝りする。早く。早く、行かなければ。

「一旦落ち着いたらどうだい、君。」

そう言うのは、低くて安心する、どこか懐かしい声。私は彼の方を見た。

薄く色のついた、小さなメガネ。そして、古ぼけた木の椅子。手に持っているのは、これもまた古ぼけた本。

「どうしたんだい。そんなに急いで。」

不思議と、本当に落ち着いてくる。はやっていた鼓動は、だんだんと自分のリズムを取り戻していく。目の前の彼を、もう一度、よく見た。彼を一言で表すならば、そう、芸術家だ。手に持っている本からして、文学者のような気がした。

「少し、話をしていかないかい?話し相手が欲しかったんだ。」

「は、はい……」

無意識に、そう返事をしてしまっていた。彼が嬉しそうに微笑む。そして口を開いた。

「どうしてそんなに急いでいるのか、聞いてもいいかい?」

その言葉に、さっきまでの感情を思い出す。また、心臓がうるさくなっていく。

「勇者って、知っていますか?」

感情を出さないようにして、彼に問う。彼が答える。

「もちろん、知っているとも。彼らは私たちにとって、まさに英雄といえるような存在だからね。」

「それなら!!」

叫んでいた。冷静さと、熱が同居しているような、気持ちの悪い感覚。

「どうして、どうして……。みんな、悲しい顔をするんですか。私たちと会う人たち、みんなが、悲しい表情をする!!」

彼はきっと、なんで言えばいいかなんてわからないだろう。私が感情的に、ただ一方的に叫んでいるだけ。でも、彼はちゃんと、正面から私の問いに答える。そんな気も、していた。

「なるほど。君は、勇者様の仲間なのかい。それはそれは。そうだとすると、本当に辛いだろう。理解できるよ。」

辛い……?本当に、辛い……?どうして、私はこんなに、辛いのだろう。なんでこんなに泣いているのだろう。

「勇者っていうのはね。」

彼が口を開く。聞きたくない。もう、わかってしまっているのだ、その先を。今思えば彼は、いつもどこか寂しげな表情をしていた気がする。

「勇者というのは、自分の命と引き換えに、世界を守る存在なんだ。」

耳に、入ってくる。脳が、その情報を処理する。そして知るのだ。この世界での、孤独を。私は、また。

「いやあああああああ!!!」


まただ。私はまた、一人になった。全部、全部、失う。私は、私は。どの世界にいても、ひとりぼっちなのだ。

ルカに会った時は、奇跡だって、そう思った。私が、また誰かを大切に思うことができるなんて、絶対にないと思っていた。そんな絶望を、彼が裏切ってくれた。私をまた、幸せにしようとしてくれる人がいた。また。また、そんな人を、失うのだ。


私は、本が好きだ。ハルも、本が好きだった。最後まで、病室でずっと本を読んでいた。


私たちは、憧れていたのだ。次々とやってくる困難を打ち破り、幸せに向かう、その姿を。

なのに。私は違う。ハルも、違った。そして、ルカも、またそうではなかった。


どうして。どうして。私の人生は、私が主人公であるはずだ。ハルも、ルカも。彼らの人生の主人公であったはずだ。主人公はいつも、強い。幸せに向かい続ける。

願っていた。そんな主人公でありたいと。そう思って、これまで生き続けてきたのだ。でも、きっとそれは。私たちの努力だけでは、どうにもできないのだ。主人公が悪いわけではない。私たちを支える、役割を持たないたくさんの脇役が、何かしているわけではない。


世界が、悪いのだ。私たちが演じる、この人生という物語が。

全てを投げ出したい。もう、どうでもいい。


「どうして。どうして、私は、こんな世界の主人公でいなくちゃならないの…。」


黙って聞いていたメガネの男性が、少し驚いた様にのけぞった。急に彼が立ち上がる。そして、座り込む私の前にきて、膝をついた。

「君に、ひとつききたいことがあるんだけど、いいかな……。」

「聞きたいこと……」

「そうだ。一つだけ。」

そう言って、彼が発する問いは、私にはよくわからなかった。聞こえていないと思ったのか、彼がもう一度いう。

「主人公がいない物語について、どう思う。」

「え……」

彼が少し微笑み、メガネのレンズに光が反射しているのが見える。

「私は、主人公がいなければ、物語は成立しないと思っていたんだ。ある人にあうまでは、ね。」

立ち上がり、思い出に浸る様に、遠くに目をやる。

「もう誰かも、名前も忘れてしまったけど、僕より年下の男の子だったと思う。あと一週間しか命の持たない、彼が言ったんだ。『主人公がいなくなっても、物語は紡いでいいと思う』って。」

いみが、わからない。主人公がいなければ、物語は成立しないはずだ。誰の目線にもならない物語。それはきっと、単なる記録になる。

「私は、その言葉をずっと考えていたんだ。そして今では、自分なりの答えを見つけられていると思う。」

答え……。

「彼はこうも言った。導いて欲しいと。だから、私は誰かを導かなければならないんだ。そして、君にあった。」

私に、会った……。私を、導く…?

「でもやっぱり、答えは自分で出すべきだとも、思う。だから、僕が君に教えるのは、ヒントだ。」

ヒント…。私なりの答えを見つける、鍵。彼が、それをくれるという。彼は、紙に何かを書いた。そして、手渡してくる。

「その言葉は、言葉でいうのは、ちょっと違う気がしてね。だから、紙に書いて渡すんだ。」

二つ折りになったその紙を受け取る。そして開く。中にはたった一言。十文字にも満たない、文字があった。こちらに問いかける様な、短い言葉。

何か、何かがカチャリと、音を立ててはまった様な気がした。私は、ずっと、これを探していた気がする。

涙を拭って、立ち上がる。そして、彼の方を見た。目を細めて微笑んでいる。どこか、懐かしさを感じるその雰囲気。

「ありがとうございます。。私、あなたに会えて本当によかった。」

彼の周りの空気が、一層柔らかくなった気がした。

「その言葉が、君が、君自身を見つける鍵になることを、祈ってるよ。」

「はい。本当に、ありがとうございました。」

「それじゃあ、いくといい。きっと待っているのは、君がいま、見た答えだ。」

「はい!」

そう言って、飛び出した。さっきまでの私とは、全く違う感情で。その人生に、全く別の役割を持って。


残ったのはやっぱり、古ぼけた思い出の匂いだった。


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